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『犬王』 [上映中飲食禁止]

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室町時代の京の都、猿楽一座に一人の子供が生まれ犬王と名付けられる。その異様な風貌を隠すように面をかぶせられた犬王は、ある日、呪いにより盲目となった琵琶法師の少年・友魚と出会う。壮絶な運命を生きてきた二人は、歌と舞を披露し合うことで、互いに名乗らずともたちまち意気投合する。過酷な世を生き抜くため、相棒となった二人は互いの才能を刺激し合い、唯一無二の表現者として一時代を築いていく。(シネマトゥデイより)

異色アニメと呼べばそれまでだが、小生の感性にストライクど真ん中の胸躍る作品だ。南北朝時代に実在した能楽師「犬王」と若き琵琶法師「友魚(ともな)」が、旧来の能楽を打ち破る芸能世界を産み出した一端を描く。
当時は世阿弥と双璧と言われた犬王だが、残された作品が何一つなく、時代の経過と共に忘れ去られた存在となった。その謎の能楽師に光を当て、あらん限りの想像力で人物像を炙り出し、その芸術性を現代風にかつ飛躍的にアニメーションで表現した。奇才・湯浅政明監督の本領発揮だ。

滅亡した平家の怨念を受けた二人の青年が邂逅し、市井の人々を熱狂させる新しい能楽を創り出す。盲目の琵琶法師・友魚に森山未來、異形の猿楽師・犬王にアヴちゃんという異色のキャステイングが、『室町ロック・オペラ』ともいうべき華麗な音楽絵巻を際立たせた。友魚が爪弾く琵琶の枯れた音色が次第に熱を帯び、いつしかベースとドラムスがリズムを刻み出し、ビート感剥き出しの骨太ロックに変貌して行き、それに合わせて見事なブレイクダンスを披露する犬王。有り得ない演出なのだが、私はこの1曲で完全に虜になった。




音楽は前衛音楽家である大友良英が監修、「あまちゃん」のテーマソングからフリージャズまで多彩な作品作りに定評があるが、今回は600年の時代を超越する和製ロックを生んだ。小生と同年代である大友氏は多分にザ・フーの名作ロックオペラ「Tommy(1969年)」が脳髄に染み付いているのかも知れない。

場所は変わって、清水寺で大観衆を前に熱唱する犬王。小生はアヴちゃんも彼のバンドの「女王蜂」も知らなかった昔気質のロック爺いだが、このヴォーカルは凄い[むかっ(怒り)]クィーンの「We Will Rock You」のパクリは承知だが、アヴちゃんの歌はホンモノだ。





「平家物語」と室町時代の時代背景に多少の造詣が無いと、物語の展開に合点がいかない向きもあるかもしれない。だが、それ抜きでも余りある映像と音楽の融合は、現代の若者をも唸らさせるパワーと美しさに満ち溢れている。小説の方は未読だが、原作のイメージを荒唐無稽に膨らまさせて映画化しているのは間違いなく、二人の固い友情やこの時代の無常感までは描き切れていないかも知れない。映像と音楽が強烈過ぎるゆえだが、小生は大満足のロック・オペラ・アニメであった。
日本中を熱狂の渦に巻き込んだ二人は次第に幕府の権勢まで脅かし、政争に巻き込まれて行く。そして人気絶頂で二人は袂を別ち、友魚は六条河原で斬首され、犬王は新作を封印して幕府お抱えの猿楽師として生き永られる。諸行無常、此処に或り。されど600年後、現代で二人は再び相まみえる...

[るんるん]大スクリーンでこそ味わうべき極上のロック・オペラ[るんるん]



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マウンテン【喫茶・浅草】 [江戸グルメ応援歌]

久しぶりに浅草の喫茶店で晩飯を食す。

学生時代から通っていた洋菓子喫茶店『アンヂェラス』が2019年に70年の歴史に幕を閉じた。自家製ケーキのテイクアウトも人気だったが、レトロ感溢れる店内で店舗と同じ名を冠する小ケーキ「アンジェラス」を一口で頬張り、濃い目のコーヒーを一気に喉に流し込む快感は格別であった。昭和の文豪達も足繁く通ったというこの老舗が失くなって以降、小生お気に入りの浅草の喫茶店は全く対極の此処と決めている。

