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『逆転のトライアングル』 [上映中飲食禁止]

[ぴかぴか(新しい)]ブラックな諧謔味に溺れる[ぴかぴか(新しい)]
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モデルでインフルエンサーのヤヤは、恋人である男性モデルのカールと共に豪華客船のクルーズ旅行に招待される。リッチでクセの強い乗客はゴージャスな船旅を堪能し、客室乗務員は彼らから高額のチップをもらおうと笑顔を振りまきながら要望に応えていたが、ある夜に船が難破する。さらに海賊に襲われ、無人島に流れ着いた乗員乗客たちが食料、水、そしてSNSのない状況にあえぐ中、トイレ清掃員が圧倒的なサバイバル能力を発揮する。(シネマトゥデイより)

昨年の『チタン/TITAN』もヤバかったが、今年のカンヌ映画祭パルムドール受賞作も小生好みの少々イカれた奥深い人生喜劇だ。

オープニングの男性モデルのオーディション風景から、今作が薄っぺらな現代社会を風刺したものであるのを予感させる。そしてそこに参加していたカールが、旬を過ぎた売れないモデルであるのも窺わせる。そんな彼の恋人ヤヤは超売れっ子モデルでインフルエンサーとしても大活躍である。本作はこのカップルを中心に3部構成で描かれていく。

高級レストランでの二人の痴話喧嘩。「昨晩、私が奢るって誘ったくせに伝票をそれとなく僕の方に押し付けた」といきりたつカール。言った言わないで揉め、「割り勘で」とヤヤが言えば「そういう問題じゃない」と拗ねるカール。業を煮やしたヤヤがカードで支払おうとするが、使用停止だと判り、結局カールが全額カードでお支払いという顛末だ。二人の役者の攻防が見事だ。表情、間の取り方、激しい言葉、まさに痴話喧嘩だ。不穏なムードのままホテルに戻るが、結局は元の鞘に収まる浪費癖の派手女とプライドだけ高い臆病男の姿を強烈に見せつける演出で第一部が終わる。

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今をときめくジェンダー問題の奥深さにも婉曲的に触れているのだ。男が女を守り、養うべきという封建的な思考より経済的に優れた者がリードすべきなのか?では男の価値とは、女の価値とは?
封建的家庭で育った小生は、結婚前のカミさんとのデートでも一回も彼女に食事代は払わせなかった。だが、結婚後は全ての財布を奪われ、小遣い亭主に成り下がっている。姉さん女房を娶った長男は、結婚前は稼ぎの良い彼女にほとんど奢ってもらっていたらしい。要は当人同士が納得していればいいだけで、社会規範などに照らし合わせる必要など無いと思うのだが...問題は、女性が男性と同等に働き稼げる環境が整備されているかなのである。

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第2部が個人的にお気に入りだ。
豪華客船クルーズに招待されたヤヤとカールは、世界屈指のセレブ達と極上の船上生活を愉しんでいた。カールはヤヤのネット投稿用の写真を撮りまくっている。完全に彼女の付き人兼ヒモを自覚しているが、周りからはいい女を囲ったエリートと見られたいと熱望している。1部に輪をかけてカール役のハリス・ディキンソンが情けない男を好演だ。ロシアの大富豪、武器商人の老人、IT業界の買収家など人生の成功者達は個性的な強者揃いだ、そして彼らへの極上のおもてなしを心掛ける客室乗務員達は全員白人で、多額のチップの為にどんな我儘な要望にも笑って「YES」と答えるのだった。優雅な船内の最下層には、人目につかないように働く清掃員や機関工員がいる。全て黒人やポリネシアンなどの有色人種だ。夢のような豪華客船が、歴然とした階級社会で成り立っている事を示し、船が地球そのものであるのを示唆している。

