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桃乳舎【洋食・人形町】 [江戸グルメ応援歌]

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勤務先の徒歩ランチエリア内に存在する古い喫茶店だ。
『桃乳舎(トウニュウシャ)』という店名と古色蒼然とした店構えから助平な爺さんは、いかがわしい商品を取り揃えたマニア向け専門店ではと胸ときめかせたのだが、妄想過ぎた。真っ当な喫茶店であった[あせあせ(飛び散る汗)]

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明治22年(1889年)に牛乳販売店として創業し、その後にミルクホールに転業したそうだ。昭和8年に建て替えられて以降、戦災をかいくぐり、バブル地上げに見向きもせず、当時の姿そのままを今に留めている。
店内に一歩足を踏み入れれば、外観からの期待通りの昭和の世界にタイムスリップさせてくれる。私が学生の頃は、こんな雰囲気の『サテン』ばかりだった。マンガ喫茶も当然ネットカフェも無い時代、薄暗い喫茶店でたいして美味くない珈琲を啜りながら、漫画週刊誌を読み漁った。

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私よりも遥かに年配のご夫婦二人で店を切り盛りしている。ランチタイムのみの営業であり、しかも飲み物の提供は一切していない。以前は看板の通りに軽食喫茶だったはずだが、高齢と人手不足の為に、摩訶不思議な洋食専門店の形態になっている。そんなお店側の事情での営業方針にも関わらず、小生のような懐古趣味の優しき客で連日混雑している。

多分、メニューは半世紀に亘り変わっていないのかもしれない。値段も20年は値上げを忘れているような佇まいだ。そしてどの料理を食しても「昭和の味」を思い出させてくれる。

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平成以降の飽食に慣れ親しんだ自分の舌を戒めるように、昔懐かしい味がドッと押し寄せてくる。高級食材やレアな調理法を使わずとも、プロのベテラン職人の本気の技が此処に在る。
80歳近いと思われる腰の曲がったマスターは、今日も純白のコックコートを着込み、黒の革靴を履いて調理場に立つ。ホール担当の奥様は、無造作にカウンターに硬貨を積み上げて、釣り銭を間違わないよう客さばきに余念がない。普通ならノンビリ老後を愉しむ年代のはずだが「ずっと二人で仕事をするのが当たり前」というご夫婦の自然体な姿勢まで伝わってくる。

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桃のレリーフが一層輝いて見える。
桃太郎を育てた老夫婦みたいに愛情たっぷりの店だ。

 

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鳩の街通り商店街〜昭和散歩道〜 [寫眞歳時記]

休日、昼下がりの炎天下に自宅から一番近い商店街を歩いてみる。商店街とは言っても、休日の為に開いている店自体が皆無なのだが、そもそも幼少の頃の往時の賑わいは完全に失われてしまっている場所なのだ。

鳩の街商店街・・・玉の井(現・東向島駅界隈)に在った遊郭が戦時中に焼け出され、この地に移転し、戦後は『赤線』として発展した。吉行淳之介、永井荷風が作品の舞台として取り上げている。小生が生まれる数年前(1958年)に売春防止法が施行され、すべての業者が廃業し、一般商店に衣替えした。

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小生の幼少の記憶を紐解けば、商店街の入口に「向島金美館」という立派な映画館があり、親に連れられ怪獣映画を初めて観た経験が蘇る。『大魔神』(1966年)の大仏が人々を襲う恐怖感は脳裏の片隅に未だに残っている。思い出の映画館は程なく廃業しスーパーマーケットに変わり、そのスーパーも最近になって洒落たマンションに建て替わっていた。アーケード入口を飾るべきモニュメントの半分は崩れ落ちたまま放置され、鳩をイメージしたオレンジマークが寂しい。

休日とはいえ人影も無い
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商店の撤退・廃業も続き、赤線時代の家屋も建て変わり、今や歯抜け状態の商店街となってしまった。だが、ゆっくり歩いてみると、戦後の雑踏の香りが僅かに残り、その遺産を活かした若き商売人達の息吹も感じられる街並みになって来ている。

戦中からの面影を残す銅板貼りの建物は僅かだが昭和レトロな店舗は散見される
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僅かに残った色鮮やかなタイルや磨りガラスにありし日の歓楽街を想う
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一方で古い建物のリノベーションや活性化事業も進んでいるようだ

路地尊と自転車タクシー「輪ぽっぽ」は本日休業中
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チャレンジショップ〜アパートの空き部屋を格安で解放
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古民家カフェ「こぐま」
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当時の特殊カフェらしき建物も今は喫茶「千輪」
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鳩の街通りプロジェクト『ハトハウス』
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久しぶりに此処に通うと少しづつ以前の風景が変わっている事に気づき寂しくなる。銭湯「松の湯」がしばらく前に廃業取り壊しとなり、今回は商店街の出口で存在感を示していた雨宮酒店が跡形もなく更地になっていた。古い建物が老朽化で消えて行くのは仕方の無いことではあるが、せめてその地域の風景や歴史と調和するような建築物に建て替わるのを望む。私の知る限りでは、ほとんどは無味乾燥なマンションの乱立が続く。『原色の街』が徐々に色褪せている。

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ブーランジェ ボワ・ブローニュ【パン・浅草】 [江戸グルメ応援歌]

[ぴかぴか(新しい)]最近お気に入りの街のパン屋さん[ぴかぴか(新しい)]

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朝食は生まれながらの米派であったが、パン派に主旨替えしたのは結婚して長男が生まれてからだ。やはり子育て中の戦う主婦にとってパン食の用意の方が有難いらしい。小生は20年後に単身赴任してそれを実感した訳だが、どちらにしてもスーパーで買う六枚切り100円台の食パンが定番だった。子供達が家を離れ、最近になって専門店でパンを購入し、夫婦で朝食を摂る機会が増えてきた。

