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『SHE SAID/その名を暴け』 [上映中飲食禁止]

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ニューヨーク・タイムズ紙の記者ミーガン・トゥーイー(キャリー・マリガン)とジョディ・カンター(ゾーイ・カザン)は、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインが数十年にわたり、権力を笠に着た性的暴行を重ねていたという情報を得る。取材を進めるうちに、彼がこれまで何度も記事をもみ消してきたことが分かる。被害女性たちは多額の示談金で口を封じられ、報復を恐れて声を上げることができずにいた。問題の本質は業界の隠ぺい構造にあると気付いた記者たちは、さまざまな妨害行為に遭いながらも真実を求めて奔走する。(シネマトゥデイより)

2007年にハリウッドを揺るがしたハーヴェイ・ワインスタイン事件を題材にしたドラマである。ジャーナリストが時の権力者の犯罪を告発する実話を元にした映画といえば「大統領の陰謀(1976年)」を思い出す。後にウォーターゲート事件と呼ばれたニクソン大統領の犯罪を白日の下に晒したワシントンポスト紙の二人の記者の奮闘を描き、子供心にダスティ・ホフマン・ロバート・レッドフォードのかっこよさと民主主義の旗印というべき新聞の正義の力に痺れたものだった。それから半世紀近くの時が流れ、今回は映画界のカリスマの横暴をニューヨークタイムスの女性記者二人が暴く。

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70年代ならば話題にもならなかったであろう権力者による常習的なセクハラ...そんな言葉さえも存在しなかった歴史を踏まえれば、アメリカ自由主義の変遷をも感じ取れる作品だ。しかも告発する主人公は敏腕の女性記者なのだから尚更隔世の感ありだ。

円熟のキャリー・マリガン。小生のお気に入り「わたしを離さないで」「ドライブ」からほぼ10年経過し、実年齢よりあどけなさが際立った美女が年相応の大人の女となっていた。育児ノイローゼを克服し現場復帰した敏腕記者を好演だ。一見か弱く見せながら、強靭なタフネスさを発揮する役柄は彼女の真骨頂だ。彼女とタッグを組む女性記者にはゾーイ・カザン。前作「ニューヨーク親切なロシア料理店」は作品自体が低レベルだった為に、無軌道なママさん役を熱演したが、彼女の空回りに終わった。今作では知的なワーキングママを等身大で演じ、名誉挽回の感ありだ。たまにかけるメガネ姿が可愛い過ぎる[揺れるハート]

組織ぐるみでもみ消されていたハーヴェイの犯罪を立証するには、被害者の実名入りの証言が不可欠だった。二人は多くの証人と接触し事実関係を掴むが、全てオフレコで終わり最後の牙城が崩せない。更にハーヴェイ側は強大な組織力を使い、元被害者や新聞社自体にも圧力をかけてくる。それでも抑圧された女性達の人権を勝ち取る為に二人は真摯な取材を続け、やがて被害者達の閉ざされた心が解き放たれていく...

事実を元にしている為、過度な演出は控えている。事件の本質の部分に関わるが、あえて性的な描写も一切無い。映画的な面白味に欠ける一方で、真実の立証に突き進む過程が非常にリアルであり、緊迫感が半端ない。闘う女性記者の陰で妻を支える夫たちの姿も垣間見られ、#Me Too運動を含めてまさに「現代のアメリカ社会」を写した作品だ。そして二人の記者を守る新聞社の上司の姿勢にアメリカのジャーナリズムがまだ死んでいない事も訴える。民主主義を標榜するアメリカが世界の正義だと断言はしないが、この国には声なき声に耳を傾ける下地は確かにあるのだ。残念ながら、現状の我が国の民主主義には懐疑的にならざるを得ない。

ミラマックス社を創設したハーヴェイ・ワインスタインの卓越したプロデュース力が映画界に残した功績は大である。「バルブ・フィクション」を始めとしたタランティーノ作、「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ、「イングリッシュ・ペイシェント」「世界にひとつのプレイブック」等々小生好みの作品が目白押しだ。芸術はそれを生み出した人間の人となりを表すというが嘘である。各分野で一流と呼ばれ成功した人々は決して聖人ではなく、ごく限られた能力が突出しているだけの人間だ。この事件は、映画のマネージメント力に優れた単なる性的倒錯者が権力を持ったことで引き起こされた悲劇なのだ。映画、音楽、文学を問わず、自分の好きな作品への思い入れ以上にそれに携わった個人への過度な崇拝は、我々凡人とって禁物なのだとしみじみ感じさせられた事件でもあった。

