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『チネチッタで会いましょう』 [上映中飲食禁止]

[黒ハート]久々のイタリア映画[黒ハート]

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チネチッタ撮影所での新作撮影を控える映画監督・ジャンニ(ナンニ・モレッティ)。5年ぶりの撮影は順調にスタートしたかと思われたが、俳優たちは的はずれな解釈を主張し始め、プロデューサーであり40年連れ添った妻からは別れを切り出されてしまう。さらに撮影資金を調達していたフランスのプロデューサーが警察に捕まり、資金難で撮影は中断。映画監督としての地位を築き、家族を愛しているにもかかわらず疎外感にさいなまれたジャンニは自らの人生を見つめ直す。(シネマトゥデイより)

老境の主人公に自分を重ね、少々自嘲気味になりながら苦笑いと相槌を繰り返すが、後の痛快なエンディングが絵に言われぬパワーと爽快感を与えてくれる『愛』に溢れたヒューマンドラマだ。

主人公役の俳優があまり巧くないな、と感じていたらナンニ・モレッティ監督自身と知ったのは観賞後のことだった[あせあせ(飛び散る汗)]だが、頑固、不器用、無神経なイタリア映画界の重鎮という主役の設定がモレッティ自身とすれば納得のキャスティングなわけでもある。結果、脇役陣の好演が主人公の滑稽な愚鈍さを際立たせており、そこまで計算していたとすればモレッティは凄い[exclamation&question]

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映画監督として40年以上に亘り、ほぼ5年おきに作品を発表し、イタリア映画界ではそれなりの地位となったジャンニは、現在新作を製作中だ。だがどうも最近おかしい、しっくりこない。新作は1950年台のイタリア共産党の活動をテーマにしているが、歴史を知らない若手の製作スタッフと全く話が噛み合わない。ヒロイン役の女優が勝手に作品を解釈してアドリブを入れてくる。結婚以来、全作品をプロデュースした妻・パオラ(マルゲリータ・ブイ)が若手監督につきっきりで自分の撮影現場に顔を出さなくなった。「自分が老いたのか、周りが変化したのか」自問自答を繰り返すが、映画の本質は普遍だと信じる彼は己を貫く。そんな彼に更にトラブル続出だ。

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娘にようやく出来た恋人に合いに行けば、自分と変わらぬ年寄りだし、理解者だった映画の出資者ピエール(マチュー・アルマック)が詐欺罪で逮捕され資金が枯渇する。トドメは妻が離婚を切り出して自宅から出て行ってしまう。今までの価値観が崩れ、信じていた者から裏切られ茫然自失となるジャンニ[もうやだ~(悲しい顔)]それでも彼は映画製作続行に向けて少しづつ歩き始める...果たして作品は完成するのか、彼を取り巻く人々との絆は取り戻せるのだろうか?

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老人の時代ギャップを嘲笑うコメディシーンが続出するのだが、裏を返せば現代の商業映画に強烈な警鐘を鳴らす。Netflixとの商談で「冒頭2分で盛り上げる脚本に変えて下さい。我が社は世界190ヵ国で放送されていますので。」を繰り返されたと思えば、助っ人の若い韓国製作陣が彼の脚本を一読しただけで、作品の本質を理解し絶賛する。まさに、生活トレンドの変化とグローバル化が及ぼす混沌としたエンターテイメント業界を表現した。
若手監督の撮影現場に立ち会い、バイオレンス一辺倒の作品に異議を唱えて自説を7時間ぶち上げるような独りよがりのジャンニだったが、多くの困難を踏み台にして周辺の人間を理解し受け入れる大切さをこの歳にして知っていく。次第に家族の綻びが戻り始め、新しい協力者の力も得て、作品は製作続行となる。そして彼は、自分の美学に通じる一番拘っていたラストシーンを描き直す大いなる決意をし、物語は壮大なラストシーンに向かっていくのだった。

