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『波紋』 [上映中飲食禁止]

[ぴかぴか(新しい)]愛おしき邦画の怪作[ぴかぴか(新しい)]
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須藤依子(筒井真理子)は、緑命会という水を信仰する新興宗教にのめり込み、祈りをささげては勉強会に勤しんでいた。庭に作った枯山水の庭の手入れとして、1ミリも違わず砂に波紋を描くことが彼女の毎朝の習慣となっており、それを終えては静かで穏やかな日々の尊さをかみしめる。しかし長いこと失踪したままだった夫の修(光石研)が突然帰ってきたことを機に、彼女を取り巻く環境に変化が訪れる。(シネマトゥデイより)

鑑賞後に『ニタリ』と頬を緩ませて席を立った。こういう映画が大好きだ[かわいい]
曲者揃いを脇役陣に従えた筒井真理子の実力は、『淵に立つ(2016年)』の鮮烈な演技で体験済みだったが、改めて彼女が邦画界の至宝であるのが証明された。多くのTVドラマ・映画の脇役に出演し、一般には顔は知られていても名前を覚えてもらえない女優の筆頭株かもしれない。敢えて個性を消して脇役に徹する彼女の能力の高さゆえだろうが、いざスポットライトが当たればとてつも無い光を発して観る者の脳裏に焼き付く。

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どこの熟年夫婦でも起きている「あるあるネタ」を表情ひとつで演じ、観客の心を鷲掴みにする。いびき、咀嚼音など若い頃は愛おしくもあった夫の発する音がいつしか雑音・騒音になり、頬擦りもした夫の下着が穢らわしくなり別に洗濯する。亭主の一挙手一投足が癇に障る依子だが、家族の平穏を乱さぬ為に「出来る」嫁を演じ続ける。心当たりのある男性陣にとっては背筋が凍るシーンが連発される。

そんな夫とグータラな息子、要介護の義父を支えて依子は「主婦」しているのだった。郊外の庭付き一軒家に暮らし、経済的には問題は無い。親の介護は大変だが、近いうちに遺産が入ると思えば辛くもない。不満は数えきれないが、今の生活を棄てるほどでは無く、依子は無為な日々を過ごしていた。不意に事件が起こる。庭の花壇に水をやっていたはずの夫の修がそのまま蒸発してしまう。在る休日の小雨が降る昼下がり、東日本大震災での放射能漏れ騒ぎの最中だった。

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時が経ち、依子は颯爽とパートに出掛ける。修はあの日以降、音信不通だ。施設に入った義父も亡くなった。長男・拓哉は九州の大学に進学しそのまま現地で就職した。彼女は、修が大事にしていた庭の花壇を潰し枯山水の石庭に変え、広い一軒家で悠々自適な生活を送っていた。そしてリビングには、異様な神棚が鎮座している。依子は緑風会という新興宗教の熱心な信者なのだ。そんな彼女なりの穏やかな日々を過ごしていた時、夫・修が唐突に帰って来るのであった。

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夫の蒸発後、様々な苦難を乗り越えた依子の年月を、僅かなシーンで想像させる演出が見事だ。「俺、ガンなんだ」という夫を追い返せなく、結局、家に招き入れてしまう依子。当初は従順だったが、次第に傍若無人に戻っていく修。筒井真理子と光石研の応酬は、ブラックユーモアを織り込みながらもあくまでも自然な演技であり、まさに熟練のプロの極みだ。

脅かされる日常の平穏に更年期障害も重なり、依子の精神は荒み、緑風会への傾倒を更に深めていく。一本150万円の抗がん剤治療を修に無心される中、久しぶりに拓哉(磯村勇斗)が帰郷する。愛する息子との再会に喜ぶ依子だったが、卓也は聴覚障害者の婚約者を同伴していた...

ネタバレが憚れる極上の人生喜劇[exclamation&question]悲劇[exclamation&question]
筒井を取り巻く玄人好みの脇役陣は、キムラ緑子・柄本明・江口のりこ・平岩紙・安藤玉恵など錚々たる曲者達だ。一番印象深かったのが木野花だ〜主人公が勤めるスーパーの清掃員役で、依子の唯一の相談相手になっていく。依子が入院中の彼女のアパートを訪れるシーンに、私は胸が張り裂けそうになった。

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東日本大地震以降の日本が抱える社会問題を目一杯詰め込んで、ひとりの主婦の数々の苦難に惑う姿と並行して炙り出して行く。高齢者介護、新興宗教、独居老人、高額医療、モンスタークレーマー、障害者差別などなど、社会生活を送る上で避けて通れない問題ばかりだ。平穏に独りで暮らすつもりでも、社会との関わりと家族の呪縛からは逃げる事はできない。自分の作り出す波紋だけならどこまでも美しいが、他者の波紋と重なれば、それは違う波となって自分に返って来る。一見重苦しいテーマを掲げながら、俯瞰したカメラアイが喘ぐ人間たちを滑稽に捉える。愚かな人間たちの行動を優しい視線で笑い飛ばすスタンスが一貫しており、非常に心地よいのだ。ブラックコメディ風の重厚な社会派ドラマという稀有なタイプの秀作であった。

浮浪者役のムロツヨシが修に語った台詞に思わず戦慄が走る[あせあせ(飛び散る汗)]
「アンタ、カマキリのオスに似ているね。産卵前のメスに食われちゃうやつだよ」
ラストシーンの筒井の喪服ダンスに女性の生命力の逞しさを見る[がく~(落胆した顔)]


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バク・ハリー

ご訪問&nice頂きありがとうございます。
映画ももちろん面白そうですが、つむじかぜさんの解説が素晴らしいです。
好きだなぁ。この文章。niceをもっと沢山付けたい気分です。
★★★★★
私ももう少しちゃんとしようと反省しました。(≧▽≦)
ブログしばらくお休みさせて頂きますが、またいつか。
by バク・ハリー (2023-06-02 06:13) 

よしあき・ギャラリー

玄人好みの脇役陣、ワクワクしますね。^^v
私的には、安藤玉恵です。^^
by よしあき・ギャラリー (2023-06-02 07:00) 

青山実花

あぁ、これ観たいです^^
筒井真理子さんの映画は、
面白い作品が多いですね^^
by 青山実花 (2023-06-02 07:59) 

Labyrinth

流石 つむじかぜさん! 名文に… 既に観た様な気分になりました。
筒井真理子が “邦画界の至宝” というお言葉には一寸ビックリ (^_^ゝ
でも、彼女のプロ根性?には頭が下がります。俳句のセンスも素敵♪ w
観たいですけど、どうなるかしらん…?
by Labyrinth (2023-06-02 10:51) 

つむじかぜ

> バク・ハリー 様
稚拙ブログにご訪問頂きありがとうございます。
また改めて交流頂ければ光栄です^^
by つむじかぜ (2023-06-05 01:08) 

つむじかぜ

> よしあき・ギャラリー 様
安藤玉恵も素敵ですね!
今の朝ドラと「あまちゃん」の再放送で楽しんでいます^^
by つむじかぜ (2023-06-05 01:09) 

つむじかぜ

> 青山実花 様
仰るとおり、筒井真理子の主演作はどれも
魅力的で楽しめます!
by つむじかぜ (2023-06-05 01:14) 

つむじかぜ

> Labyrinth 様
そういえば、TVのバラエティで俳句のセンス
の素晴らしさも披露しているみたいですね。
Laby様には及びませんが^^
by つむじかぜ (2023-06-05 01:17)