『ファーザー』 [上映中飲食禁止]
今回は、渋谷Bunkamuraのル・シネマへ。
少々ヘヴィーな作品の触れ込みだが、あえてカミさんを連れての鑑賞である。
ロンドンで独りで暮らす81歳のアンソニー(アンソニー・ホプキンス)は、少しずつ記憶が曖昧になってきていたが、娘のアン(オリヴィア・コールマン)が頼んだ介護人を断る。そんな折、アンが新しい恋人とパリで暮らすと言い出して彼はぼう然とする。だがさらに、アンと結婚して10年になるという見知らぬ男がアンソニーの自宅に突然現れたことで、彼の混乱は深まる。(シネマトゥデイより)
認知症が進行する老人の視点から、日常と妄想が錯綜する様を鮮烈に描いた異色作であると共に、家族の在り方を静かに説く人間ドラマである。わが家でも同様の出来事を経験し、漸く当時を妻と振り返れる気持ちになったのが、実は鑑賞の動機なのである。
老人役アンソニーには、役名と同じくアンソニー・ホプキンス。今作で2度目のオスカー受賞に輝いた御歳83歳の名優だ。初オスカーに輝いた「羊たちの沈黙(1991)」での怪演が強烈過ぎて異端俳優扱いされるかもしれないが、紛いもなく英国の正統派俳優だ。小生は、ほとんど売れなかったが「世界最速のインディアン(2005)」は大好きな映画の一つだ。
まさに圧巻の演技である。社会的地位も築き、今は静かに隠遁生活を送る元英国紳士に忍び寄る病魔。記憶が曖昧になり始めたのは自覚しながら、まだまだ独りで十分生活できると自負するプライド高き老人だが、容赦無く病気は進行して行く。
いわゆる「まだら呆け」という脳が正常に機能する時間が長い状態から、機能しない時間が多くなって来るのだ。前後の時間感覚が失われて始め、妄想に悩まされる。長女は見分けがつくが、突然若返って見えたり、3年前に事故死した次女は、今も遠くで暮らしていると信じ込む。見知らぬ男が自分の部屋のリビングで寛いでおり、聞けば長女の夫で、此処は彼の家だと言う。だが、彼女は10年前に離婚したはずで、近々パリの新しい恋人と暮らすと言っていたはずだ...
彼の脳内の混乱がそのまま映像化され、さしずめサスペンス仕立てに物語は進行して行く。自分が壊れて行くのを否定し、必死に抗うが、それを受け入れざる得ない状況に陥って行く。怖い、悲しい、寂しい・・・常に不安に付きまとわれるが、次第にその感覚までも失われて行くのだ。認知症の実態を精緻に描いた脚本・演出が当然秀逸ではあるが、この名優無くしては成り立たなかったであろうと感じる、圧倒的な演技だった
そんな彼を気丈に支える長女役・アンにオリヴィア・コールマン。現代の自宅介護の問題が、彼女のリアリティー溢れる演技によって浮き彫りにされる。作品の大半が、アンソニー視点で割かれているが、唯一、アンの妄想が描かれる。介護に疲れ果てた彼女が、子供のように寝ている父アンソニーの首を絞めている自分に気づき我に帰るのだ。痛々しい想像だが、介護経験ある者ならば理解できるワンシーンだった。
アンは苦渋の末、自宅介護を諦めて、父を介護施設に預けることにする。恋人との新生活の為、パリに移住し、定期的に面会に来ることを選択したのだ。昨年小生が母に対して選んだ道と同様の展開に、胸が締め付けられる。アンソニーの病状は更に進行しており、彼の意識はいまだに自宅の居間と見知らぬ部屋を行き来しているのだ。介護士や医師が恐ろしく見えたり、家族に感じたり...
ラストシーン・・・赤子が母親に甘えるように、泣きじゃくるアンソニーを優しく抱擁する介護士の姿に私は言葉もなくエンドロールをみつめるのみであった。
鑑賞後、映画館と隣接する東急本店上階のレストラン「ラ・ブラッセリー シェ松尾」へ。そういえば、2023年に東急本店は解体され、Bunkamuraと一体となった商業施設にリニューアルされると言うニュースが流れたばかりだ。シェ松尾本店は敷居が高過ぎて未だに未訪問だが、この店舗は大衆的な洋食店である。リーズナブルなディナーセットと共にドリンクをオーダーする。
「オフクロの介護の時は、お前には苦労かけたな。帰りも俺が運転するから今日は好きなだけ飲め!すみません、生ビールとぶどうジュースをお願いします。」
「恐れ入りますが、ただいま、アルコールの提供を自粛させていただいております。」
「あんた大丈夫?今、緊急事態宣言中なの忘れたの〜」
「う〜ん、俺がボケたら早めに施設に入れていいからなぁ〜」
「お金かかるからダメです。出来るだけ頑張ってください」
「」
『ブータン 山の学校』 [上映中飲食禁止]
慢性緊急事態症候群の東京都民の為、再度の延長戦にも狼狽えず、いつものようにマッタリと生活をしている。ただ、元来ナイトライフ主体の小生にとっては、夜の映画鑑賞と深夜喫茶での読書ができないのは少々辛い。なんとか間隙を縫って時間を作ろうとするのだが...
そんなわけで、都内のシネコンは全て休館な為、頑張っているミニシアターを目指す。久しぶりの「岩波ホール」で、心温まる良作に出会う。
岩波ホールでは最前列中央に座ると決めている。シネコンの大スクリーンでは後方中央寄り通路側が小生の指定席だが、当館のミニ・スクリーンではTV大画面を独り占めの雰囲気で味わえるベスト・ポジションなのだ。この時期に、こんなマイナーな文芸作品を鑑賞に来る客は20名ほど。何となく同胞意識をお互い持ったりして...