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輝かしいキャリアから得た思想が決して絶対では無いとモレッティ監督は訴える。そして古い考えは切り捨てるのではなく、ポケットの中にそっと仕舞い込んだおけば良いのだと。生きることも、作品を創ることも、経験則だけに固執せずに周辺を受け入れつつ模索していけば、もっと違う色の人生が彩られる。71歳のモレッティが到達した境地を落とし込んだ様な作品なのだ。

確固たるモチーフに多くの娯楽性が注ぎ込まれている。随所に笑いを散りばめ、過去の名画や自作品のオマージュを適時に織り込む。戦後のイタリア共産党の盛衰に現在のロシアの凶行を仄めかし、ジェンダー平等などの社会問題にも触れる。ジャンニ・パオラ夫婦と共に製作映画内の俳優カップルと製作スタッフの恋人同士を並行して半世紀に及ぶ男女関係を三重構造で描くロマンチックな香りも楽しい。鑑賞する度に練り込まれた演出や伏線が少しづつ解き明かされていくような構成だ。『より良い未来を夢見ることを忘れない』という監督のメッセージが染み入る感動作だった。シルバー世代だけでなく多くの年代の方にも鑑賞して頂きたい珠玉のイタリアからの贈り物だ[ぴかぴか(新しい)]




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憂国忌 [寫眞歳時記]

早いもので母の三度目の命日を迎える。実は同じ日付に自分が敬愛した文人が亡くなっていたことを、不覚にも今まで全く気づいていなかった...

小学3年生だった私が学校から帰宅すると、母が興奮して話しかけてきた。

「さっき大変な事件が起きたのよ。有名な小説家が自衛隊で切腹したのよぉ〜」

少年はまるで事態を飲み込めなかったが、「切腹」という言葉だけが強烈に脳裏に焼き付いた。そして後日、その小説家の名前を知る。『三島由紀夫』といった。

中学2年の夏休みの読書感想文の宿題で、図書館で何気なく手に取った小説が「金閣寺」だった。次の年に修学旅行で京都に行くし、作者が聞き覚えのある名前だったからだ。初めて触れた長編純文学に一気に惹き込まれた。三島文学の真髄を当時の中学生が理解できる訳は無いのだが、ただ文体の美しさに感銘し、悩める主人公の最後の選択に驚愕するのだった。以来、三島の主要作品を読破した。「憂国」「仮面の告白」「禁色」「豊饒の海4部作」思春期の青年には刺激的な内容も多く、特に右傾化や同性愛に関しては丸ごと享受した部分が多く、今思えば「俺も子供だったな」と恥いる次第だ。一方で、自分のその後の人格形成において少なかず影響を受けたことも認めざるを得ないのだ。

三島由紀夫の自宅が現存していると知る。
スマホでググりナビに従って車を走らせば、憧れの目的地に着けてしまう恐るべき時代なのだ。南馬込の豪邸は固く門が閉ざされていたが、表札は当時の所有者のままであり、前庭の三島が愛したアポロ像の後ろ姿を僅かに垣間見ることが出来た。

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現在も平岡家(三島)の相続人が個人宅として所有しているらしく、写真撮影は心苦しい処もあるが、小生の三島愛につきお許し頂きたい。

11月25日。
母と敬愛する文人に手を合わせる。

金閣寺 (新潮文庫)

金閣寺 (新潮文庫)

  • 作者: 由紀夫, 三島
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2024/11/24
  • メディア: 文庫
三島由紀夫の家

三島由紀夫の家

  • 出版社/メーカー: 美術出版社
  • 発売日: 1995/10/01
  • メディア: 単行本

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『鶯谷』の昔日を歩く② [寫眞歳時記]