純喫茶『マウンテン』・・・雷門通りで約半世紀、こちらも浅草の栄華盛衰を見つめてきた老舗喫茶店だ。「純」喫茶と謳ってはいるが、西洋文化の息吹を感じる「アンヂェラス」と違い、観光地に付き物のコテコテの和風喫茶なのである。あんみつ+コーヒーセットという困惑の組み合わせで外国人観光客に興味を抱かさせ財布の紐を緩ませるという商売のあざとさを全く包み隠さない潔さが小生は好きだ。幅広く一見の観光客を取り込むためにメニューも多岐に及ぶ。甘味はお汁粉・あんみつからパフェまで和洋折衷、当然、洒落た自家製ケーキなどは無い。食事も節操がなく、もんじゃ・お好み焼きの鉄板系からサンドウィッチ、うどん・雑炊、カレーライスまで、まさに「不純」喫茶だ。以前は喫煙自由の無法地帯だったが、流石に電子タバコのみの利用に変更されていたのは愛煙家の小生にとっては少々残念だった。だが、入り口脇にしっかり灰皿が置かれ、通行人に白い目で見られながらも煙を楽しむ余地を残す官権への僅かな抵抗心も嬉しい。

小生の注文パターンだが、食事は粉系から麺類までその日の気分で決める。そしてデザートはほぼ一貫して「小倉ホットケーキ」を注文するのである。本日はこの組み合わせだ[パンチ]

 銀の皿が眩しい昭和風『ナポリタン』
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禁断の『小倉ホットケーキ』[ぴかぴか(新しい)]
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店内は統一感が全く感じられない昭和レトロな雰囲気だ。歴史を感じさせる椅子とテーブルは居心地良く、壁には無造作に手書きメニューや古い週刊誌の切り抜きがベタベタ張り出され、美しいステンドグラスとの不調和がカオス的なムードを醸し出す。そんな処で、小倉あんと生クリーム&ホットケーキの三位一体攻撃を受けてはひとたまりもない。カロリー超過の背徳感はMAXを超過すると幸福感に変わるのだ。江戸っ子気質のママさんとのちょっとした会話のキャッチボールも楽しい。価格が観光地相場なのは痛いところだが、月一くらいは顔を出したい小生のオアシスなのである。

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『トップガン マーヴェリック』 [上映中飲食禁止]

[ぴかぴか(新しい)]世界中のシルバー世代に自信と勇気を[ぴかぴか(新しい)]

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小生より1歳下なので、今年でトム・クルーズも還暦の仲間入りなのだ。私の大のお気に入りだったニコール・キッドマンを棄て、ペネロペ・クルスを弄び、新興宗教に嵌った後輩の私生活面は全く評価しないが、俳優としての生き様だけは賞賛するのである。前作『トップガン』から35年余り経過しての本作での忍び寄る老化に抗い己の美学を追求するプロフェッショナルの姿は、作品内容以上に同時代を生きた小生の胸を熱くさせるものだった。

マーヴェリック(トム・クルーズ)は、かつて自身も厳しい訓練に挑んだアメリカ海軍パイロットのエリート養成学校、通称「トップガン」に教官として戻ってくる。父親と親友を空で失った過去を持つ彼の型破りな指導に、訓練生たちは反発する。彼らの中には、かつてマーヴェリックの相棒だったグースの息子ルースター(マイルズ・テラー)もいた。(シネマトゥデイより)

1986年当時に鑑賞済みの前作だが、流石に内容はうる覚えだった為にネット配信で復習してから新作に臨んだ。2作の間の時間経過はリアルに反映されている。米ソ冷戦時代からソ連解体を経てグローバル化が進み、アメリカの国力に翳りが見え始めた近年の姿を描く。前作はソ連のミグ戦闘機とのガチンコの空中戦がクライマックスだったが、今作はイランか北朝鮮を想定したような某国の核開発プランの阻止が至上命令となっている。そんな時間経過もお構い無しに、マーベリックは海軍内で全く昇進せずに、テストパイロットとして日夜空を駆け巡っていた。一方、トップガン在籍時にライバルであり親友だったアイスマン(ヴァル・キルマー)は海軍大将に大出世し、機密作戦遂行に向け、マーベリックを教官としてトップガンに迎えるのだった。

『トップガン(1986年)』
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確かにこの頃と比べれば、トム・クルーズの姿にも時の流れは感じるのだが、悔しいことに「老けこんでいない」のだ。前作にも出演したヴァル・キルマーとは雲泥の差だ。そして前作の恋人チャーリー(ケリー・マクギリス)との再会と思いきや、良く見るとジェニファー・コネリーが新恋人役にすり替わっている。どうやらケリーが実年齢通りに老けてしまった為にキャスティングされなかったようだ。トムだけは流れる時間のスピードが違うのだ。「俺だって10代の頃はジャニーズ系と言われてたんだぜ」と女房に言えば「その時代は存じませぬが、ポッチャリ系の間違いではございませんか?」と一蹴されたが...