或る夜「明日のパン買ってきて!」と唐突にカミさんから連絡があり、会社帰りにコンビニでも寄るつもりでいたら見つけたお店だ。銀座線・田原町駅から徒歩1分、近代的なフォルムのAPAホテルの隣でこじんまりと佇んでいるが、可愛らしい看板が印象的なレトロな店舗だ。

自家製天然酵母を使用した、手づくりパン屋さんだ。その日に焼いたパンをなるべく売り切りたいとのことで、23時頃まで店を開けている職人魂に頭が下がる。近くには高級食パンブームで人気復活した老舗「パンのペリカン」がビジネス展開に成功して大繁盛しているが、まるで対極の経営手法だ。店番は嫁姑と思しき女性二人が受け持ち、パン作りに勤しむ男性陣の姿は見えないが、典型的な家族労務だろう。

常食の食パンは、一斤では賞味期限内に夫婦二人では食べきれないので六枚切りを買う。こちらの店では、カット売りでも端っこの固い部分を薄く切って付けてくれるので、六枚切りが七枚切りになる...何だか嬉しい[わーい(嬉しい顔)]トーストにすると、少々の塩味と小麦の甘味が心地良く、耳の部分はしっかり固い。小学校の給食に出された食パンの感触を思い出してしまう。

食パン以外は目移りする程に種類が多く日替わりでパターンも変わるが、定番の1番人気は「ぶどうパン」だ。


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大粒の葡萄が目一杯詰まっている。スライスして生食でも焼いても絶品、食べながらもボロボロとジューシーな葡萄が溢れてくる。バターを乗せてトーストすれば小生の大好物レーズンサンドそのものだ。パンマニアでは無いが、菓子パンでこの感動は初めての経験だった[ぴかぴか(新しい)]

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「豆腐と野菜サンド」何と優しいお袋の味〜母ちゃんが剃り残した耳が可愛い[黒ハート]
「あんこロール」塩ロールと餡子の抜群の組み合わせが嬉しい[かわいい]

どれを食しても何だか優しい気分に浸れる味ばかりだ。店構えと女性陣の人柄を知るゆえの思い入れもあるかも知れない。ただ、毎日食べても飽きない自然な味であるのは間違いない。永くお付き合いしていきたいお店だ[ハートたち(複数ハート)]




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『破戒』 [上映中飲食禁止]

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被差別部落出身の瀬川丑松(間宮祥太朗)は、自らの出自を隠し通すよう亡き父から強く戒められており、地元から離れた場所にある小学校の教員職に就く。教師としては生徒に慕われながらも、出自を隠すため誰にも心を許せないことに苦しみ、一方で下宿先の士族出身の女性・志保(石井杏奈)に恋心を寄せていた。やがて、彼の出自について周囲が疑念を抱き始める中、丑松は被差別部落出身の思想家・猪子蓮太郎(眞島秀和)に心酔していく。(シネマトゥデイより)

いわずと知れた島崎藤村の名著の実写化である。
昔から本好きな少年ではあったが、好みの作品がどうも極端に偏っていたようで、実はこの明治の傑作は未読だった。とはいえ被差別部落を題材にした社会派作品である事は知っていたので、敢えて令和の時代にこの重苦しいテーマをいかに映像化されたのかが興味津々であった。
結論から言えば、人間の尊厳を謳い上げた佳作であり、時代を超えて「差別問題」が常に私達の傍らにある事を再認識させる文学の力をも感じさせてくれた。
長編小説を2時間に凝縮した為に原作からの割愛部分が多いと思われるが、小生のような不勉強者や活字離れのZ世代にも十分伝わる脚本・演出が施されている。特に本作の成功の秘訣は、個々の登場人物を「映画的に」色濃く描いた点にある。主人公・丑松を演じた間宮祥太朗が素晴らしい。TVドラマでたまに見かける濃い顔の青年くらいの印象だったが、悩める青年教師の心情心理を自然かつ美しく演じた。

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高橋和也、竹中直人、本田博太郎、石橋蓮司など濃い目の俳優陣が脇を固める。猪子廉太郎を演じた眞島秀和の迫力は一見の価値あり、親友教師役の矢本悠馬の外連味のない演技が涙を誘う。「差別される者」「差別する者」「差別しない者」の三局を敢えて単純明快にすることで、差別問題の溝を描き切る手法が奏功したと言える。

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還暦を迎えた小生の年代でも同和問題は過去の差別意識になりつつある。幼少の頃から部落や在日の問題は親から何となく聞いており、隅田川沿いの皮のなめし工場からは異臭がよく漂ってきたものだった。ただし子供同士の友人関係には全く影響を及ぼしていなかった。大学生時代に白土三平の漫画「カムイ伝」を読んで衝撃を受け、部落問題を歴史的に認識した。そして25年前の大阪転勤時に、関東より遥かに関西地区に部落問題が根付いている事も体感した。だが、この差別意識は徐々に風化しているのも事実だ。地方都市の一部や後期高齢者の年代に蔓延る負の遺産のようなものだ。Z世代などには知らぬ存ぜぬの世界であろう。敢えて次の世代に我々が引き継ぐべき知識とは感じない。それよりも人権侵害の形や種類が多様化した今、その差別撲滅に向けて社会が漸く動き始めたことに力を注ぐべきではなかろうか。

「この差別が無くなったら、新しい差別が生まれているのでしょうね」作中での言葉だ。現代のダイバーシティを見透かしたような100年前の原作に重みを感じざるを得ない。小生は金子みすずの一節が好きだ。『みんなちがってみんないい』
世代を超えた観客に訴える為に美しく作り過ぎた傾向はあるが、今こそ観るべき作品だと思う。




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