〜教養高いエリアを少し離れてレトロな街並みを散策してみる〜

根岸小学校(明治7年開校)池波正太郎、有吉佐和子、林家三平一家の母校
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蔦の絡まり具合が素敵な喫茶店
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なんだか嬉しくなるなぁ
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洋食」とは?
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謎を解きたくて思わず入店[わーい(嬉しい顔)]
小生と同年代と思しきマスターとアジア系アルバイトの二人で切り盛りする昭和色溢れる店だ。店内は有名人の色紙とマスコミ取材を受けた昔の雑誌の切り抜きが壁中に張り巡らせており、いわゆるありがちな往年の人気店と見た。石破総理の大臣時代の堅苦しいサインの横に2代目林家三平のふざけた色紙が並んで、思わずニヤリとしてしまう。だが俗っぽい雰囲気の店と思いきや、モダンジャズの慣れ親しんだ名曲がしかも高音質で流れているではないか。このマスターに自分と同じ変態的な匂いを感じてしまう。メニューを一瞥して、当店イチオシ「名物ヒレの生姜焼き」と「手作りハンバーグ」の強気の2品注文じゃ[パンチ]

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感動的な味だった[黒ハート]
生姜焼きと言えば、豚ロースかバラ肉が定番だが、厚切りヒレ肉でここまでジンジャーの香り溢れる食感は初めての経験だ。ハンバーグは一口で手ごねと分かる程よい柔らかさに赤ワインたっぷりのデミグラスソースが絡まった絶品だった。どちらもフレンチを取り込んだ上品な洋食というより、素材と味付けをストレートに表現した下町の味なのだ。生姜がガツーン、赤ワインがドーンである。舌鼓を打ちながら改めて店内を見渡すと、圧倒的な色紙に隠れて、JAZZの名盤ジャケットも何枚か飾られていた。よく見ると全て「サイン」入りではないか[exclamation&question]チック・コリアやジャッキー・マクリーンだぜ[がく~(落胆した顔)]
会計を済ませながら「大将、ジャケットのサイン、みんな本人だよね」と聞けば「70年代の頃から集めましたからね。みんな死んじゃったね」とマスター。やはり小生と同種系だった。
グリル・ビクトリア・・・後日調べると創業1965年の老舗だった。年代的に現マスターは2代目だろうか。洋食の答えには辿り着けなかったが、場末の下町で頑張るマスターの心意気を感じる料理だった。また来よう[わーい(嬉しい顔)]

住宅街を彷徨くと幽霊屋敷のような洋館が静かに佇んでいた。

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旧陸奥宗光邸である。日清戦争を主導した外務大臣であり、幕末から「坂の上の雲」時代を生きた政治家だ。借金返済の為に売却された邸宅だが、現在も同じ敷地内に住む後継者が生活しているようだ。この外観からだと、内部のメンテナンスにも疑問が伴う。歴史的建造物を個人で保有するのは本当に大変な事だと思う。

工事中、ひと休み[黒ハート]
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安政5年創業の居酒屋「鍵屋」(現店舗は昭和49年築
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創業60年の「手児奈せんべい」
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大福、旨いっす「竹隆庵岡埜」
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食い物屋巡りに変貌しているが、トドメは此処だ[どんっ(衝撃)]

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『デン』・・・昭和46年創業の喫茶店。昨今の古カフェブームで混雑必須の人気店になっているようだが、運よく入ってみれば昔ながらの普通の家族経営のサテンだ。この店を有名にしたのは独特のメニューにある。食パン一斤をくり抜いてグラタンを流し込んで焼き上げた『グラパン』は空前絶後のユニークなB級グルメらしいが・・・さすがにもう食えない、今日のところはデザートだけで勘弁してやろう[パンチ]

特製フレンチトースト
(チョコ+生クリーム+ソフトクリーム+メイプルシロップぶっかけ)
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やっちまった[あせあせ(飛び散る汗)]...結局、カロリー的にはデミパンより高いと思われる[がく~(落胆した顔)]
飽食に爛れた老体がさすがに重いが、何とかJR鶯谷駅の南口方面に向かう。