ケリー・マクギリス61歳
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ジャニファー・コネリー48歳
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確かにこの組み合わせは仕方ない[あせあせ(飛び散る汗)]
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兵器のIT化が進み兵士の個人スキルが重視されない時代に突入した今。極限化での作戦遂行に向けて全米のエリート操縦士が集う「トップガン」の教官に指名されたマーベリックは、まさしくアナログ時代最期の伝説パイロットなのだ。そんなジジイ教官が、当初は彼を甘く見ていた生徒達を「これが本当の戦闘じゃ」と言わんばかりの飛行技術を見せ付け圧倒し、心腹させる。さらに生徒達の溜まり場の飲み屋のマダム(元カノ)と簡単にヨリを戻し、アバンチュール再びという同時代ジジイ憧れの展開が続く。

ストーリー自体の骨格はシンプルだ。生徒達の中にかつて演習中の事故で亡くなった相棒グースの息子のルースターがおり、彼はマーベリックを敵視していた。マーベリック自身もグースの死に一抹の責任を感じており、二人のわだかまりが極秘作戦遂行の不安材料でもあったのだ。だが、マーベリックは敢えて作戦の最終メンバーにルースターを選び、なおかつ自分自身も操縦桿を握ることを決断する。奇跡が2度続かなければ全員生還は不可能と言われた作戦は最終段階でルースター機が最新鋭の敵機の射程に入り絶体絶命となる。その時、ルースターを守るように割って入ったマーベリック機は発射されたミサイルに撃墜されるであったが...

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ミッション・インポッシブル同様、主人公は絶対死なない鉄壁のシナリオ故に安心の結末だ。この辺りが007とは違うトム様唯我独尊映画の特色だ。今作品も原則スタントマン無しだ。トム・クルーズ含めて出演者全員に戦闘機を操縦させた驚きの演出は否が応にも迫力と緊張感は高め、そして青春映画に付き物の『青い空と青い海』を見せ付け、観客の胸を躍らさせる。鑑賞後の清涼感は抜群であり、特にシルバー世代の青春を呼び起こすに十分な内容だった。世界中での大ヒットも頷けるが、それを支えたのは「デートは映画鑑賞が王道」という我が世代の存在のような気がする。歳の取り方は人それぞれだ。肉体をトムのように老化に抗い鍛え続けるも良し、また時の流れに身を任せるも良し。ただ、次の世代に恥ずかしくない生き方は続けたいものだと、出張った腹をさすりながら思うのだった。本編内で前作出演のメグ・ライアンの映像も一瞬映し出され、「女房にもこんな頃があったなぁ」と懐かしむ還暦爺い在り[わーい(嬉しい顔)]

トム・クルーズ曰く『俳優は職業ではない。私、そのものなのだ』
見事なり[exclamation×2]




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徳【うどん・水天宮】 [江戸グルメ応援歌]

コシの強い『うどん』と言えば「讃岐うどん」で決まりだろう。当然、店舗によって味の違いはあるが、麺自体の特有のモチモチ感は共通だ。ご当地手打ちうどんの王道とも言える存在だ。

では「日本一コシの弱いうどん」はと訊かれれば小生は『伊勢うどん』と答える[かわいい]

名古屋単身赴任時代に三重県にも度々出張し、地元のお客様に何度もご馳走になった。初めて食した時の衝撃[exclamation&question]甘辛固い物好きの江戸っ子には許し難い歯応えの無さにまず驚く。だが独特の麺の柔らかさが自然な喉越しを生み出して胃袋に溶け込む感じにいつしか病みつきになってしまった。現地の店で箱買いし、いつしか単身生活での貴重な食材の一つとなった。懐かしい思い出だ。

コロナ自粛もほぼ解禁となり、勤務先近辺の飲食店も賑わいが戻りつつある。久しぶりに新規開拓したいと思い、いつものランチエリアを越境して物色していたら見つけたのだ・・・「伊勢うどん」の看板を[がく~(落胆した顔)] まさか、東京で伊勢うどん専門店に出会うとは...迷わず入店する。

