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消えゆくビルヂングに想う [寫眞歳時記]

日比谷から大手町に抜ける「丸の内仲通り」は、日中は常に歩行者に解放され、休日にもなればショッピングや食事を楽しむ多くの人々で賑わう。街路樹は新緑への衣替えを始め、等間隔に吊るされた鉢植えが行き交う者の目を楽しませてくれる。

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通りに面して高層の商業ビルがびっしりと立ち並んでいるのだが、有楽町側の一角で現在大きな再開発計画が進んでいる。久しぶりに歩くと、馴染み深い2棟のビルの入口が閉鎖され入館不可の状態になっていた。以前に撮り溜めた写真を織り交ぜて往時の姿を懐かしんでみる。

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有楽町ビル(1966年竣工)と新有楽町ビル(1969年竣工)である。ビルディングではなくビルヂングという言葉が嬉しい。ほぼ同世代のビルは道路を挟んで兄弟のように建っており、兄貴は洒落たワインレッドの壁が自慢の伊達者で、青いタイル張りの弟は無骨なナイスガイか。学生時代から有楽町ビルの2Fに在ったスバル座に映画鑑賞に通っていた為に、この界隈は馴染み深いのだが、5年前に映画館が閉館してからは自然と足が遠のいていた。ただ、この兄弟ビルヂングの内部の昭和ニッポンを彷彿させる意匠の素晴らしさは今も脳裏に焼き付いているのだ。味わい深いタイルの美しさと階段手すりの曲線が印象的だった。

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新有楽町ビルの向かいには同い年の「国際ビル(1966年竣工)」が建つ。帝国劇場の帝劇ビルと合築であり、実際は一つの建物だ。帝劇を含めたこのビルも来年の取り壊しが決定している。小生は帝国劇場よりも9階の出光美術館へ足を運ぶ機会が多く、国際ビル側のエントランスのデザインが好きだ。

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最後は「新東京ビル(1965年竣工)」だ。エントランスホールのモザイク画が圧倒的だ。以前紹介した東京交通会館と同じ矢橋六郎の手によるものだ。今の所、此処だけは取り壊しの予定は無いようだが時間の問題だろう。

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以前にも述べたが、近代建築というジャンルは保存性において他の多くの芸術品の中で圧倒的に分が悪い。絵画や工芸品はほぼ永久に残るし、法隆寺のように千年前の木造建築なら国が威信を賭けて守ってくれる。ビジネス目的や公共施設として造られる建築物は純粋な美術品とは違い期限付きの運命なのだ。だからこそ同じ時代を生き抜いた建物に愛おしさを感じてしまうのかもしれない。古いビルを無理して保存せよとは言わない。歴史は繋がり繰り返す。
丸の内一帯の地権者でもある三菱地所が行う今回の再開発で新しい風景と出会えるはずだ。そして100年後には「令和の思い出」として惜しまれながらまた消えて生まれ変わるのであろう。



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昼下がりの「赤坂」を歩く② [寫眞歳時記]

草月会館から青山通りに沿って500メートルほど東へ歩くと独特なフォルムの建物に遭遇する。虎屋・赤坂店だ。渋谷の再開発プロジェクトを先導した巨匠・内藤廣の設計により、2018年に竣工、リニューアルオープンした。

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昭和生まれの関東人にとって「虎屋の羊羹」は高級手土産の定番というか鉄板だった。保存性も栄養価も高い老舗の煉羊羹は値段が高価なゆえに大事なお客様に渡す土産としての地位を築いた。煉羊羹の詰め合わせのズシリとした重みは、重厚長大がもてはやされた時代には、気遣いを示す贈り主のたしなみとされていたのだ。それが今では、手が痺れるような引出物を使いでもしたら主催者側の見識が疑われる時代になった。創業480年の『虎屋』は伝統を守りつつ、時代の流れに翻弄されながらも最新の消費者目線を失わない和菓子メーカーだ。そんな姿勢が、本社機能も有する旗艦店舗である赤坂店のリニューアルにも表れていると思う。

赤坂店は2階が売店、3階が喫茶、地下1階がギャラリーから成る低層階の建物だ。全館を通して、木の温もりを感じさせる内装に統一されている。2021年に竣工した「紀尾井清堂」に通じる内藤廣の面目躍如たる設計だ。1964年に竣工した以前の店舗は9階建ての高層建築で「行燈ビル」と呼ばれ、赤坂のランドマーク的に存在になったが、この新店舗も青山通り沿いの多くのビルの中でも独特の存在感を放っている。