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この周辺は眩い繁華街の時代の名残が感じられる。廃業していると思っていた「ダンスホール・新世界」が営業中なのは少々感激してしまった。昭和44年に開店した都内最古にして最後のダンスホールであり、映画「Shall We ダンス?」の舞台にもなった伝説の場所なのだ。着飾ったご婦人が、一人、二人とビルの中に消えて行く。肥満防止のために、定年後は社交ダンスを趣味にするのも悪くないかも...と無謀な思いが駆け巡った鶯谷の1日だった。嗚呼、駅の階段がシンドイのだ[ダッシュ(走り出すさま)]








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『鶯谷』の昔日を歩く① [寫眞歳時記]

『鶯谷』という地名を聞くと、下町育ちの者は風流な名前にも関わらず、いかがわしいイメージを思い浮かべる。私が幼少の頃から、この地域にはラブホテルや怪しい風俗店が密集し、路上には派手なお姉様と怖いお兄様方が常に徘徊していた。最近は風俗環境の浄化が進んだようだが、未だに往年の名残は街の端々から感じられる。

「鶯谷」という町名は存在せず、正しい住居表示名の『根岸』に言い換えると、突然に文化的な香りを感じてしまう人は歴史モノ好きに間違い無い。

現在、NHKドラマ「坂の上の雲」が再放送中だ。2009年から3年間に及んで放送された司馬遼太郎原作の大河ドラマで、何度観ても心打ち震える名作である。主人公・秋山真之(本木雅弘)の親友役で正岡子規(香川照之)が登場するが、この不出世の明治の俳人は台東区根岸で暮らし、そして短い生涯を閉じた。

昔のドラマに触発されて、ちょっと哀愁漂う猥雑な町を歩いてみる...

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JR鶯谷駅の薄汚れた通路を通り北口を出て、ラブホテル密集地帯をソワソワしながら抜けると「子規庵」が佇んでいる。

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正岡子規は明治27年に病室兼書斎の場として此の地に移り住んだ。すでに結核の末期症状に陥っており、故郷松山から呼び寄せた母と妹の厚い看護の元で、多くの友人や門弟に囲まれながら創作活動に励んでいたと言われる。当時の住居は戦災により消失したが、往時の雰囲気を残したまま昭和25年に復元された。書斎の間に立つと、病床の兄の看護に専念した妹・律の姿が前述のNHKドラマと重なって浮き上がって来た。名優オンパレードの作品だが、律役の菅野美穂の演技と美しさは際立っていた[揺れるハート]

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痰一斗糸瓜の水も間にあはず

死の淵にあっても揺るがぬ客観性と冴え渡る諧謔心[exclamation×2]
自分も最期はこうありたいと願う。

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子規庵を出ると向かいに古い洋館風の建物が見える。『書道博物館』である。洋画家であり書家である中村不折が、40年に亘り蒐集した書道史研究上重要な資料を所蔵・展示している。洋画家であった不折は明治28年に正岡子規と共に日清戦争の従軍記者として大陸に赴き、中国文化と書の世界に触れ、以降、没頭することになる。子規を始め、夏目漱石、森鴎外らとの交流も深く、「子規庵」での文人の集まりに彼も加わっていたに違いない。当地に博物館を建設したのも、子規との縁によるものだろう。昭和11年に開館、不折が逝去後も中村家が自費で長らく運営していたが、平成7年に台東区に寄贈された。

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敷地内には明治・大正・昭和それぞれの時代の名残りが散見され、書道に造詣の無い小生でも十分に愉しめる。因みに「新宿中村屋」のロゴは不折によるものである。
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子規、不折という明治の文化の担い手の交流に想いを馳せながら、一本通りを挟んだ場所に移動すると、今度は昭和の巨匠の足跡に触れることが出来る。