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「徳」という名の夜は居酒屋でランチタイムは伊勢うどんを提供している店だ。未だコロナ仕様につき10人も入れば満席のこじんまりとした店内をご夫婦二人で切り盛りしているようだ。メニューを一瞥して当然の如く「伊勢うどんセット」を注文。先に小鉢とミニまぐろ丼が来る。赤身を楽しみながら念願のうどんとの久々の対面を待つ。

来たぁ〜、これ、これ[かわいい]
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これを下に溜まっている醤油出汁とグチャグチャにかき混ぜ
揚げ玉をぶっかけて完成。う~ん、美しくは無い[黒ハート]
当時の小生はこれに生卵を投入したのだが...
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「旨〜い、うれし〜い[ぴかぴか(新しい)]」懐かしの味を堪能した[わーい(嬉しい顔)] 讃岐で言う「ぶっかけ」風だが、基本的に麺は熱いままだ。「日本一コシが弱い」と小生は称したが、当時の地元の方は「柔らかいけどコシはあるんだ」と主張して譲らなかった。確かに、病院食のように口の中で溶けるほど煮込んでいる訳ではない。麺の存在を明確に感じさせる食感は残しつつ、歯に優しく、そっと胃袋に収まる抵抗感のない喉越しが心地良い。さらに辛めの真っ黒醤油出汁が麺としっかり絡まって小麦の風味をじわっと引き出すのだ。見た目は、最近若者に人気のラーメン「油そば」だ。まさに三重県が誇るご当地ジャンクフードの原点みたいな存在なのだ。

江戸時代には伊勢参りが国民的行事となった。庶民は他国への移動が厳しく制限されていたが、伊勢参りだけは例外として認められ、階級に関係なく「一生に一度は」と、伊勢神宮を目指したのである。江戸からは平均15日間の行程である。一部の金持ちは別として、多くの旅人は疲労困憊して伊勢に辿り着いたであろう。遠方からの旅人に消化の悪い物を食べさせたくないという伊勢の料理人の気遣いが、嘘か真か「伊勢うどん」を生んだという。

昔日の伊勢の人々の優しさをちょっと感じる懐かしの味だった[ぴかぴか(新しい)]
セットのミニ丼・味噌汁・小鉢・お新香も丁寧に作られている。三重県人と思われるご夫婦のお人柄まで感じさせる味だった。また好きな店ができた[わーい(嬉しい顔)]




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アルゲリッチを聴く [上映中飲食禁止]

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生アルゲリッチに初めて触れる[exclamation×2]

Classic音痴の小生だが、コロナ禍の2年間ですっかりマルタ・アルゲリッチのファンになってしまった。その彼女が、コロナ自粛明け早々に我が地元・錦糸町のトリフォニー・ホールで来日コンサートを開催するという。当然の如くS席一枚を地元特典の墨田区民割引で購入し、先週末に行ってきた。

マルタ・アルゲリッチ・・・アルゼンチン出身の世界でも著名なピアニストの一人だ。御歳80歳、半世紀以上をまさに世界を股にかけてクラシック界を牽引した女帝的な存在なのだ。黒髪の天才美少女として19歳でプロデビュー以来、自由奔放かつ激烈な性格は数々の名演と私生活での伝説を作り上げて行った。3度の離婚やショパンコンクール審査員辞退の件は業界内では有名な話らしい。

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彼女を知ったきっかけは、長女に勧められた『のだめカンタービレ』にハマって劇中の「ショパン・ピアノ協奏曲第一番」に触れた時だ。ストーリー展開と共に、この楽曲の壮大かつ美しい調べが気に入り、原曲の名演と呼ばれるCDをとりあえず購入してみたのだが...

ショパン&リスト:ピアノ協奏曲第1番

ショパン&リスト:ピアノ協奏曲第1番

  • アーティスト: マルタ・アルゲリッチ
  • 出版社/メーカー: Universal Music
  • 発売日: 2016/09/07
  • メディア: CD
元々は映画内での中国人ピアニスト・ラン・ランの一部分の演奏で十分に心に響いたのだが、このCDで全演奏を聴き終えた頃には「音楽の真髄」に少し触れた気がしたのだ、Classic素人の私が。1968年録音、20代半ばのアルゲリッチの溢れ出るリリシズム。技巧的な部分は小生には判別が付かないが、彼女の柔らかくも芯の強い「タッチ」が心地よくて堪らない。古い録音のはずだが、音が輝いている。指揮者アバドが生み出すロンドンフィルの音のうねりと彼女の生命の発露が溶け合い、荘厳な世界を作り出す。それ以降、彼女のCD、レコードを中古で買い漁っては聞き齧っていた。その彼女の生の演奏が聴けるなんて...往年の勢いはないかも知れないが胸が躍る。

