SSブログ

『TENET テネット』 [上映中飲食禁止]

この超問題作を読み解く事は出来るであろうか[exclamation&question]

テネット.jpg

ウクライナでテロ事件が勃発。出動した特殊部隊員の男(ジョン・デヴィッド・ワシントン)は、捕らえられて毒を飲まされる。しかし、毒はなぜか鎮静剤にすり替えられていた。その後、未来から「時間の逆行」と呼ばれる装置でやって来た敵と戦うミッションと、未来を変えるという謎のキーワード「TENET(テネット)」を与えられた彼は、第3次世界大戦開戦の阻止に立ち上がる。(シネマトゥディより)

「宇宙の果てはどうなっている?」疑問から『相対性理論入門書』を読んだ少年期。タイムトラベルが理論的には可能らしいと知ったのを最後に、小生の科学への興味は薄れ、持ち前の文系脳ミソに凝り固まって行った。三十路を過ぎ、不朽の名作『バック・トウ・ザ・フューチャー』を観て拍手喝采ではあったが、実はストーリーを完全に理解する能力は既に失われていた[あせあせ(飛び散る汗)]

これが、クリストファー・ノーラン監督の『インセプション』『インターステラー』クラスの科学理論前提の難作にぶち当たれば、理路整然とストーリーを理解できるはずは到底無く、圧倒的な映像のみが脳裏に焼き付き、「凄い映画だった[どんっ(衝撃)]」という印象しか残らないのだ。DVDで何度か見返すごとに得る新しい発見に小さな喜びを感じるが、全面解明は未だに為されていない。

新作『テネット』は、この2作を凌駕する最新の量子物理学を下敷きにしたモンスター的映画である。ノーラン監督に、頭の中をグチャグチャにされたい自虐的欲求から鑑賞に及んだが、予定通り、放心痴呆状態の愉悦に浸らせて頂いた。

単純なタイムトラベル物でないのは覚悟していたが...緊迫感溢れるオペラハウスでのテロ事件後、「名も無き男」が世界を救えと指令される件で、早くも頭の回転が付いて行けず、拳銃から逆行する銃弾を見て、小生は決めた。展開に一々納得しながら鑑賞するのは止めようと。頭で考えず、映像を身体で感じる「つむじ風流ノーガード戦法」だ[がく~(落胆した顔)]

名も無き男(ジョン・デビット・ワシントン)と相棒のニール(ロバート・パティンソン)が、未来人からの司令で現代社会の滅亡を企むセイター(ケネス・プラナー)と、生死を賭けた戦いを展開する。その戦いの中で、名も無き男はセイターの妻・キャット(エリザベス・デビッキ)に恋い焦がれる...というシンプルな構成に頭を切り替えて鑑賞に臨む。


テネット3.png

テネット6.jpg

ジョン・デビット・ワシントン〜オスカー俳優デンゼル・ワシントンの息子とはつゆ知らず...元アメフト選手らしい強靭な肉体と精悍な顔つきが特徴だ。父が彼と同年代時には「マルコムX」を演じており、今後に期待の遅咲きの新人だ。(父上の「マイ・ボディガード」は売れなかったけど個人的に[かわいい]

テネット2.jpg

テネット5.jpg

一方のロバート・パティンソンは早くも円熟の演技。「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」でヴォルデモート側に殺害された優等生としての印象が強いが、渋い役者に成長している。彼の存在感・演技力が、今作に「ヒューマンドラマ」的な色合いを与えている。次期「バットマン」の主役を射止めたらしい。

テネット8.jpg

テネット7.jpg

エリザベス・デビッキ・・・小生好みのブロンド嬢であります[揺れるハート]知的かつ清楚な色香を振り撒く30歳。しかしながら、脚線美は捨てがたいが、とにかく背が高すぎる...身長191センチですよ[がく~(落胆した顔)]亭主役であり今作の悪の権化であるケネス・プラナーも、女房と並ぶと、その威厳が少々弱まるようだ、まさに蚤の夫婦[わーい(嬉しい顔)]とかく金と地位を得た男は、近づき難い12頭身のモデルなどを我が物にしたい願望があるようだが、平民の単なるブロンド狂である小生は、160センチ以下のトランジスタ・グラマーを好む[パンチ]