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『ねぎし三平堂』・・・昭和の爆笑王「初代・林家三平」の記念館である。週2日ほどの開館の為に未だに内部鑑賞できていない。小生の幼少期にはテレビスター的存在だったので当然ながら周知の落語家だが、実は彼の落語をまともに聞いたことが無い。トレードマークであった「どうもすいません」の記憶だけだ。

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54歳の若さで鬼籍に入られたので、彼の芸の真髄に触れられなかったのが残念だ。長男の「こぶ平」が「9代目林家正蔵」を襲名し、タレント活動から一転して今や古典落語の大家の道を歩んでいる。浅草演芸ホールによく出演するので、彼の深みのある高座が私は大好きだが、そこに父・三平の面影を感じたりするのだ。まるで噺家よりもタレントとして大成した父が辿り着けなかった夢を叶えているように感じるのだ。

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ねぎし三平堂は林家一門の芸能事務所も兼ねており、さらに林・海老名家の自宅でもあるようだ。三平の妻・海老名香葉子は今年91歳だが、当館の堂主を今も務めている。「しようもない」男どもを叱咤激励し、陰日向から支えた女丈夫がいたからこそ、芸人だらけの家族の成功があり、江戸落語の一翼を担う林家一門の隆盛があると言っても過言ではない[exclamation&question]

根岸2丁目の1ブロックだけでこれほど楽しめる鶯谷の奥深さ[ぴかぴか(新しい)]まだまだ続きます.....

唐突に林家三平の次女〜泰葉〜を聴きたくなった[るんるん][るんるん][るんるん]



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『八犬伝』 [上映中飲食禁止]

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江戸時代、戯作者・滝沢馬琴(役所広司)は友人の浮世絵師・葛飾北斎(内野聖陽)に構想中の物語を語り始める。それは里見家にかけられた呪いを解くため、運命に引き寄せられた8人の剣士たちの戦いを描く物語だった。たちまち魅了された北斎は物語の続きを聴くため、足しげく馬琴のもとへ通い、二人の奇妙な関係が始まる。執筆作業は、悪が横行する世で勧善懲悪を貫くという馬琴のライフワークとなるが、28年の歳月を経て最終局面に差し掛かろうとした矢先、彼の視力が悪化してしまう。(シネマトゥデイより)

山田風太郎の原作を下敷きに、「南総里見八犬伝」の華麗な空想世界と曲亭馬琴の28年間の執筆活動の実態を並行して描いた異色作だ。山田風太郎作品も馬琴原作も未読だし、少年時代に放映されていたNHK人形劇「新八犬伝」の内容もうる覚えだ。記憶に残っているとしたら1983年の映画「里見八犬伝」。薬師丸ひろ子のアイドル的作品を深作欣二監督が力技で新感覚のファンタジー時代劇に仕上げた。嗚呼、なんという初々しさ[揺れるハート]

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小生が感銘したのはこの小説だ[パンチ]
滝沢馬琴 (上) (朝日文庫)

滝沢馬琴 (上) (朝日文庫)

  • 作者: 杉本 苑子
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
  • 発売日: 2024/09/06
曲亭(滝沢)馬琴の生涯を綴った長編で、八犬伝の内容には深く触れていないが、滝沢家と彼らを取り巻く人々の交流を江戸時代後期の抒情と共に描いた佳作だ。この作品でそれまで知らなかった人間・馬琴の姿を知ることになった。

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さて、本作は執筆に取り組む馬琴の実の姿と八犬伝を実写化した虚の世界で構成されている。ベテラン俳優を配置した重厚な人間ドラマが進むと思いきや、一転して売れ線フレッシュ俳優陣による「刀剣乱舞」色満載のアクション活劇となる。この落差がやたらと心地よい[exclamation&question]昭和爺いも刀剣女子も楽しめるという意外な組み合わせは、新しい時代劇への潮流を予感させる。『ピンポン(2002年)』や『APPLESEED(2004年)』を手がけたベテラン曽利文彦の面目躍如たるところか。