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アルゲリッチ&フレンド〜辻彩奈(ヴァイオリン)と酒井茜(ピアノ)を加えた3人による競演である。アルゲリッチと酒井が信望していたヴァイオリニストのイヴリー・ギトリス(2020年末没・享年98歳)を偲ぶと共に彼の生誕100年を記念してのオマージュ演奏会なのである。
演奏プログラムを見て少々不安になる。パガニーニという名前以外はほとんどの作曲家も楽曲も知らない。難解な曲ばかりで爆睡するわけもいかないと満席の会場を見回したが、杞憂に終わった。最初のヴァイオリンソナタから夢の世界に直行だ[ぴかぴか(新しい)]辻が弾く1748年のイタリア製ヴァイオリンの音色が何処までも滑らかに伸び、普通なら軋むような超高音域も儚い渇きを帯びて心地良い。名器とは名人と出会って初めてその真価を魅せることを実感する。そして何度も聴き込んだアルゲリッチのタッチから生まれるピアノの響きと溶け合って行く。本来はヴァイオリン主役の楽曲だが、伴奏に回るアルゲリッチの旋律の存在感により、対等なデュオという様相だ。時に優しく時に激しく、二人の奏者が楽器を通して語り合う。孫ほど歳の離れた若きヴァイオリニストを引き立てつつ、ピアノソロパートでは煌めく旋律で会場全体を酔わせる。年齢相応の枯れた演奏ではなく、いまだに瑞々しさに溢れた演奏に驚愕しつつも、あっという間に夢心地になる。

休憩後の酒井が進行役を務めたトークショーは、笑いを誘うほど噛み合わなかったが、アルゲリッチのギトリスへの想いを感じるには十分であったと共に、彼女の「我が道を行く」性格まで垣間見れた。後半は、辻のソロ、二人のピアニストの競演、予定外のアルゲリッチのソロ、再度の辻とアルゲリッチのデュオと短い楽曲が続き、最後に酒井のソロピアノで幕を閉じた。2台のピアノでの演奏は「フリージャズ」的な展開には度肝を抜かれながら、奏者の生み出す響きの違いに音楽の奥深さを再認識してしまった。アルゲリッチの音は、強く激しく明確でありつつ空気に溶け込む柔らかさを持っている気がするのだ。「愛の悲しみ」は今回のプログラムで唯一、聴き覚えのある美しい旋律のヴァイオリン楽曲だったが、今日の二人の演奏は別次元で心に沁みた。

全プログラム終了し、満場の拍手喝采の中で辻と酒井がステージに現れ立礼を繰り返す。高齢のアルゲリッチは大事を取ってもうお休みかなと思っていたら、3度目の登壇で遂に彼女も現れ2曲のリクエストに応える大サービス、酒井とのモーツァルトの連弾で最後を締めた。アルゲリッチ本人からすれば気楽なコンサートの部類だったろう。フルオーケストラをバックにしたピアノ協奏曲でも2時間を超えるソロピアノでもない。だが短い楽曲の中での研ぎ澄まされた鍵盤の調べはまさしく彼女の音だった。夢のようなコンサートだった。爆音のエレキ・ギターは五臓六腑に響いて最高だが、たまにはクラシックの一流プロの生演奏もいいなぁ、沁みるなぁ[ぴかぴか(新しい)]

1965年 ショパンコンクール優勝時の演奏〜まさにミューズ(女神)[黒ハート]



2021年 フランクのヴァイオリンソナタ(当日のプログラム1曲目)
まさに女帝[がく~(落胆した顔)]


彼女(辻彩奈)のVnの音色も素敵だった[かわいい]



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『大河への道』 [上映中飲食禁止]

実は違う映画をNET予約したつもりだったのだが...
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中国映画を予約したつもりだったが、冒頭に江戸時代の武士が登場し、唐突に背広姿の中井貴一がスクリーンに映し出される。ようやく自分のミスに気づくが時すでに遅し。そのまま鑑賞することと腹を括ったが、途中から目が離せなくなり...観てよかったぁ、素晴らしい作品だった。

