SSブログ

『少年の君』 [上映中飲食禁止]


IMG_1735-e1583945349199.jpg

進学校に通う高校3年生の少女チェン・ニェンは、大学進学のための全国統一入学試験を控え重苦しい日々を過ごしていた。ある日、一人の同級生が陰湿ないじめを苦に自殺し、彼女が新たないじめの標的となる。いじめっ子たちの嫌がらせが激しくなっていく中、チェン・ニェンは下校途中に集団暴行を受けている少年・シャオベイと出会う。共に孤独を抱えた彼らは次第に心を通わせていく。(シネマトゥデイより)

今の中国を覆う社会問題を、涙なしには観られない青春恋愛ドラマの体裁に落とし込んだ見事な力作である。2019年の香港・中国の合作映画で、民主主義陣営からは問題提起の多い中国だが、国の抱える病巣には我国以上に向き合っていると感じる政府公認の作品であり、当然の如く中国国民からも高く評価された。

冒頭から現在の中国の受験地獄の実態を目の当たりにさせられる。共産党支配と言いながら実態は自由経済市場を確立した中国でも学歴による格差問題が表面化している。低所得層がそこから脱出するには、超難関の一流大学に入学し、グローバル企業に入社するか共産党の幹部候補生になるしか成功の道は無いのだ。70年代の日本とも比較にならない熾烈な生存競争が、各都市の進学校で繰り広げられる。同級生は全て敵であり、その鬱屈とした環境から陰惨なイジメが後を絶たない。

母子家庭のチェン・ニェンは重慶(らしい?)のマンモス進学校に通う高校3年生。借金に追われる母は常に出稼ぎ状態で、彼女はほぼ一人で生活しながらもトップクラスの成績を収め、目標の北京大学も合格圏内だ。ある日、校内で飛び降り自殺したクラスメイトの遺体に上着を掛けてあげた事で全校生徒の注目を浴びてしまう。そして、その日を境に陰湿なイジメの刃が彼女に向かう。チェンの家庭環境と彼女が追い込まれていく様が淡々と描かれて行く導入部だが、痺れるようなリアルな緊迫感を生み出したのは、前半をほぼ台詞無しで演じたチョウ・ドンユイの力だ。

ab_betterdays_210520.jpg

撮影当時は25歳だが、運命に翻弄される女子高生になりきった迫真の演技は、まさに女優の鏡と言える。普通に着飾れば、スリムなモデル系美女だ。

0.jpg

イジメがエスカレートし髪をザンバラに切られた彼女は、髪型を丸刈りにせざる得なくなる。本気の演技に胸が締め付けられる。今作の魅力は彼女の熱演失くして語れない

658f57b0.jpg

チェンが出会う街のチンピラ青年シャオペイ役にイー・ヤンチェンシー。中国では人気のアイドルグループのメンバーらしいが、当時の18歳が等身大に純真なワルを好演だ。

shonennokimi_20210527_03.jpg

ひょんな事から出会ったチェンの用心棒を引き受ける事になるが、次第に二人は惹かれ合うようになる。シャオペイは、大学合格とそれから広がるであろう幸福を叶えてあげたいと、自分の身を賭して彼女を守りぬくと誓う。チェンは彼の気持ちを受け入れ、北京大学合格という目的と共に、都会で二人の生活を築きたいと夢見る。環境も背負っているモノも全く違う二人が、お互いに抱える孤独を糧に愛を膨らませる姿がいじらしいほど美しく描かれて行く。そして純愛ドラマの王道パターンは、更に二人を追い詰める。シャオペイの存在で一時は沈静化していたイジメだったが、執拗な首謀者は諦めていなかったのだ。

2034fe17.jpg

イジメグループのリーダー役を演じたジョウ・イエ。可愛い過ぎるからこそ残忍さが際立つ深窓の令嬢を好演だ。イジメっ子になってしまった経緯を暗に伺わせる演出も光り、彼女も受験戦争の犠牲者だと作品は訴える。彼女の死の謎が、後半を一気にサスペンス調に展開させ、チェンとシャオペイの運命を決定づける。館内は至る所からすすり泣きが聞こえ、へそ曲がりな小生もここまでストレートに純愛を魅せられて不覚にも目頭が熱くなった。

今や世界経済を牛耳る大中国が抱える社会問題を真正面から捉えた今作は、紛れもなく社会派ドラマの秀作だ。その重いテーマを、手に汗握るサスペンスを織り込んだ青春迸るラブロマンスに昇華させた香港出身デレク・ツァン監督の手腕に拍手喝采である。全般を通じて、心も視線も『痛い映画』なればこそ、ラストの爽快感も格別だ。しかも問題提起は残しつつ。中核都市重慶の「今」を切り取ったカメラアイが秀逸、ストーリーに自然に溶け込んだ音楽も素晴らしい。こういう香港系映画なら中国共産党も認めるのか、と隣国の奥深さにも意外と感心したりして...

11aba9da.jpg




nice!(31)  コメント(2) 
共通テーマ:映画