昭和チーム代表の小生としては「実話」のベテラン俳優による深い演技に心打たれた。役所広司内野聖陽が繰り広げる馬琴と北斎の友情物語のリアル感は、この名優だから出せる空気感か。性格は正反対、絵描きと物書きの差はあれど、初老の頃から老爺の域に至るまで芸術に命を賭す狂人二人に流れる絆が見事に表現されていた。さらに馬琴の悪妻役・寺島しのぶの名演が絡んで滝沢家の実態が深掘りされていく。

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頼りにしていた長男に先立たれ、緑内障でついに失明した馬琴は八犬伝の完成を諦める。だが、無教養で文盲の長男の嫁・お路が馬琴の執筆を手伝いたいと熱望してくる。全盲が文盲に文字を教えながら口述筆記をさせるという気の遠くなるような嫁と舅の作業が始まるのだった...果たして八犬伝は終幕を迎えることが出来るのであろうか...

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杉本苑子の小説では一番胸が熱くなった部分だが、本作では黒木華が深い演技力で存在感を示してエンディングに花を添える。亡き夫の思いを必死で叶えようとする意志強き女性を、少ない台詞と僅かな出演機会で強烈に表現した。

これらの名優陣をメインにリアル部分だけで制作しても秀逸な歴史人間ドラマとして成り立ったであろうが、評価が分かれることを覚悟しつつ並行して描いた空想編が、本作を八犬士の持つ仁義八行の玉がごとく不可思議な光を放たたせるのだ。

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とにかく八犬士はモデル級美男子が勢揃いなのである。正直、TVドラマの端役で何となく見覚えはあるがほとんど名前を知らぬ男優ばかりだ。少々調べると、元祖仮面ライダーの藤岡弘、元中日ドラゴンズの郭泰源の息子やら、見た目以上に歳がいっている苦労人ぽい俳優もいて、八者八様というメンバーだ。「刀剣女子よ、お好きなタイプをお選びください」という製作陣の声が聞こえる。そんな中で唯一知る俳優が非常に印象に残った。

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昨年のNHK大河ドラマで井伊直政を演じた板垣李光人だ。女装での登場だったが、伏姫役の土屋太鳳、浜路役の河合優美(小生の推しではあるが)が霞んでしまう孤高の美しさに見惚れてしまった[揺れるハート]こんな正義の美男子軍団に対抗する悪の権化が怨霊・玉梓の栗山千明[がく~(落胆した顔)]

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刀剣男士に対抗できるのは元祖キル・ビル女子ということか、絶妙の配役だ[exclamation&question]元美少女モデルがコメディからシリアスまで幅広くこなす円熟の女優となった。
空想編では、曽利監督は作り物感を残したVFXを多用し、かつ俳優陣にも素人臭い演技を要求し「虚の世界」を強烈に演出しているように思えてならないのだが。

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馬琴とお路の苦難の末に辿り着いた最終章の完結と同時に、空想編も南総里見八犬伝の筋書き通りに大団円を迎える。本作で2本分の映画を愉しんだような不思議な充実感。先日鑑賞した「侍タイムスリッパー」とはタイプが全く違うが、不遇が続いた時代劇が今、新しい次元に突入している気がする。ますます『チャンバラ』から目が離せない[ぴかぴか(新しい)]


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『ジュリアン・ラージ』 IN トリフォニー・ホール [偏愛カタルシス]

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中学時代からの友人二人と待ち合わせて、爺い3人でコンサートへ行ってきた。中2の頃に親友Sの家でレッド・ツェッペリンを聴いて衝撃を受け、小生の洋楽ロック好きがスタートしたのだが、以来半世紀に及んで彼とはお互いのオススメのアーチストをジャンルを問わず薦め合う関係が続いている。今回は彼の最新の推しJAZZギタリスト・ジュリアン・ラージを小生の地元、錦糸町のトリフォニー・ホールで中学当時にクラプトン命だったY君も誘って聴こうという企画になったのだ。