売店を覗けば、重厚な伝統の煉羊羹から一口サイズのミニ羊羹、色鮮やかな季節限定羊羹、若者に映えそうな美しい生菓子が美術品のように陳列されている。喫茶は光を大きく取り込み、赤坂御陵の緑が一望できるカウンターが備えられている。

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喫茶が若干混雑しており番号券だけ受け取り、先にギャラリーに行って時間を潰すことにする。とにかく階段の曲線が美しくて歩いているだけで楽しくなる。

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小さなギャラリーだが、和菓子に関する企画展が常時開催されており、現在は「家紋と和菓子のデザイン展」が催されていた。頃合いを見て「虎屋茶寮」に戻ればタイミング良く席に案内された。先ほど、あんバタサンドを食べたばかりだが、今度は和菓子で別腹と自分に納得させる[あせあせ(飛び散る汗)]

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季節限定「よもぎ餅」を注文。仄かな春山の香りと虎屋熟練の餡のハーモニーは、日本人で良かったと思わせてくれる。青山通りを挟んだ赤坂御陵の緑を眺めながら、煎茶の爽やかな風味が鼻腔を抜ける。一階受付の非常に目配りの利くお姐様にお礼を言って虎屋を後にする。顧客目線を失わず進化し続ける老舗の醍醐味を体感させてもらった。表に出れば、隣の麻布警察署の満開の桜が虎屋ビルを一層際立たせていた[ぴかぴか(新しい)]

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青山通りの対面へ渡ると「豊川稲荷東京別院」だ。江戸時代に大岡越前が深く信仰されたと伝わる。愛知県の豊川稲荷は名古屋転勤時代にお参りした事がある。今回奇しくも10年ぶりに中部地区での仕事となったので、商売繁盛・家内安全を祈願してきた。

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P.S. 虎屋ビルの横に回ると細長いビルの手前に窮屈そうに小さな社が建っているのに気づく。

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神社が在った場所に新築物件を建てる場合に屋上に社を移設する例は多いが、正面玄関前に置くのは珍しい。「美安温閣」という建築マニアには知られた北川原温の作品なのだ。神社・駐車場・オフィスが絶妙のバランスで配置されている。

繁華街や再開発されたエリアから少し歩くだけの一角で、これだけ楽しめるとは...赤坂って奥深い町だ[かわいい]



 

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昼下がりの「赤坂」を歩く① [寫眞歳時記]

人事異動の間隙に有給を使って平日に街をぶらついてみた。足早のスーツ姿の人々を横目に私服でノンビリと徘徊する。久しぶりに味わう背徳感[あせあせ(飛び散る汗)]に身を委ねて、本日は青山通り沿いの赤坂の一角をピンポイントで狙う。サラリーマン泣かせの平日のみオープンの施設があるからだ。

ほとんどの外国大使館は一般の日本人が入ることはできないが、赤坂に在るカナダ大使館は美術館を併設しており常時一般開放されている事を最近知った。「高円宮ギャラリー」では『やまびこ:日加修好95周年記念 野辺地ジョージ写真展』が開催されており、生まれて初めて大使館を訪ねてみた。

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入り口でガードマンの言われるままに運転免許証を渡し本人確認を受け、空港並みの検査機で荷物チェックが終わると、その後は拍子抜けするほどの自由行動となった。長い外エスカレーターで3階に上がる。此処が一般人用の入り口らしいのだが、係員も警備員も誰もいない。

3階ではバルコニーにも出られて、日加折衷?の庭園とカナダ人アーチストによるオブジェが楽しめる。

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和風庭園を模しているのだが、洗練された北米風のデザインが異国情緒を醸し出す。案内板を見ながら、誰も居ないフロアからエレベーターで地下2階のギャラリーに向かった。野辺地ジョージはカナダ人の父と北海道生まれの母を持つ日米バイリンガルだ。銀行の投資トレーダーから30歳を過ぎて写真家に転身した異色の経歴を持つ。北米大陸の大自然から地方都市で暮らす人々の日常を切り取ったさまざまな写真が展示されていた。無理な演出やテクニックに重きを置かない自然な描写が心地よく、小生には非常に好きなタイプの写真が多かった[わーい(嬉しい顔)]

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同じ地下2階には「オスカー・ピーターソン・シアター」と「E.H.ノーマン図書館」がある。この日は図書館は閉じていたが、カナダが生んだJZZピアニストの巨匠の名を冠したホールは扉が開いていたので少々見学。

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更にエレベーターで1F玄関ホールに行ってみる。玄関とは言っても内部からは脱出不可能だ。美しいエントランスホールを見ながら、一般職員は何処から出勤するのかが謎が深まるのだが..結局、厳重な受付を突破してからの館内では清掃員の方2名とすれ違っただけだった。