千葉県香取市役所では町おこしのため、日本初の実測地図を作った郷土の偉人・伊能忠敬を主役にした大河ドラマの制作プロジェクトを発足させる。ところが脚本作りの途中、忠敬は地図完成前に亡くなっていたという新事実が発覚し、プロジェクトチームはパニックに陥ってしまう。一方、江戸時代の1818年。忠敬は日本地図の完成を見ることなく世を去り、弟子たちは悲しみに暮れる中、師匠の志を継いで地図を完成させるため、壮大な作戦を開始する。(シネマトゥデイより)

原作が立川志の輔の創作落語という変わり種の作品だ。
伊能忠敬を大河ドラマに抜擢させるべき奔走する現代人の姿と、史実に基づいて江戸時代の忠敬を取り巻く人々の奮闘を並行して描く。現代と過去の時代の出演俳優が全く同じという古くて新しい手法を用いた事が、人間味溢れる原作を一層コミカルかつ感動的な作品に仕上げている。古典・新作を問わず「とことん笑わせて最後に泣かせる」という傑作人情噺のエッセンスをものの見事に取り込んで実写化した新しい視点の時代劇の佳作である。

本作には伊能忠敬は登場しない。我々が教科書で習った日本地図を初めて製作した偉人・伊能忠敬は、実は地図完成の3年前に亡くなっていたという史実がこの物語の骨格だ。地元出身の偉人を町おこしの為に大河ドラマに抜擢しようと奔走する市役所主任・池本と脚本家候補の加藤がその史実を紐解いて行く。
幕府から日本地図製作を命令されて14年が経過。だが、高齢の伊能は完成を目前に逝去する。膨大な資金を投入しているこの事業には幕府内にも反対者が多く、彼の死が露呈すれば中止になりかねない状況だった。伊能の後見人だった幕府天文方の高橋景保は、彼の死を隠したまま、多くの門人達と共に大事業を完遂させる事を誓うのだった。だがそれには、多くの困難が待ち受けており...

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小生と同じく還暦となった中井貴一。昭和最後の名作テレビドラマ「ふぞろいの林檎たち」(1983年)での生真面目で不器用なキャラクターが素の本人の個性だと思うのだが、芸歴40年、今やどんな役柄もこなす名俳優の域に達してきている。志の輔の落語に惚れ込み、本作の企画を立ち上げた張本人でもあり、彼の静かなる気迫がスクリーンから迸っている気がする。やはり彼の真骨頂は時代劇であり、無骨で一本気な侍が似合う。

松山ケンイチ、西村まさ彦、橋爪功らの熟練俳優も現代と江戸時代の二役を見事に演じ脇を固め、着物が似合う女優陣が花を添える。特に久しぶりに観る凛とした北川景子は魅力的だ。

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当然、笑いどころは満載であるが、原作が落語ゆえに下品なギャグは皆無の正統な喜劇に仕上がっているのが心地良い。終盤は、幕府内の反体制派から間者が送られるが、秘密が露呈する寸前に地図が完成する。将軍に17年間の集大成を献上する為に登城した高橋が、幕閣らから伊能忠敬の不在を詰問され窮地に陥るのだが、ここからの侍・中井貴一の言上が涙を誘い、大団円へと[exclamation×2]

「廃れ行く時代劇を様々な垣根を超えて鑑賞しやすい映画にしたい」・・・本作の企画を持ち込んだ中井貴一の狙いは、ほぼ達せられた作品の出来栄えだと思う。日本人のアイデンティティを呼び起こした時代劇の名作は過去には多いが、最近は骨太かつ時代考証に忠実な作品ほど興行面では成功しなくなったようだ。藤沢周平や浅田次郎原作の実写版はヒット作の定番だが、年配者中心の限られた客層に支えられているのが現実だ。Z世代や中高生をも惹き込むには、製作側の斬新な企画力と柔軟な姿勢がより求められる時代なのだろう。「るろうに剣心」や三谷幸喜・大河ドラマの魅力は、そんなところかも知れ得ない。

本作も既存の時代劇の潮流に挑戦した作品だ。特に時代劇ながら殺陣(チャンバラ)無しのストーリーは緊張感の持続が困難のはずだが、緻密な脚本(森下佳子)と俳優陣の熱演によって創作落語の魅力をものの見事に映像化した。あと一人、女性受けする若手男優を起用し、前宣伝に力を入れればもう少しヒットするだろうが...少々残念。
頑張れ松竹[exclamation×2]





それにしても観たい映画を間違えるとは...

ボケるのはちと早いと思いつつ

怪我の功名で素敵な作品に出会えて良しとするかな[あせあせ(飛び散る汗)]


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