テネット9.jpg

極力、CGを使用しないノーラン流圧巻のアクション・シーンは、今回も健在、更にパワーアップだ。オペラハウスの爆破、オセロ空港での航空機追突、逆行するカーチェイス、スタルスクでの戦闘...大金を惜しげも無く、リアルなシーン製作に注ぎ込む。爆破マニアたるノーラン監督の面目躍如だ。

テネット10.jpg

テネット15.jpg

テネット11.jpg

目まぐるしいシーン展開の辻褄をほとんど理解出来ぬまま、最終決着へ。
とりあえず、自分なりのこじつけのあらすじだと...

巨大な時間逆行装置「アルゴリズム」を使い「現在」の人類滅亡を企むセイターとその阻止の指令を受けた名も無き男が、アルゴリズム完成の最後の部品プルトニウム241の探索を巡って、過去の世界に遡って争う。結局、アルゴリズムを完成させたセイターが、それを起動させるであろう時間を予想し、名も無き男は最後の戦いを仕掛ける。それは、時間を逆行するチームと順行するチームに分け、ピンポイントで敵を挟撃しアルゴリズムを奪還する計画だ。名も無き男とニールは、ドラえもんのどこでもドア風の逆行装置に別々に乗り込み最終決着の場に飛ぶのであった...果たして彼らは、人類を救えるのか?そして名も無き男の正体とは。

エンドクレジットが流れる頃には、何故か非常に心が温まる気分に浸れた。奇々怪々の展開に振り回され、壮絶な映像に圧倒され、脳ミソは完全に麻痺状態にも関わらず、胸の奥から熱い愛おしさが込み上げて来た。
それは、名も無き男とニールの友情と信頼を超越した絆と、キャットへの淡い恋心が、作品の主題として成り立っているに他ならない。量子物理学的な逆行時間のプロットが別の手法であれば、この作品は、非常に純度の高い純愛スパイ映画である。007やミッションインポッシブルと同列なのだ。但し、ノーラン監督は、ありきたりの表現では納得しない稀代の映像魔術師であり、観客を迷宮に追い込むのに至上の喜びを得る変態芸術家だ。一回の鑑賞では誰も解明できない設定を作り込み、その実写化に途方もない金と時間を注ぐ。これが、クリストファー・ノーランの映画美学ではなかろうか。

またもや、彼の魔法に翻弄されながら、「今の映画」の素晴らしさを味わった。もう1回観ようかなぁ〜DVD化してから復習しようか、迷うところである。
ニールの正体が、キャットの一人息子が成長した姿のような気がしてならない。確認の意味も含めて、1日か14日の割引日に再鑑賞してしまいそうだ〜この映画じゃ女房は付いて来ないので夫婦50割引は無理だな[たらーっ(汗)]
Labyさま、やっぱり無理でした[かわいい]




nice!(24)  コメント(4) 
共通テーマ:映画

柳家さん喬独演会 [上映中飲食禁止]

映画好きですが、実は落語も好きです[わーい(嬉しい顔)] 江戸歴史に嵌って最近、更に拍車がかかった。

熱狂的なマニアではないが、知り合いが興行関係の為、寄席にはよく顔を出す。元々の寄席とは、芸人達の顔見世であり、お客衆の中から指名で別座敷に呼ばれるよう、限られた時間で自分を売り込む場所なのである。所謂、パトロンを摑まえる座だ。

