『サウンド・オブ・フリーダム』 [上映中飲食禁止]
一つの価値観をぶち壊してくれる力作
この作品が単なるクライムサスペンス映画であれば、及第点ギリギリの評価だ。だが「実話を元に」のキャプションが付いただけで、劇的に作品の持つ意味合いが変わり、純度も迫力も桁違いとなる。過度な脚色がされているにしても、今現在も世界中で起きている犯罪の実態に驚愕を隠せない
国土安全保障省の捜査官ティム(ジム・カヴィーゼル)は、国際的な性犯罪組織に拉致された少年少女の行方を追っていた。上司から特別に捜査許可を得た彼は、児童人身売買がはびこる南米・コロンビアに単身乗り込み、前科者や資金提供を申し出た資産家、地元警察と組んで大規模なおとり作戦を計画する。やがてティムは、尊い命を救うために命懸けで作戦に臨むことになる。(シネマ・トゥデイより)
国際的な児童人身売買に警鐘を鳴らすクライム・ストーリー。南米で誘拐された子供達が秘密裏に北米の裕福な小児性愛者(ペドフィリア)に売買され性的虐待の対象になっている現実が刻々と描かれて行く。ホンジェラスに住む幼い姉弟が芸能事務所のスカウトに言葉巧みに誘われ、多くの少年少女と共に面接会場から連れ去られる。
子役二人を捉えるカメラアイが際立っており、ノンフィクションにありがちな手ブレカメラを多用しなかったことでかえって「作品」としての説得力が増幅している。犯罪の実態を切々と描く見事な導入部だ。
アメリカ国土安全保障省の捜査官ティム(ジム・カヴィーゼル)は焦燥感に駆られていた。幾度となく人身売買に絡むペドフィリアを逮捕するが、事件は一向に減らず子供達が解放されるケースは稀だ。犯罪組織自体が盤石であり根本的な解決の目処は無い。ティムは、組織の壊滅と子供達の救出を目的に南米コロンビアに潜入捜査する提案をし、時間限定ながら上司に承諾される。本作の総指揮を務めたメル・ギブソン監督「パッション(2004年)」での主役以来、久々に拝見したジム・カヴィーゼルだが20年前と変わらぬ若々しさに仰天だ。家族を愛し、正義に燃える捜査官を熱演した。そして手段を選ばぬ違法スレスレの潜入捜査が功を奏し、組織を一網打尽にするシーンは実に爽快であり、事実とは思えぬ緊張感が漲る演出であった。特に悪徳トレーダー役の美女・イェシカ・ペリーマン、現地でティムの協力者となるバンピロ役のビル・キャンプが個性全開の迫真の演技で作品に映画的な華やかさを添える。
現地の犯罪組グループのボス達を逮捕し、50人もの子供達を保護して一件落着と思いきや、ティムの戦いはまだ終わらない。救出した子供の中に冒頭で連れ去られた姉が含まれていなかったのだ。彼は以前にアメリカ・メキシコ国境で保護していた弟と約束していたのだ。「お姉さんを必ず救う」と。
姉の売却先はなんと反政府ゲリラが活動するジャングル地帯だった。今まではアメリカ政府の後ろ楯によりコロンビア警察の協力も得られたが、このエリアだけは同国でも管轄できていない。彼は姉の救出に向け、たった一人で赤十字の医師に変装して無法地帯のジャングルへ向かうのであった。まさに事実は小説より奇なりの様相...果たして...
日本人の一般的な価値観を「ポキッ」と軽くぶち壊してくれた作品は、児童人身売買がビジネスとして成り立つ世界の現実を白日の元に晒す。金を持つ者が自己の性欲を満たす為に貧しき者から子供を奪う。力が無い人間は抑圧され蹂躙されるままであることを...
一方で、2018年に完成しながら公開に5年を要した経緯に、米国の政治的なきな臭さが取り沙汰されている。本作の製作陣には多くのQアノン信者が関わっているという。Qアノンとは、悪魔を崇拝する小児性愛者のエリートリベラルが集う影の政府がこの世界を動かしており、救世主ドナルド・トランプはその勢力と密かに戦っているという極右思想だ。アレハンドロ監督、ジム・カヴィーゼル、実際のモデルであるティム・バラードは熱狂的なトランプ支持者であり、メル・ギブソンは反ユダヤ主義者として有名である。そんな背景からアメリカ大統領選を前に、共和党VS民主党の低レベルの論戦にもこの作品は利用されている始末らしい。だが、分断化が進むアメリカの現状は決して特異なことではなく、平和ボケのニッポンの方が世界では異端の存在なのだ。
この作品から純粋に世界の犯罪の実態を学ぶも良し、製作の背景含めて平和ニッポンの有り難みを痛感するも良し。どちらに想いを馳せるかは個人の感性だが、多くの日本人の琴線に触れるのは間違いない力作であり問題作だ
2024-11-01 01:01
nice!(46)
コメント(2)
よくぞ見に行ってくださいました。
by hagemaizo (2024-11-01 01:34)
> hagemaizo 様
まさに世界の裏側が見える問題作でした!
by つむじかぜ (2024-11-03 00:10)