実話が題材のシンプルな構成の中で多くの問題に気づかせてくれた、こういう硬派な映画もたまにはいいものである。




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東京カテドラル〜雑司ヶ谷の一日〜 [寫眞歳時記]

雑司ヶ谷の一角によく通うスポットがある。

不熱心な浄土真宗門徒である小生は、神社では柏手を打ち教会ではアーメンを唱える極めて典型的な日本人である。特に教会内部の凛とした厳かな雰囲気が好きだ。和風建築である神社仏閣は木の温もりを包含するが、洋風建築を基調とした教会には石の冷気を放出する。俗世間の煩わしさから離れたい時など、その空間の冷涼さが頭を冷やし身を引き締めてくれる気がして、何度となく通ってしまうのだ。

御茶ノ水のニコライ堂と文京区関口の東京カテドラルは小生の定番スポットだ。特に後者は、建築物としての壮大さと奇抜さに目を奪われて以来、お気にりなのだ。更に教会の向かいには、結婚式場としても有名な椿山荘と素敵な園芸ショップ、現在は建て替え中だが野間美術館があり、この一角だけで半日を有意義に過ごせるのである。(年末の写真も交えてご紹介)


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正式には『東京カテドラル聖マリア大聖堂』と呼ぶ。丹下健三の設計により1964年に竣工した。美術館かコンサートホールと思しきおよそ教会とは見えない奇抜なデザインだ。

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まるで銀色の怪鳥が翼を広げ、今まさに飛び立たんとする姿に見える。不謹慎ながら「進撃の巨人」のエレンが最終進化した空飛ぶ巨人を連想してしまう。

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全ての教会での礼拝は原則自由である。異教徒でも内部への出入りに制約はなく、観光地の寺社のような拝観料もお布施・賽銭の類いも必要ない。そして東京カテドラルも例外ではなく、その聖堂に足を踏み入れた途端に別世界が待っている。

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一般の入口はこの正面右側にある。(内部の写真撮影は厳禁な為、公式資料から引用)

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コンクリート打ちっ放しの壁が聳え立ち天頂で結ばれる。華美な装飾を排した祭壇に柔らかい光が降り注ぐ。清冷な空気が気持ちを引き締め、神の存在を肌で感じさせるような構造だ。偶然ミサの最中などに訪れると、信心薄い小生でさえ自然と祈りを捧げ十字を切る。心が解き放たれたように気持ちが軽くなって行く気がする。

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礼拝の後には通りを渡って『グリーンショップ・音ノ葉』へ。この園芸ショップは管理の行き届いた草花・苗木が多く販売されており、カミさんもお気に入りだ。小生はチューリップやダリアの球根などをたまに購入するが、一番の目的はこのお店が併営する『oto no ha Cafe』というレストランだ。オーガニック野菜・果物のみを使用した食事が、礼拝帰りの爽快な身体になんと馴染むこと[わーい(嬉しい顔)] この日の昼食はチーズハンバーグと苺のロールケーキじゃ[かわいい]

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食後は隣のホテル椿山荘の庭園で散歩だ。東京大空襲で灰燼に帰した山縣有朋の邸宅・庭園が昭和27年に結婚式場として復興して現在に至る。特に自然の傾斜を利用して再現された庭園は、ホテル棟のビル建築とも溶け合う和洋折衷の趣きが心を和ませる。初夏には蛍の飛翔が見られ、最近は人工的に雲海を発生させるイベントも行い、コロナ禍での営業努力に頭が下がる。とにかく庭園の階段の昇降は食後の運動に丁度良い。また食欲が...

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天井のシャンデリアに映るウエディングドレスの花嫁姿を見ながら、結局カロリーオーバーの1日なのだった。

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『ケイコ目を澄ませて』 [上映中飲食禁止]

昭和の名作を想わせる絵作りに愛しさが募る[もうやだ~(悲しい顔)]
覚醒した岸井ゆきのに胸焦がれる[揺れるハート]

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生まれつきの聴覚障害により両耳とも聞こえないケイコ(岸井ゆきの)は、下町の小さなボクシングジムで日々練習に励んでいた。彼女はプロボクサーとしてリングに立ち続けながらも、心中は不安や迷いだらけで、言葉にできない葛藤を募らせていた。「一度、お休みしたいです」とジムの会長(三浦友和)宛てにつづった手紙を渡せずにいたある日、彼女はジムが閉鎖されることを知る。(シネマトゥデイより)