現在は、その風習は影を潜めたが、短時間で芸人が入れ替わるスタイルは今も続いている。大半は落語家だが、合間に漫才、曲芸、手品に紙切りなど、今やTVでは正月にしか顔を出さないような天然記念物的な芸人達が、目の前で珠玉[exclamation&question]の芸妓を繰り広げる様は感動的だ。また、落語家は、持ち時間が10〜15分の為、大ネタを披露する訳には行かず、枕(雑談)だけで放送禁止ワード連発の末、爆笑を誘って去る者もおり、このユルユル感がまた堪らなく楽しいのだ。そんな中でも「名人」と呼ばれるような噺家の凄さを垣間見る時も少なくない。

柳家さん喬』は、個人的にはその筆頭株である。そもそもは、認知症の母が健常だった頃のイチ押しであり、同じ下町育ちの同郷心も手伝って、彼の出演時の寄席を狙って通ったものだった。先月、浅草演芸ホールで久しぶりに彼の勇姿と名技を目の当たりにした。当日偶然、若手の真打昇進披露目だったが、その媒酌人としての口上の柔らかくも力強い語り口。その後の古典落語の人物描写のきめ細やかさ。まさに芸術であった[ぴかぴか(新しい)]

その彼の独演会が近場で催されると知り、一目散に駆けつけた。

20141231-EPSON001.jpg

こんな名人が、我が下町の小劇場に来てくれるだけで感謝である。300名程のホールだが、コロナ仕様により半分満席〜実質満員御礼である。

寄席や複数の噺家が出演する「◯人会」などは何度か聴いたが、独演会は初めてなのだ。期待は膨らむ。弟子が前座でサラリと会場の笑いを誘うと、早くも師匠登場だ。

前座の不出来を暖かくあげつらいながら、コロナ禍での来場の観客への感謝を語る。持ち前の優しい語り口でありながら良く通る声質が会場に響く。

最初の演目は「夢の酒」だ。

落語の巧拙で一番分かり易いのは、人物描写だ。多くの登場人物を演じ分けた者だけが、噺に命を吹き込める。よくある出来の悪い熊さん、八っさんから、利口な旦那さん、堅物な侍、真面目な女房から色香溢れる花魁まで、一人で演じ分ける。3、4人の老若男女の会話が同時に飛び交う場面などを自然に表現するのは、まさに話術の極みである。

小雨降る花街に迷い込み、お茶屋に引き込まれ、絶世の美女の接待を受け、浮気しそうになった夢を見たことを、不覚にも女房に話してしまう若旦那。悋気を起こした女房は、義父に涙ながらに相談し、その美女に会って、亭主を誘惑しないように窘めてきて欲しいと頼む。困った義父だったが、うたた寝をするやいなや、そこは嫁に聞いていたお茶屋の中ではないか、果たして絶世の美女が現れ...

さん喬師匠の名技が光る!夢の中とはいえ、亭主の不貞にメラメラと嫉妬の炎を燃やす妻の姿が目に浮かぶ。いじらしくも男にとっては迷惑な一途さに頬が自然と緩んでしまう。凄い[どんっ(衝撃)]

洒落たオチの後、そのまま雑談へ。前座時代に出会った名匠・8代目桂文楽との思い出話に花が咲く。そして次の演題は、有名な「明烏」だ。

堅物すぎる息子に嘆く父親が、社会勉強にと、近所の遊び人共に頼み、吉原に騙して連れて行かせる廓噺の名作である。

多くの落語家で、何度も聴いていた噺が、師匠の手に掛かると、味わい深い笑いに変わる。過剰な表現で爆笑を呼ぶパターンが多いのだが、彼が演じると、あまりにも自然でリアル。笑いがジワっと押し寄せて来る稀有な語り口なのだ。

ここで中入り。休憩を挟んで、最後の演目は「浜野矩随(はまののりゆき)」。前の2作とは違い人情噺だ。小生は初めて聴くネタだ。

名工と誉れ高き父を持つ彫金家・浜野矩随は、仕事にも生活にも大した志を持たず、父没後は、適当な作品を馴染みの道具屋に物乞い同然に引き取ってもらい、僅かな金子で母と二人で無為な日々を送っていた。ついに道具屋の旦那から三行半を突きつけられ、生活の糧を失った彼は死ぬしかないと開き直るが、母は「死んでもいいが、形見代わりに最後に彫ってくれ」と頼む。彼が初めて死に物狂いで彫った観音様は出色の出来で会った。母は「これを再度、道具屋に持ち込み、高い値で引き取らねば首を縊れ」と言い、水盃を酌み交わし、息子を送り出すので会った...