ジュリアン・ラージについて、Sに誘われるまでは全く知らないアーチストであった。JAZZ系ギタリストはパット・メサニー以外最近はほとんど聴いておらず、思い出すのは高校時代のフュージョンブームのリー・リトナーや渡辺香津美くらいまで遡ってしまう。今回に備え、最新アルバムを購入し予習済みだ。JAZZギターの地味な印象を吹き飛ばす小気味良い演奏で、楽曲は多彩、とにかくギターの音色が小生好みだ。果たして生演奏に期待が膨らむ[るんるん][るんるん][るんるん]



動画と同じギター、ベース、ドラムスのトリオ構成だった。そしてジュリアンの今夜の使用ギターはテレキャスター1本のみだ。以前はJAZZギター王道のセミアコ系を使っていたが、最近はテレキャスターを多用しているようで、JAZZには似つかわしくないと言われるシングルコイル系の音色がやけに新鮮に聴こえ、ロック好きの小生には超ドストライクの音色だった[どんっ(衝撃)]そして音響の素晴らしさと相まって「響き」が格別に胸に沁み混んでくる。リズム隊の二人の演奏力も抜群で、決してギター主役のバンドではなく、三位一体の音楽がホール中を駆け巡る。JAZZの醍醐味であるインプロビゼーションは、スタジオ録音では3、4分ほどの曲が10分を超えるアドリブの応酬へと激変する。お互いの楽器が語り合い、時に相手を優しく包み込み、時に拳を交えて競い合うように音が絡み合い溶け込んでいく。とにかくギター、ベース、ドラムス全てが見事に『歌って』いるのだ。



快感の1時間40分の演奏だった[わーい(嬉しい顔)]

ここまで生の演奏で音楽と溶け込めたのは、10年前の大阪で聴いたジョー・ヘンリー以来かもしれない。音楽がくれる感動は、映画や食事とも似ていて素材の質の高さは当然ながら、その時の自分の精神状態や共有する相手の存在によって大きく変わる。今回は半世紀来の友人との久々の再会も影響していたのかもしれない。

錦糸町駅前の焼き鳥屋で杯を煽りながら、音楽談義から近況報告まで話が尽きない。なにしろ1977年、キッスの初来日コンサートが我々のデビュー戦だったのだ[あせあせ(飛び散る汗)]素敵な音楽と友に感謝の一夜だった。

スピーク・トゥ・ミー (SHM-CD)

スピーク・トゥ・ミー (SHM-CD)

  • アーティスト: ジュリアン・ラージ
  • 出版社/メーカー: Universal Music
  • 発売日: 2024/03/15
  • 最新作。
  • なんとプロデューサーが私の信望するジョー・ヘンリー[exclamation×2]
  • 元来SSWのジョーだが、彼が応援するミュージシャンには「本物」が多い[ぴかぴか(新しい)]

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『サウンド・オブ・フリーダム』 [上映中飲食禁止]

一つの価値観をぶち壊してくれる力作[exclamation×2]
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この作品が単なるクライムサスペンス映画であれば、及第点ギリギリの評価だ。だが「実話を元に」のキャプションが付いただけで、劇的に作品の持つ意味合いが変わり、純度も迫力も桁違いとなる。過度な脚色がされているにしても、今現在も世界中で起きている犯罪の実態に驚愕を隠せない[exclamation&question]

国土安全保障省の捜査官ティム(ジム・カヴィーゼル)は、国際的な性犯罪組織に拉致された少年少女の行方を追っていた。上司から特別に捜査許可を得た彼は、児童人身売買がはびこる南米・コロンビアに単身乗り込み、前科者や資金提供を申し出た資産家、地元警察と組んで大規模なおとり作戦を計画する。やがてティムは、尊い命を救うために命懸けで作戦に臨むことになる。(シネマ・トゥデイより)