ある日、教師のウゲンは、ブータン王国で最も辺境の地であるルナナ村に転任するよう告げられる。彼はオーストラリアに行ってミュージシャンになりたいという夢を持っていたが仕方なく承諾し、1週間以上かけてようやくルナナ村に到着する。当初は電気もトイレットペーパーもない場所での生活を不安に思っていたウゲンだったが、次第に村になじんでいく。(シネマトゥデイより)
世界で一番幸せな国と言われるブータンだが、都会に住む若者の気性は世界共通なのかもしれない。首都ティンプーで教員見習い中のウゲンだが、仕事に全く身が入らない。怠惰な日々を送りながら、早くこの退屈な国を脱出して、オーストラリアで音楽で身を立てたいと考えている。そんな彼に、同国の教職制度らしいのだが、最後の研修地として僻地への赴任命令が下される。ビザの申請を済ませ、彼は、最後の仕事と割り切ってティンプーから8日間かかるというルナナ村に向かうのだった...
まず、ブータン人が日本人と酷似しているのに驚き、親近感を覚える。同じアジア系黄色人種でも、国によって微妙に人相の傾向が違うものなのだが、この国の人々とだけは相違点がほとんど感じられないのだ。お互いの先祖のDNAが密接に繋がっている以上に、国としての環境が似ている為かもしれない。豊富な水と緑に育まれた大地は四季折々の姿を見せ、仏教を国教とした立憲君主制度の王国は、まるで古き良きニッポンを見るようだ。まさに、人間はアイデンティティよりも、育った環境で人格が形成されるのを目の当たりした気分だ。
首都から2日間バスに揺られ、辺境の地方都市へ、そこから徒歩で6日間かけて標高4800メートルのルナナ村の学校にようやく到着するウゲン。彼は大歓迎を受けるが、電気も通っていない現代文明から隔離されたような地に違和感を覚え、早々に村長に辞退を申し込む。帰る準備に3日間かかると言われ、ウゲンはその間だけ、教材も黒板も無い教室で10人ほどの村の子供達に教鞭を振るう事にしたのだが...
出演者のほとんどは、現実のルナナ村の住民だそうだ。いくら山深い日本でも、8日間もかけねば行けない場所など存在しないが、これが今のブータン王国のインフラの実態であり、またルナナが如何に辺境の地であるかが窺える。村の子供達は「外の世界」を全く知らず、不定期に現れる都会からの先生が、唯一の彼らの世界を広げる扉なのだ。出演する子供達のピュアな眼差しと村人達の生活を捉えたカメラアイが非常に優しく、我々の心も解き放つ。実際の住民である9歳のペム・ザムちゃんの愛くるしさは筆舌に尽くし難い。今作の最大の見所だ
そして、ウゲンに現地の民謡を教える美少女・セデュ役のケルドン・ハモ・グルン。(彼女は首都ティンプーの学生らしいが)美しい歌声と笑顔が絶品だ
子供達との触れ合いの中で、予定の3日間が徐々に伸びていくウゲン。当初はひと時も手放さなかったスマホは、部屋の片隅で埃にまみれ、ソーラーバッテリーで充電出来ても、ゲームや音楽にも見向きもせず、教材づくりに励む。彼の荒んでいた心は徐々に浄化され、本来の優しさを取り戻していく。ウゲンは勉強を教えているつもりが、実はルナナの村人と大自然から、『大事な何か』を学んでいたのだ。結局、任務期間を全うした彼は、後ろ髪を引かれながら、小雪が舞い始めた学び舎を後にするのだが...
孫にしたいくらい可愛い
ankoya【甘味・仙台】番外編 [江戸グルメ応援歌]
週末から仙台への一泊出張だった。土曜日の朝方までの仕事をこなし、仙台駅前のホテルで爆睡していたら...
『えっ、あっ、でかいの来たぁ〜』
午前10時30分、大きな揺れが襲ってきた。部屋が16階という事もあり、ビル自体がしなっている感覚を覚える。長い揺れが収まるまでベッド上でじっと待機し、激震クラスでないのを確認し、早急に着替えると、ホテルのアナウンスが流れる。
「ただいま大きな地震がありました。エレベーターは停止しております。部屋の扉に(無事です)のステッカーを貼り、しばらく部屋内で待機してください」
窓から外を見下ろせば、街の風景に変化に変わりなく、ヒゲを剃りながらエレベーターが動くのを待つ...
なんとか30分後には、仙台駅に着けた。覚悟はしていたが、新幹線・在来線共に運行停止になっていた。予約済みの11時30分発の新幹線が何時復旧するか検討がつかない。予想外のトラブル時には、とりあえず、全てを受け入れてから、最善の対応を心がけるのが、小生の主義だ。とりあえず、何をしようかなぁ〜
『そうだ、例の土産を買っておこう』
ankoya駅前店・・・自称・甘味王としては、仙台で此処は外せない。3年前に駅前をふらついていたら偶然に見つけた「どら焼き専門店」だ。一度食して虜になったが、売り切れが多くて滅多に出張時に買えないのだが、この日は怪我の功名か、4種類のどら焼きをゲットできた。その後、昼飯の海老チャーハンを食べながら、スマホで運行状況をチェックすると、16時頃再開予定との事。これは、割り切って仕事しよう結局、仙台支店に舞い戻る事にした。
帰宅、22時...こんな日もあるさと、夜中にどら焼きを頬張るオッチャン。「アンタも大変だったわねぇ〜」お茶を入れる妻。「でも、こんなに買ってきて明日までに全部食べたら倒れるわよ」