学生時代に観たATG作品を彷彿させる昭和の色合いに胸が躍る。舞台である東京下町のオンボロのボクシングジムは、まさしく「あしたのジョー」の丹下ジムと見まごう昭和の香りにむせ返る。ミットにパンチを叩き込む、リングとシューズが擦れる、鳴り響くゴング...16ミリフィルムの淡い映像から”音”が主張してくる。だが、ケイコにそれは聞こえない。

若手女優が視覚・聴覚障碍者を演じるのはよく見かけるが、それは後に演技派として大成する為の登竜門なのだろう。初期の松たか子、菅野美穂、綾瀬はるかや最近では吉高由里子や吉岡里帆の演技には目を見張るものがあった。 

岸井ゆきは万人が認める美女ではないが、時折見せる仕草や表情に思わず引き込まれてしまう不思議な魅力を持つ女優である。高い演技力が認められ、最近はTVドラマ、映画に引っ張りだこであるが、本作でついに彼女の俳優としての潜在能力が解き放たれた感がある。聴覚障害の役の為、台詞はほぼ無いのだが、耳の聴こえない女子プロボクサーの葛藤を圧倒的な表現力で見せつけてくれた。しかもまるで戦前の「無声映画」を観るような自然さを持ってだ。腹筋バリバリのボクサー体型に変身しミット打ちで見せるプロ並のフッワークに、役に懸ける彼女の不断の努力と天性の体幹の良さを感じざるを得ない。



いぶし銀の共演陣も味わい深い。トレーナー資格保有者である松浦慎一郎の熱血指導がケイコの闘いのリアル度を跳ね上げる。軽薄そのものだが姉の為に手話を操る弟役の佐藤緋美も好演。久々に見る中島ひろ子、仙道敦子は熟練の域だ。そして欠かせないのがジム会長を演じる三浦友和だ。抑揚を抑えた深い演技が、破産寸前のジムと練習生達へのとめどもない愛情を表現した。常に張り詰めた状態のケイコを不器用だが優しく包み込む会長の姿は、老兵だけが見せられる悲哀と優しさに似る。


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音の無い世界で、ケイコは何に向かって闘っているのか。常に差別と擁護が繰り返される生活の中で、自分の力のみで誇りを掴む為か、抗えない健常者への対抗心か、愛する家族に対する恩返しか、彼女は心情を一切吐露しない。ホテル清掃の仕事をしながら人一倍の練習量を課していたケイコも遂に心身共に限界を迎え、ボクシングを辞める決意をする。同時にジムの閉鎖が決まった事を知ったケイコは、次の試合を最後にしようと再度猛練習に励むのだった。ジムの期待と家族の想いを背負い最後のリングに立った彼女は、売り出し中の若手選手と死闘を繰り広げる。

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だが勝利目前で強烈なカウンターをもらいリングに沈む...閉鎖したボクシングジムの掃除も手伝い、全てが終わったと悟ったケイコはいつもロードワークで走る河川敷をそぞろ歩く。そんな時、先日の相手選手と出会い声をかけられる。彼女は「ありがとうございました」とケイコに深々と頭を下げ、颯爽と去って行く。ケイコは胸の奥深くでまた熱いものが生まれた気がして夕日に向かって坂道を駆け上がるのだった。

落ち着いたトーンの描写とリアルな音響効果が、ケイコの音の無い世界と健常者のそれとの対比を際立たせる。邦画独自の緻密な感情表現が心地よく、昭和の匂いを未だに残す下町の風景を切り取るカメラアイに心が和む。圧倒的な演技力を持つ女優の存在感を惜しむなくど真ん中に置いた外連味の無い設定は、昨今の生ぬるい恋愛映画やサスペンスを軽く吹き飛ばす。差別問題を掲げた最近流行りの説教じみた社会派作品とも一線を画した、自己を追い求める女性の努力と葛藤を描いた青春映画の傑作だ。最近では稀有な「美しい作品」に日本の観衆も目を澄ませてほしい。





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ジェフ・ベックを悼む [偏愛カタルシス]

ジェフ・ベックが逝ってしまった

中学時代から憧れ続けた孤高のギタリストが天に召された

ロックギターの概念を変えた挑戦者の

60年間追い求めた音色は

永遠に色褪せることは無いだろう

合掌



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『離ればなれになっても』 [上映中飲食禁止]