さん喬の本領発揮、まさに名人芸だった。落語は、オチのある滑稽噺と思われがちだが、人情噺・怪談噺も含めた話芸の総称である。親子の情、特に子を想う母の気持ちを切々と表現する匠の技。大笑いに来たはずが、とうに忘れて、話にグイグイと引き込まれてしまった。さん喬師匠の登場人物の描写の凄さは、特に年増女性を演じると際立つような気がする。そこに、本当にオバさんがいるのだから。

初の独演会を堪能した。

人間国宝=重要無形文化財に落語家が選出される理由を、今更ながら再認識した。落語は、日本伝統の芸能なのだ。江戸時代中期から綿々と続く話芸は、令和の現代でも日本人の心を映し出す浮世絵なのかもしれない。描き方は十人十色、観る者の好みも千差万別。されど、本物は多くの人の心を震わす。

暫くは、この伝統芸能に嵌ってみようかなと思う。



nice!(29)  コメント(2) 
共通テーマ:芸能

『スペシャルズ!』 [上映中飲食禁止]

久々の洋画鑑賞しかも、フランス産でございます。

スペシャルズ.jpg

日本の副題が「政府が潰そうとした自閉症ケア施設を守った男たちの実話」と、何とも説明過多な文章が並んだ上に、宣伝文句が(愛はどうだ!)というセンスの無さ、これでは「ヒットせず」間違いなしだ、こんな秀作が!

大ヒット作『最強のふたり』のエリック・トレダノ、オリビエ・ナカシュ監督が手がけた実話を元にした最新作だ。主演はフランスを代表するハリウッド・スターであるヴァンサン・カッセル。「美女と野獣」「ジェイソン・ボーン」での個性溢れる演技が記憶に残る。

「正義の声」はほかの施設で見放された子供たちも受け入れる自閉症ケア施設。ブリュノ(ヴァンサン・カッセル)が経営し、友人のマリク(レダ・カテブ)がそこで働くドロップアウトした若者たちを教育している。ある日、当局の監査が入り、無認可で赤字経営となっていた正義の声は閉鎖を迫られる。さらには、重度の自閉症があるヴァランタンが失踪してしまう...(Yahoo!映画より)

「最強のふたり」は、裕福な重度障害者と貧しい黒人介護士との触れ合いを通した、笑いと涙のヒューマン・ドラマの秀作だった。両監督は、今作の実在のモデルに25年前に出会い、ハンディキャップやマイノリティに対する関心が高まり、「最強のふたり」の制作に繋がったと語っている。今作は、満を待して、その原点の実写化に踏み切ったわけである。

この新作では、非常に重いテーマを、あえて過度な演出を控え淡々と描く。されど、ストーリー展開の破綻も弛緩も全く無く、グイグイと引き込まれていく映画の力。俳優陣の緻密な演技と、自閉症患者達の自然な姿が、ノンフィクションさながらのリアルティを醸し出す。

スペシャルズ4.jpg

物語は、ブリュノとマリクの献身的な姿だけに光を当てている訳では無い。まして国家権力に真っ向から戦った庶民の武勇伝でも無い。

家族の力だけでは介護しきれない重症な我が子を、どこの病院も施設も受け入れてくれず、途方に暮れる親達の悲痛な思いを端正に描く。
まともな教育を受けられずに、社会からドロップアウトした若者達〜アフリカ系移民の苦しみ、やるせなさを黒人の新人介護士の姿を通して訴える。(「最高のふたり」と同設定だ)
そして、自閉症を抱えた子供本人から見える外の世界=大人の社会の姿を、朧げなカメラアイが映し出す。