国際的な児童人身売買に警鐘を鳴らすクライム・ストーリー。南米で誘拐された子供達が秘密裏に北米の裕福な小児性愛者(ペドフィリア)に売買され性的虐待の対象になっている現実が刻々と描かれて行く。ホンジェラスに住む幼い姉弟が芸能事務所のスカウトに言葉巧みに誘われ、多くの少年少女と共に面接会場から連れ去られる。

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子役二人を捉えるカメラアイが際立っており、ノンフィクションにありがちな手ブレカメラを多用しなかったことでかえって「作品」としての説得力が増幅している。犯罪の実態を切々と描く見事な導入部だ。

アメリカ国土安全保障省の捜査官ティム(ジム・カヴィーゼル)は焦燥感に駆られていた。幾度となく人身売買に絡むペドフィリアを逮捕するが、事件は一向に減らず子供達が解放されるケースは稀だ。犯罪組織自体が盤石であり根本的な解決の目処は無い。ティムは、組織の壊滅と子供達の救出を目的に南米コロンビアに潜入捜査する提案をし、時間限定ながら上司に承諾される。

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本作の総指揮を務めたメル・ギブソン監督「パッション(2004年)」での主役以来、久々に拝見したジム・カヴィーゼルだが20年前と変わらぬ若々しさに仰天だ。家族を愛し、正義に燃える捜査官を熱演した。そして手段を選ばぬ違法スレスレの潜入捜査が功を奏し、組織を一網打尽にするシーンは実に爽快であり、事実とは思えぬ緊張感が漲る演出であった。特に悪徳トレーダー役の美女・イェシカ・ペリーマン、現地でティムの協力者となるバンピロ役のビル・キャンプが個性全開の迫真の演技で作品に映画的な華やかさを添える。

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現地の犯罪組グループのボス達を逮捕し、50人もの子供達を保護して一件落着と思いきや、ティムの戦いはまだ終わらない。救出した子供の中に冒頭で連れ去られた姉が含まれていなかったのだ。彼は以前にアメリカ・メキシコ国境で保護していた弟と約束していたのだ。「お姉さんを必ず救う」と。

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姉の売却先はなんと反政府ゲリラが活動するジャングル地帯だった。今まではアメリカ政府の後ろ楯によりコロンビア警察の協力も得られたが、このエリアだけは同国でも管轄できていない。彼は姉の救出に向け、たった一人で赤十字の医師に変装して無法地帯のジャングルへ向かうのであった。まさに事実は小説より奇なりの様相...果たして...

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日本人の一般的な価値観を「ポキッ」と軽くぶち壊してくれた作品は、児童人身売買がビジネスとして成り立つ世界の現実を白日の元に晒す。金を持つ者が自己の性欲を満たす為に貧しき者から子供を奪う。力が無い人間は抑圧され蹂躙されるままであることを...

一方で、2018年に完成しながら公開に5年を要した経緯に、米国の政治的なきな臭さが取り沙汰されている。本作の製作陣には多くのQアノン信者が関わっているという。Qアノンとは、悪魔を崇拝する小児性愛者のエリートリベラルが集う影の政府がこの世界を動かしており、救世主ドナルド・トランプはその勢力と密かに戦っているという極右思想だ。アレハンドロ監督、ジム・カヴィーゼル、実際のモデルであるティム・バラードは熱狂的なトランプ支持者であり、メル・ギブソンは反ユダヤ主義者として有名である。そんな背景からアメリカ大統領選を前に、共和党VS民主党の低レベルの論戦にもこの作品は利用されている始末らしい。だが、分断化が進むアメリカの現状は決して特異なことではなく、平和ボケのニッポンの方が世界では異端の存在なのだ。

この作品から純粋に世界の犯罪の実態を学ぶも良し、製作の背景含めて平和ニッポンの有り難みを痛感するも良し。どちらに想いを馳せるかは個人の感性だが、多くの日本人の琴線に触れるのは間違いない力作であり問題作だ[ぴかぴか(新しい)]


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