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『PERFECT DAYS』 [上映中飲食禁止]

[ぴかぴか(新しい)]やっと観れた[ぴかぴか(新しい)]
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東京・渋谷でトイレの清掃員として働く平山(役所広司)は、変化に乏しいながらも充実した日々を送っていた。同じような日々を繰り返すだけのように見えるものの、彼にとっては毎日が新鮮で小さな喜びに満ちている。古本の文庫を読むことと、フィルムカメラで木々を撮影するのが趣味の平山は、いつも小さなカメラを持ち歩いていた。(シネマトゥデイより)

役所広司が哀しみを湛えながらも爽快な笑顔を見せるラストシーンが全てを物語る。生きる事の辛さと喜びを淡々とした映像に落とし込んだ人間讃歌に、思わず胸が切なくなり涙ぐみ同時に大いなる力をもらい拳を握り締める。嗚呼、蘇る「パリ、テキサス」の情景[exclamation×2]

ある中年のトイレ清掃員の側からはなんの変哲もなく見える平凡な日々を閑かに描く。スカイツリーが間近に見える木造アパートの一室に暮らす平山は、規則正しく毎日を淡々と繰り返して送る。目覚まし無しで日の出と共に目を覚まし、缶コーヒーを片手に軽自動車に乗り首都高を使って渋谷に出て公衆トイレを何ヶ所も廻るのだ。昼食場所も毎日同じで、神社のベンチでコンビニのサンドイッチを摂り、そして懐からフィルムカメラを取り出し木洩れ陽に向かってシャッターを切る。夕方にはアパートに戻り、近所の銭湯で汗を流してから浅草の居酒屋で酎ハイを1杯飲んで帰宅し、古本を読みながら就寝する。休日は、コインランドリーで洗濯を済ませ、カメラショップにフィルムを出し前週のプリントを受け取る。古本屋で一冊100円の小説を買い、そして馴染みのスナックでお気に入りのママの歌声を聞いて彼の一週間は終わる。平山はこの生活パターンを一切崩さず、日常を淡々と繰り返しているのだ。

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作品の前半は孤独な平山の背景について多くは語らない。本人も固く口を閉ざす。我々は彼の過去経歴を憶測するしかない。後輩清掃員のタカシ(柄本時生)は、平山を古い洋楽好きの無口で生真面目なオッチャンぐらいにしか思っていないが、観客の認識もさほど変わらない。毎日を全く同じ行動パターンで過ごすことを旨とする平山だが、ストーリーが進むにつれ単調に見える彼の1日1日が他人との関わりによって少しづつ彩りが添えられていくのを我々は目撃する。

タカシがゾッコンのガールズバーの店員アヤ(アオイヤマダ)が初めて聴く彼の音楽を気に入り急に親近感を覚えたり(パティ・スミスに感動するZ世代に私も喜ぶ[るんるん])、トイレの鏡に挟まれたペーパーに記された3目並べを1日1手づつ書きこんで見ず知らずの人との交流を愉しんだり。平凡な日常が抱える虚無感など、心持ちひとつでそれが薔薇色にすることを彼は身につけているのだ。

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そんな彼の元に突然に姪のニコ(中野有紗)が訪れ、日常に少しさざなみが立ち始める。どうも母親と喧嘩をして家出をし、昔から大好きだった叔父さんを頼ってきたようだ。平山の妹であるケイコに久しぶりに連絡をとり、しばらくニコを預かることにする。ボロアパートに同居し、仕事場にも同行したニコは平山の変わり果てた生活に驚きながらも、不思議と居心地の良さを感じ、叔父への親愛の情を更に厚くするのだった。やがて、妹のケイコ(麻生祐未)が運転手付きの外車で平山のアパートに現れ娘を引き取りに来る。二人の会話から自然と平山の過去を憶測させる展開を迎えるのだった。

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ニコが去り、浅草のスナックに向かう平山。だが、開店前の店内で秘かに恋心を抱くママ(石川さゆり)が見知らぬ男と抱擁しているのも目撃してしまう。隅田川沿で黄昏れる平山に先程の男(三浦友和)が声をかけてくる。彼女の元夫と名乗る友山は、自分が末期癌であると告げ、彼女を頼むと言うのだった。返答せぬ平山は影踏遊びを友山に教えながら、夜の隅田川の穏やかな流れを見つめるのだった。そしてまた、平山の平凡な日常が続く...

小津安二郎を敬愛し、日本文化に傾倒するヴィム・ヴェンダース監督が描く現代と昭和の二つの顔の東京、そして一人の男の生き様。まず背景となったロケ地の設定を両極の東京の魅力を持つ下町と渋谷とした事が主人公の日常を鮮やかに際立たせた。小生の自宅から自転車で行ける下町の風景が目白押しで登場する一方、著名な建築家・デザイナーの手による渋谷区「THE TOKYO TOILET」と呼ばれるユニークな公衆トイレを役所広司が次々と掃除して廻る。昭和の哀愁と最新のジャパンアートの融合である。そしてヴェンダース選りすぐりの60〜70年代ロックが主人公の心情描写の如く流れ、東京の風景に溶け込んで行く。とにかく音楽、写真、小説、銭湯、と小生好みが連なり、下町の地元愛まで刺激されて、早々の時点で主人公と同化してしまった。極力、台詞を抑えた役所広司の演技は、僅かな表情の変化で喜怒哀楽を表現する神業レベルであり、この実力が世界レベルである事をカンヌが示してくれた。

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妹との会話から、平山が実父との確執で裕福な家業を棄て今の生活に及んだ事が窺い知れる。熾烈な競争の勝者のみが得られる富や名声を自ら否定し、目立たず黙々と働く質素な生活の中に生きる歓びを見出した一人の男。平山の生活を淡々と描きつつ、彼に関わる人々のそれぞれの人生まで思い起こさせ、生きる事の素晴らしさ、苦しさ、と一日一日の大切さを閑かに投げかけてくれた珠玉の傑作である。充実感に溢れながらも悔恨の情も滲ませたラストの平山の表情が今も忘れられない...





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よしあき・ギャラリー

素敵なご感想ありがとうございました。
観るのが楽しみになりました。
by よしあき・ギャラリー (2024-01-31 05:18) 

JUNKO

この前から見よう見ようと思っていた映画です。丁寧な解説を読んで今日こそと思いました。
by JUNKO (2024-01-31 14:47) 

つむじかぜ

> よしあき・ギャラリー 様
素敵な映画です。どうぞ、お楽しみください^^
by つむじかぜ (2024-02-01 23:21) 

つむじかぜ

> JUNKO 様
観たい映画は思い切って行かないと後で後悔しますよね。
by つむじかぜ (2024-02-01 23:22)