障害者や有色人種への差別が、今なお拡大している事を訴え、国の縦割り行政の弱者に対しての無力さを嘆く。重度の障害者を受け入れられる唯一の施設が無認可であり、そこで働く大半の介護士は、字も書けない無学な若者達である事実を見せつけて。

...と、非常にシリアスな主題でありながら、随所にウイットに溢れるシーンを織り込み、身につまされ固くなる観客の肩の力を抜かせる優しさを感じさせる。独身のブリュノが激務の合間に、友人にお見合いを仕込まれ悪戦苦闘する姿は笑いを誘うし、小生は、新人介護士が一目惚れする言語聴覚士の美しさと目力にグッと来るのである[わーい(嬉しい顔)]

Lina Khoudri(リナ・クードリ)
スペシャルズ3.jpg
アルジェリア出身の28歳 パリ在住の新進女優[揺れるハート]
昨年カンヌ映画祭で話題となった「パピチャ 未来へのランナウェイ」での熱演が絶賛され
セザール賞有望若手女優賞も受賞、本国でブレイク中[exclamation×2]
(上記作品は10月末、日本公開予定、必見です[目]

障害児が人間らしく生きられる家とドロップアウトした若者達が働く喜びを分かち合える居場所を、ブリュノとマリクは徹底して守り抜く。安易な感動の涙など流す余裕も与えられず、ただただ胸を熱くさせる。昨今のコロナ患者や医療従事者への意味なき差別や、養護施設での介護士の凄惨な事件に触れるにつけ、「戦っている人々」への思いを強くせざる得ない。

差別・迫害された人々の『尊厳』を高らかに訴えた社会派ドラマの傑作である



因みに、原題の「Hors normes」とは、「基準外、普通じゃない」婉曲には「可愛い」という意味らしい。
目立たぬBGMも秀逸だ、エンドロールのピアノソロが胸に沁みる。

nice!(26)  コメント(1) 
共通テーマ:映画

『糸』 [上映中飲食禁止]

日経新聞金曜の夕刊映画コラムは、隠れたマイナー作品にも光を当てる小生の映画鑑賞の羅針盤のような存在だ。御涙頂戴が売りの恋愛邦画に高評価が与えられる事は滅多にないが、意外にもこの作品は絶賛であった。
好みのジャンルではないが、ここは思い切って鑑賞[目]



北海道で暮らす13歳の高橋漣(菅田将暉)と園田葵(小松菜奈)は、互いに初めての恋に落ちるが、ある日突然葵の行方がわからなくなる。彼女が養父の虐待から逃れるために町を出たことを知った漣は、夢中で葵を捜し出し駆け落ちしようとする。だがすぐに警察に保護され、葵は母親と一緒に北海道から出て行ってしまう。それから8年、漣は地元のチーズ工房に勤務していた。(シネマトゥデイ)

いきなり北海道美瑛の美しい丘の風景が映し出される。平成元年生まれの二人の中学生が出会った舞台だ。

平成元年、小生は新婚3ヶ月目に札幌転勤となり、道内中を営業で何泊も駆け回っていた。新妻を独り家に残しまま。その年の初夏、妻を連れて富良野から知床に旅行に行った。TVドラマ「北の国から」がヒットしていたが、まだこの一帯が観光俗人化する前だ。ラベンダー咲き乱れる富良野町から美幌町に向かって車を走らせると、夕陽に輝く広大な丘に言葉を無くした。前田真三の「丘の写真」で有名になる以前の『美瑛町』だった。小生の北海道勤務時代の一番記憶に残る風景。転勤中に生まれた娘の名前は、この町からつけた。