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旅行以外で海外の国々を理解するには、こういうオープンな大使館との交流が大事なのかもしれない。サービス精神旺盛?なカナダ大使館に感謝[かわいい]

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大使館の隣は『高橋是清翁記念公園』が在る。対面の赤坂御用地と比べれば僅かな緑地だが、戦前の金融界の首領と呼ばれ非業の死を遂げた宰相が、自分の邸宅跡地の奥まった所に鎮座している。此処の隣に建つのが丹下健三が手がけた『草月会館』(1977年竣工)だ。

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いけばな草月流の総本部であり、地下1Fに多目的ホールを備え上層階は賃貸オフィスとなっている。圧巻なのは1F草月プラザの大半を占める大空間だ。土日は休館だが、本日は2Fのカフェも営業中なので昼食も兼ねて初めて入場できた。

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花と石と水の広場『天国』・・・1977年、イサム・ノグチが勅使河原蒼風(初代家元)の依頼により製作した石庭である。
丹下健三、イサム・ノグチ、勅使河原蒼風というジャンルは違えど昭和の日本文化を牽引した三人の芸術家の足跡と想いが詰まったビルが今も健在であることに感動しながら、3Fの談話室で遅い軽食を摂るのであった。チキン・サンド&あんバタサンド[あせあせ(飛び散る汗)]

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更に1ブロック歩いて...次回に続きます[ぴかぴか(新しい)]






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さらば人形町 [寫眞歳時記]

4年間勤めた人形町の子会社の代表を退任して古巣の本社に戻ることになった。本社の所在地は神田なので隣町に移動するだけで大した違和感はない。だが、共に働いた仲間たちと慣れ親しんだ町と別れるのには一抹の寂しさがつきまとう。何時でも会えるし行ける距離なのに不思議なものだ。コロナ禍の中を戦い抜いた同志たちに感謝しつつ一旦この地に別れを告げる。

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振り返ると人形町界隈の写真を真面目に撮っていないのに気づく。中々、仕事場の近所でカメラ爺いになりきるのに抵抗があったのかもしれない。今度はのんびり徘徊するつもりだ。因みに来月からは完全な窓際族と思われたが、名古屋地区の責任者に任命された。爺いをこき使う素晴らしい親会社に感謝[わーい(嬉しい顔)]あの名古屋メシを定期的に食えるだけでも楽しみが増えた。これからも、人も食も景色も「一期一会」を貫きたいと思うのだった。

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東京の春を見っけ! [寫眞歳時記]

台東区蔵前近辺を彷徨いていたら、小さな神社に人だかりを見つけた。まだまだ肌寒い日が続く東京だが、気の早い春の使者が控えめに街のあちこちで季節の変わり目を告げているようだ。

蔵前神社の狭い境内では、ミモザが咲き乱れ、早咲きの桜と見事なコントラストを示して、春の訪れを主張していた。

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元々は蔵前のレトロビルを探しに来たのだが、セレンディピティ(偶然の出会い)は待っているだけでは現れない。やっぱり街に出なければ...[ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)]


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『東京都庭園美術館』開館40周年 [寫眞歳時記]

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1933年に竣工した旧朝香宮邸が都立美術館として一般公開されて40周年を迎えた。通常は重要文化財に指定された洋館で国内外の数々の美術品を愛でる非日常を味わせてくれる貴重な場所だ。今回は周年事業として、「開館40周年記念 旧朝香宮邸を読み解く A to Z」と題して旧朝香宮邸自体の魅力に焦点を当てた企画展が開催されている。普段は展示された美術品に目を奪われがちで通り過ぎていた館内の意匠に心が弾む。今会期中のみ写真撮影可能とのことで、あるがままの姿に戻った90年前の邸宅を存分に愉しんできた。

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戦前のデザインの宝庫だ[exclamation×2]
時が経つのも忘れて館内を何周もしてしまった。
美術館を出た時には陽もすっかり落ちていた。空腹を感じてプラチナ通りを歩いたが、少々爺いには敷居が高いお洒落なレストランばかりだ。諦めかけた矢先に...んん...