ある晩、船長主催のイベントである「キャプテンズ・ディナー」が盛大に催される。折しも海上は大しけとなり、徐々に客船の揺れが激しくなって行く。絶品料理がサーブされる中、気分の悪くなった客が徐々に席を離れ始め、一人の老婦人がテーブルに嘔吐したのを皮切りに、次々と吐瀉の連鎖が起こり、船内は阿鼻叫喚の地獄絵に様変わりする。セレブ達がゲロまみれでのたうち回る描写が非常に秀逸で小生は笑いが止まらない。(上品な方は正視できないと思われるが[あせあせ(飛び散る汗)])いくら金が有っても苦しみからは逃げられないし、どんな美食も上から出せばゲロだし下から出せば糞だと、俯瞰した北欧の奇才監督はのたまう。ほとんどの乗員が苦しみ喘ぐ中、アル中の船長とロシアの大富豪は意気投合し、泥酔しながら「ソ連の共産主義」を語り合う場面もシュールだ。
一夜明けて嵐が去り、落ち着きを取り戻したのも束の間、海賊に遭遇した客船はあえなく手榴弾で爆破され沈没してしまうのだった...(爆笑[わーい(嬉しい顔)][わーい(嬉しい顔)][わーい(嬉しい顔)]

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何とか一命をとりとめた数名が無人島に流れ着き、第3部が展開される。カール&ヤヤ、ロシア大富豪などセレブ5名と客室係チーフのポーラ、黒人の機関工員、そしてトイレ清掃婦のアビゲイルが水・食糧完備の救命艇で余裕で上陸して来る。途方に暮れるセレブ達の期待に応えようと仕事に忠実なポーラが指揮を執ろうとするが徒労に終わる。火を起こし、魚を素手で取るアビゲイルに皆は驚愕し、彼女にグループの生存を委ねて行く事になるのだった。機嫌を損ねれば食料を与えられず、皆はアビゲイルに従属して行く。カールは食料のためにとヤヤを諭し女王様の性奴隷に化す。2部から更に男を落とすハリスの迷演技が光る[exclamation&question]
階級の逆転のストーリーには既視感が付き纏うが、俳優陣の熱演と機知に富んだ演出で極上のブラックコメディに仕上がっている。特筆すべきは、彼氏を差し出しても微妙なバランスでアビゲイルと対峙するヤヤだ。そして彼女の弛まぬ精神力がラストのどんでん返しを生む[がく~(落胆した顔)]

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全編を通じて人間同士の普遍的な関係性を見せつけ、個人のアイデンティティを問う。複数の人間が集えば、支配する側とされる側に分類される。現代社会では富を多く持つ者が無き者を虐げ、無人島のような経済概念が通用しない世界であれば生き残る術を持つ者が君臨する。いつの時代もいかなるコミュニティにもピラミッド型のヒエラルキーが構築されるのだ。それは夫婦、恋人の男女の間にも同じく存在する。そして不思議とお互いの状態が居心地良くなってしまう人間の哀しい性を、本作は小気味よいほど諧謔味溢れる演出で描いているのだ。
多くの登場人物の中で、状況が変われど自己の存在位置が変わらなかったのはヤヤと認知症のセレブ妻だけだ。普遍の精神とは狂人のそれと同義であり、大多数の人間が配と被支配の関係に満足する共依存の本能を持っている事をアイロニカルに炙り出す傑作コメディである[exclamation×2]無人島で女王様となったアビゲイルが「元の場所」に戻る局面が訪れたラスト、抗いながらもふと安堵の表情を見せて、彼女はヤヤの頭に石を振り下ろそうとするのであった...[がく~(落胆した顔)]
アカデミー賞が世界標準ではないでしょう!と宣う方には、パルムドール連続受賞の奇才・リューベン・オストルンドの魔法にあえて嵌って戴きたい[かわいい]
 
作中の華は勿論、このブレないイカした女を魅力たっぷりに演じたチャールビ・ディーンだ。彼女の見事な肢体と豊かな感情表現が、通好みのブラックコメディに艶と生命力を与え、カンヌの栄冠まで引き上げたと言っても過言ではない。

カンヌ映画祭でのチャールビ
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今後楽しみな女優だったが、受賞後の昨年夏に細菌性敗血症で急逝してしまった。
黙祷...

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