そんな個人的な思い出により、冒頭から胸が熱くなり、スクリーンに引き込まれた。まず、高橋漣(菅田将暉)の少年時代を演じる南出凌嘉が実に清々しい。序盤の彼のピュアな演技により、後半の展開が一層熱く際立つものとなった。

糸.jpg

中学1年生の淡い恋は、不遇な園田葵の家庭環境を知った漣の一途な気持ちにより、向こう見ずな逃避行に発展する。だが、試みはもろくも失敗に終わり、二人は引き離され、小さな恋は終わった。そして8年が過ぎ、二人は、刻まれた深い想いを抱いたまま、各々の生活を送っていた。偶然に再開した漣と葵だったが、二人は”今、愛する人との道”を歩くことをあくまでも選ぶのだった。

菅田将暉の芸達者ぶりは当然として、葵役の小松菜奈も表現力の豊かな女優だ。先日、『来る』でのケバい霊能者役を観たばかりなので、なおさらその感が強いのだが。モデル上がりの女優にありがちの、スタイルは良いが高飛車で目付きの悪いオンナ(失礼[あせあせ(飛び散る汗)])に見えるのだが、素の顔が魅力的な上に、意外に幅広い役柄をこなしている。

糸2.jpg
一重の三白眼〜これはタイプじゃないなぁ、前髪切れぇ[どんっ(衝撃)]
糸8.jpg
『沈黙-サイレンス』(2016)[ひらめき]
来る6.jpg
『来る』(2018年)[ひらめき][ひらめき]
今作(2020年)〜着飾った時とスッピンのギャップがいいね[黒ハート]
小生の持論=美人は前髪垂らすな[exclamation×2]
糸9.jpg
糸3.jpg

別々の道を歩んでいた二人だったが、早々とお互いに最愛のパートナーを失うも、自らの力で這い上がっていく。漣は、地元・美瑛で娘を育てながら世界一のチーズ作りを目指す職人に、葵はシンガポールでネイルサロン経営する実業家になっていた。だが、葵は親友の共同経営者に裏切られ、無一文となり、失意の中、帰国する。

お気に入りのシーン
屋台で泣きながらカツ丼を食べる葵〜ラジオから中島みゆき「糸」が流れる〜
糸13.jpg

葵は傷心のまま故郷に帰り、偶然に娘を連れた漣の後ろ姿を見る。一瞬、声を掛けようとするが、躊躇ってそのまま美瑛を立ち去る。娘から、見知らぬ女性が泣いていた話を聞いた漣は、「葵」だと直感し、今度こそ彼女を追うことに...

場所は函館港。中学生の時の逃避行、二人で乗るはずだった青函フェリー乗場。葵を探す漣。今、まさに平成最期の日のカウントダウンが始まっていた。葵の乗った船の汽笛が鳴る。果たして、二人は「赤い糸」を手繰り寄せることが出来るだろうか...
月並みな「運命の赤い糸」の物語なのだが、平成という時代の移ろいと共に、ここまで純度高く若い男女の運命を描かれれば脱帽である。完全に「この手の映画」にやられてしまった。主人公二人が、札幌転勤中に生まれた自分の子供たちと同世代であり、思い入れが深まったのも確かで、令和の今だからこそ、ノスタルジックな感慨もひとしおな作品である。

主役を支える脇役陣も素晴らしく、二人のパートナーだった斎藤工・榮倉奈々の手法は違えど愛溢れる演技は特筆モノだったし、蓮の親友役の成田凌の熱い演技〜中島みゆき「ファイト」のカラオケには涙腺が緩んでしまった。チョイ役でも存在感抜群の二階堂ふみは流石だ。

演出も巧みだ。蓮に投げつけられるドングリ。妻役の榮倉が、その父役の永島敏行が、娘役の馬場ふみかが蓮に投げるそれは、蓮と葵が横の糸で結ばれているなら、家族の縦の糸なのだ。単に、男女の「運命の人」との赤い糸のみをクローズアップさせずに、人間が生きていく上での「数多の縁」と家族の血の力まで描き切った。唯一、気になったのは、美瑛〜函館間が余りにも近いことかな。普通、車をぶっ飛ばして6時間はかかるのだけど。