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白金らしからぬ蕎麦屋発見だ[目]
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定番のだし巻き卵とせいろ蕎麦を注文。あまりにも美味いのでかけ蕎麦を追加だ[パンチ]仕上げの「わらび餅」も絶品だった。一品料理も豊富で酒飲みにもたまらない店だろう。後から調べれば白金では有名な老舗蕎麦店だった。『利庵(としあん)』おすすめです。値段はシロガネーゼ仕様でしたが[あせあせ(飛び散る汗)]




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表参道のピカソと岡本太郎 [寫眞歳時記]

幼少の頃から馴染み深い菓子なのだが名前は知らなかった。

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1969年の発売以来、超ロングセールスを続ける「シガール」は『ヨックモック』の顔とも言うべき主力商品である。営業先での珈琲のお供に添えられていたりお客様から手土産として頂いたり、自分では買って食べる事は無いのに印象深い不思議なお菓子だ。
そんな老舗の洋菓子メーカーが南青山で美術館を運営している事も小生は当然知らなかった。
 
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南青山の「ヨックモックミュージアム」は、「菓子は想像するもの」というメーカーの理念に基づき、自由な発想から生まれるピカソのセラミック作品を中心にコレクションしている美術館だ。建築家・栗田祥弘が5年の歳月をかけて2020年に竣工した。外観・内装共に斬新だがシンプルなデザインに心が洗われる。1階がショップ&カフェで地下と2階の展示室にはピカソの手掛けた陶器がテーマごとに陳列されている。

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いつもの癖でコーヒータイム
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絵画の大作などは一点も無いが、心落ち着く空間で巨匠ピカソのエッセンスと向き合う事が出来た。休日でも混み合う事なく、快適な時間と空気感を味わえる貴重な場所かもしれない。ケーキを旨いし[わーい(嬉しい顔)]

此処から歩いて5分ほどで、今度は我が国が誇る天下無双の奇才に会える。

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岡本太郎が42年間住まい作品を作り続けた自宅兼アトリエが、彼が逝去した2年後の1998年に『岡本太郎記念館』として公開された。建物は坂倉準三の設計によるもので、まさに戦後芸術界の巨匠と奇才のコラボとも云うべき独特のフォルムに目を奪われる。

未だに盛り上がらない大阪万博を来年に控え、前回開催の70年万博を振り返る風潮が強くなっているようだ。そのアジア初の国際博覧会のシンボルになったのが、岡本太郎の手による「太陽の塔」だ。今、静かなTAROブームが起きており、館内は子供連れを含めて結構混雑していた。

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元自宅兼アトリエである為に広い展示スペースではないが、その分TAROイズムが凝縮されており、稀代の芸術家の息吹まで感じられる美術館だ。彼は青年期にパリでピカソの作品に衝撃を受け抽象画の道に進んだと云われる。続けざまに二人の作品を目の当たりにすると、人間の自由な発想が無限であることを痛感し、常人では辿り着けない境地を同時に垣間見てしまった思いだ。

さらにもう少し歩けば「根津美術館」に行けるが、気分は既にアバンギャルドなので、表参道駅から一駅の渋谷駅に出ることにする。

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井の頭線渋谷駅に向かうコンコースには壮大な壁画が存在する。雑踏の中から立ち止まって見返す人などほとんどいない色鮮やかな抽象画なのだが、これが「太陽の塔」と対を成す岡本太郎の傑作と呼ばれる「明日の神話」である。1968年頃にメキシコのホテルの壁画として製作されたが、ホテルの倒産により長らく行方不明になっていた曰く付きの作品なのだ。2003年に偶然発見されて帰国、敏子未亡人が中心となり修復が施されて2008年から現在の場所に設置された。昨秋から再度の大改修がスタートし、現在第一工程が終了された直後だ。今後数年をかけて全面的な修復を行うらしい。

画面中央付近で原爆が炸裂し、右画面にかけてその災禍に苦しむ人類の姿が描かれている。一方、左画面には悲劇を乗り越え、生を謳歌する人々が垣間見える。大きな過ちを経てもなお未来に向けて踏み出す人間の愚かさと逞しさを TAROは訴えたのだろうか?

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表参道一帯は、東京を代表するモード系ファッションの街であり、高級ブランド店が立ち並び、それに呼応したお洒落な飲食店と共に多くの若者たちを引き寄せているエリアだ。下町爺いにとっては敷居が高い街でショッピングで訪れることはまず無い。だが見方を変えれば、最新ファッションの源流ともいうべき抽象芸術の巨人の足跡を辿る過ごし方も出来る奥深い街でもあるのだ。やっぱり山の手は違うなぁ〜愉しい一日でした[ぴかぴか(新しい)]






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公衆トイレから思い出の聖地へ [寫眞歳時記]

やり残しのケリをつけに京王線幡ヶ谷まで[パンチ]