[ぴかぴか(新しい)]人生って、映画って、なんて素晴らしい[ぴかぴか(新しい)]

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久々鑑賞のイタリア映画は、男女4人の40年間の軌跡を描いた秀作だ。日本のTVドラマ「男女7人夏物語(1986)」のメンバーのその後をリアルに綴ったようなイメージだ。さんまと大竹しのぶの結婚から破局、芸術家に転身した鶴太郎、芸術家一家の大御所である奥田瑛二等々の半生を赤裸々にドラマ化し、今、同窓会をしたらみたいな。だが、そこを伝統あるイタリア映画は、人生の機微を美しく重厚にスクリーンに投射し、我々の胸をときめかせてくれた。

舞台は1982年のローマ。16歳の高校生3人が偶発の事故に巻き込まれたのを契機に親友となる。そのうちの一人、文学青年パオロと恋仲になった美少女ジェンマを加えた4人は、常に行動を共にし青春を謳歌していた。7年後、パオロは教員、リッカルドは俳優、ジュリオは弁護士への道へ各々進む。そしてジェンマは母の死後、ナポリに引っ越し、荒んだ生活を送っていた。社会の荒海に出た4人のもがき苦しむ姿が簡潔だが濃密に描写されるテンポ良い演出が素晴らしい。

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そんな時、パオロとジェンマが再会し、初恋を成就させる。ジュリオは漸く弁護士業が軌道に乗り、リッカルドは熱愛の末、結婚し子供を授かる。4人が幸せの階段を登り始めたのも束の間、暗雲が立ちはだかる。パオロの母の介護に疲れ果てたジェンマは魔がさしてジュリオと関係を持ち、そのまま弁護士の妻の立場を選ぶ。リッカルドは生活苦から妻と別居し、最愛の息子を奪われてしまう。意気消沈したパオラは臨時教員として独り無為な日々を送る。

ある時は聖女、ある時は売春婦の如く振る舞うジャンマを軸に4人の関係が16歳の頃に戻れない現実を叩きつける。出自も生活環境が違っても同等に遊べた子供時代と違い、大人になれば社会的地位や経済力の差が壁になって来るものだ。

更に10数年の月日が流れる。上昇志向の強いジュリオはジェンマを棄て代議士の娘と結婚し、著名弁護士の地位を不動のものとしていた。だが、夫婦の関係は既に崩壊し、世間体の為のみに存在する家族に嫌気のさした16歳の娘は反抗期の絶頂だ。パオロは独身を貫いていた。正式な教員として採用されて以降も地道な努力を続け、今では教育指導者の権威だ。正式な離婚が成立したリッカルドは政治家転身の夢も破れ細々と生活している。息子の成長を遠目に見るだけが生き甲斐だ。今日は息子の16歳の誕生日祝いに会いに行ったが、玄関先で追い払われてしまう。そして疲労困憊した帰りの列車で偶然にジュリオと再会する。わだかまりを抱え10年以上音信不通の二人だったが、パオロを含めて3人で飲もうと約束し、連絡先を交換し合うのだったが...

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パオロとジェンマの40年に亘る純愛が骨格ではあるのだが、本質はそれでは無い。青春時代から老境に至るまでの人間の半生の浮き沈み、哀歓をものの見事に描き切った。辛い事も愉しみも一緒くたになってこそ人生は素晴らしいのだと、作品は訴える。そして子供時代の純粋な気持ちは、パズルのパーツのように全て揃えば、何十年も遡って蘇るのだと。

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青春期と壮年期の俳優陣の変更が違和感なく、「こんな子供はこうなるねぇ」と自分の同級生を想いながらほくそ笑む。4人の半生をコンパクトに編集しつつ彼らのアイデンティティまで観客に刷り込む巧みな演出に脱帽だ。そしてローマ...ローマの街並みである。彼らが生まれ育った街の情景は、半端な装飾美術を必要とせぬ絶品の背景となって物語と溶け込む。家族ぐるみで集まった新年カウントダウンの夜。4人はグラスを掲げる「心を熱くするものに乾杯!」と。4人の友情のドラマがお互いの子供達にまで引き継がれる予感のラストに、絵も言われぬ幸福感に浸る。老境に差し掛かった者しか共感出来ない部分もあろうが、個人的には大傑作新年から素晴らしい作品に出会えた[かわいい]

予告編の日本版は浅はかなラブロマンスの印象を与えている。(センス酷過ぎ)オリジナル版で雰囲気だけでも...




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