老若男女問わず楽しめる秀作である。いや、小生のように、大人として平成期を生きた「老」の方が、より気持ちを揺さぶられるかも知れない。まして本当の『糸』の存在に気づくには、それなりの年月の経過が必要だから...と、隣で鼾を掻いて寝ている古女房を見て思うのでした[あせあせ(飛び散る汗)]

P.S.
中島みゆきの名曲といえば枚挙にいとまがない。この作品のタイトルである「糸」もさることながら、劇中でカラオケで歌われた「ファイト!」が、個人的にはお気に入りだ。多くのミュージシャンがカバーしたが、サビである「ファイト」の掛け声が肝だ。中島みゆきのゆるい言葉が、逆に言葉の重みを感じさせるのだが、オリジナル曲はネット公開厳禁。今作には、葵の叔父役で竹原ピストルが出演している。彼のカバーは、オリジナルとは違った歌の力がある。


nice!(21)  コメント(3) 
共通テーマ:映画

中島優美〜チリヌルヲワカ [歌姫列伝]

いい曲だなぁ[るんるん][るんるん][るんるん]

チリヌルヲワカ「アオアオ」


中島優美・・・一世を風靡したGO!GO!7188(1999年〜2012年)のギター&ボーカル。スリーピース編成が叩き出すシンプルかつパワフルなサウンドに、相反する中島のアンニュイなヴォーカルが絡み、独特のROCKを生み出した。GO!GO!在籍時にソロ活動の一環で2005年に別名義バンド「チリヌルヲワカ」を結成。GO!GO!解散後は、このバンドでの活動が主体となり、現在に至っている。
「ユウちゃん」と愛称で呼ばれていたGO!GO!時代の彼女は、良く知っている。華奢な身体で大きめのテレキャスターをかき鳴らしながら、無表情に歌う姿はインパクト大であり、まだあどけない表情を残しながら本物のロッカーを感じさせてくれた。まさにオンナ「ベンジー」(BJCの浅井健一)を彷彿させた。

GO!GO!7188「ジェットにんぢん」(2002年)


当時の小気味良い前のめりのサウンドも小生はお気に入りだ。だが・・・
18年間の月日は、彼女の音楽も彼女自身も尖った部分を削ぎ落とし、丸みを帯び、されど揺るがぬ芯は更に強固になったようだ。御歳四十路には見えない凛とした美しさ、無表情な唄い方は変わらぬが優しい歌声が伝える力は、ギターの奏でる音の輪郭同様に桁違いに強くなった。
 コロナ下でもニューアルバムをリリース[ぴかぴか(新しい)]

原点回帰ともいうべきトリオ編成に戻して、最小限の楽器で音の響きと間を追求する。GO!GO!全盛期には、武道館を満員御礼にした彼女が、今は小さなライブハウスで歌い続けている。成熟に向かう本物のオンナロッカーに、今後も目が離せない[目]

nice!(21)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

映画『来る』〜小説「ぼぎわんが、来る」澤村伊智 [上映中飲食禁止]

けだるい夏の清涼剤にと、密林プライムでB級ホラー系と思しき映画を鑑賞...

来る

来る

  • 出版社/メーカー:
  • メディア: Prime Video
予備知識ゼロだったが、驚愕の作品だった[どんっ(衝撃)]
キャストが、岡田准一・黒木華・妻夫木聡・松たか子・小松奈菜・青木崇高...と錚々たるメンバーが揃い、監督が中島哲也となれば、一筋縄で収まるわけがない。

オカルトライター・野崎のもとに相談者・田原が訪れた。最近身の回りで怪異な出来事が相次いで起きていると言う。野崎は、霊媒師の血をひくキャバ嬢・真琴とともに調査を始めるのだが、田原家に憑いている「何か」は想像をはるかに超えて強力なモノだった。エスカレートする霊的攻撃に、死傷者が続出。真琴の姉で日本最強の霊媒師・琴子の呼びかけで、日本中の霊媒師が田原家に集結し、「祓いの儀式」が始まろうとしていた…。

一見、幸せ溢れるサラリーマン家庭に忍び寄る未知の「恐ろしいモノ」。精神的に追い詰められていく夫婦(妻夫木・黒木)を助ける為、謎を解き明かそうと奔走するオカルトライター(岡田)とその恋人(小松)。芸達者な俳優陣が、ヒリヒリするような緊迫感を配役ごとに見事に演じられている。

中盤までに主役級の妻夫木、黒木夫妻が次々と惨殺され、以降は行方不明となった夫婦の一人娘を探す為、岡田・小松コンビが見えない敵に立ち向かう。だが、霊能力を持つキャバ嬢役の小松も瀕死の重体に陥り、満を持して、実姉であり日本屈指の霊媒師役として松たか子登場となる。日本中から選りすぐりの霊媒師が集められ、祓いの儀式が始まるが、瞬く間に次々と倒されていく。最後の一人となった松と「何か」との壮絶な戦いが繰り広げられる。一体、人に害する強大な呪いの正体とは、そして、この戦いの結末は如何に・・・

単なるホラー映画の域を超え、人間の本性を炙り出し、時代を超えた呪いの連鎖を描くサスペンスドラマの色調が強い。名作「リング」を彷彿させる、秀作だ。
映画評は、賛否両論のようだが、否定派の多くは原作小説との違和感を指摘するものが多かった。これは原作を読むしかない。

ぼぎわんが、来る 比嘉姉妹シリーズ (角川ホラー文庫)

ぼぎわんが、来る 比嘉姉妹シリーズ (角川ホラー文庫)

  • 作者: 澤村伊智
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/02/24
  • メディア: Kindle版




初見の作家である。今作がデビュー作で、いきなり2015年日本ホラー小説大賞を受賞した。
華麗な文体は駆使せず、難解な熟語も使用しない。話の先の展開を知りたい読者の肩を押すように、極めて軽くテンポよく読ませてくれる、非常に一気読みしやすい作品だ。3部構成で、1章ごとに一人称の当事者が変わっており、この視点が、リアルティを増幅させる効果になっているようだ。
既に映画を鑑賞しているので、実写版では割愛された部分や脚色で変更された設定などはすぐに気がつくのだが、決して違和感を感じるものでは無かった。当然のことながら、小説の方が、登場人物の深層心理や田原家の呪いの系譜が濃密に描かれており、作者の張り巡らせた仕掛けを理解しやすい。過去のサスペンス系の名作や地方伝承からの引用があるようだが、無理やりな筋合わせは感じられず、極めて自然な展開だ。但し、映画では「来る」モノの名前も姿を明示しないが、小説では題名の通りであり、文中でもその「ぼぎわん」姿を克明に描いている。多分、その本体を映像化すれば、半端なCGでは観る者の恐怖心を半減させたであろう。その点で、映画の演出効果は正しかったと思われる。松たか子の特殊メイクは苦笑モノだったが、小説を読めば、妻夫木聡の演技力の高さがより味わえるし、柴田理恵の迫力は特筆、子役も素晴らしさも実感できる。そして、何よりも人の心ほど恐ろしいものがないことを。
小説・映画どちらでも楽しめる、できれば両方から味わって「えも言われぬ恐ろしさ」を堪能したい”澤村ワールド”だ。
霊媒師・比嘉琴子(松たか子)と妹の真琴(小松奈菜)は、「比嘉姉妹シリーズ」として、その後刊行された3冊の小説でも活躍が続く。暫く、楽しめそうだ。




nice!(18)  コメント(0) 
共通テーマ:映画