(17)幡ヶ谷公衆トイレ/マイルス・ペニントン 東京大学DLXデザインラボ
この奥行き・ダウンライト・男女共用〜新感覚だ[exclamation]
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なんとか取りこぼしたワンピースを埋めて「THE TOKYO TOILET」をコンプリートしたが、達成感に浸ってばかりもいられない。公衆トイレ一つの為に此処まで来てとんぼ返りは勿体無い。実は前夜から作戦は練っていたのだ。幡ヶ谷駅の隣の代田橋駅には以前から訪れたかった場所があった。

杉並区和泉の甲州街道から入った脇道に一見異様な2棟のヴィンテージマンションが存在する。あの『ドラード和世陀』で度肝を抜かれた梵寿綱の作品である。ネット上でも多くの写真が公開されておりイメージは出来ていたが、いざ実物を目の当たりにすると製作者の熱き想いを改めて感じざるを得ない。そしてこの奇妙な建物を今も生活の場として暮らす人々の息吹まで窺い知れて嬉しい気分になる。

マインド和亜(1992年竣工)

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ある意味、カオス[がく~(落胆した顔)]
異彩な建物の一階に生活感溢れるコンビニがテナントとして営業中だ。ご丁寧に店頭で野菜の即売までやっている。裏手に回ればベランダに洗濯物が散見される。そして装飾に目を凝らせば、梵寿綱独自のワンダーランドな世界観が散りばめられている。

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エントランスホールは住民以外立入禁止で入口には錠がかけられており、残念ながら一部分しか見ることは出来ない。それでも雰囲気は十分だ。

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ラポルタ和泉(1990年竣工)

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正面の女性と階上右手のペガサスの巨大オブジェに圧倒される。聖女は身体をくねらせ静かに目を伏せ、純白の天馬は今にも冬の青空に飛び立たんとする。マインド和亜よりひと回り小さいマンションだが、狭いエントランスの手前が吹き抜けになっており、見事な装飾が施されている。

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なんと正面の女体の半身がエントランス側の壁から飛び出ている構造なのだ。この杉並の2棟は梵寿綱の晩年期の作品だが、圧倒的なパワーを今だに四方に放ちながら、此処に住む人々の生活と同化しているのだ。自分が単身赴任の立場だったら住んでみたいなぁ[ぴかぴか(新しい)]因みにこのマンションの向かいにも素敵なレトロビルがある。昔は生鮮食品を扱う市場だったようだが、現在はリノベされた店舗が入居している。

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化粧ガラス越しの猫ちゃんに別れを告げ、最終目的地に向かう。我が学び舎がある隣の「明大前駅」に行く。大学の教養課程の頃だから43年ぶりだ。どうしても行ってみたい場所があった。当時通っていたJAZZ喫茶が5年前にママの逝去の為に廃業したが、有志の手によって最近復活したという情報を得たからだ。大学3年から駿河台に校舎が変わって以来、プライベートでは新宿以西に足を運ばなくなり、いつかは顔を出したいと思いながらあまりに年月が流れ過ぎた...

駅前自体が整理された上に、当時、校舎に向かう途中の商店街も様変わりだった。僅かに見覚えがあったのは煎餅屋さんと電気屋さんくらいなもので、入り浸りだった雀荘やビリヤード店は今や一件も存在しない。そんな中、この店は昔のままそこに在った[ぴかぴか(新しい)]

◎JAZZ喫茶「マイルス」

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1960年創業のJAZZ喫茶。ジョン・コルトレーンも来店した伝説の店だが、そんなことを知らない1980年当時のつむじ風青年は、講義の合間や麻雀仲間が集まるまでの時間調整に週2.3度は顔を出していた。右の狭い階段を登り、雑然した薄暗い店内に入れば、JAZZビートの大音量と膨大なレコードとむせかえる紫煙が迎えてくれる。女性ひとりで昼夜切り盛りしている店だったが、「音楽」を聴く為に会話は厳禁に近い。ゆえにママとゆっくり話した経験は無いのだが、通い初めの頃「この紙に書いてリクエストしていいのよ」と優しくルールを教えられ、Jazz初心者の私はエリック・ドルフィーばかりお願いしていた。「このアルバムも好きなんじゃない」とオリバー・ネルソンの「ブルースの真実」を教えてもらったっけ。

本山ママは創業以来、女手一つでマイルスを59年間守っていたのだ。最期に一度会いたかったな。「いつか行こう」と思った時は「今、行け!」なのだ。そんな境地に達したのは還暦を過ぎてからだが、もっと早くにこの店を思い出せなかったことが悔やまれる。とっくに廃業しているものと勝手に決めつけていたからだ。

現在の「マイルス」は昼営業は無くなり、Jazz喫茶というよりJazzBarになってしまっていた。当然、この日はまだ開店していなかった。それこそ「今、行っても」ママはもう居ないが、彼女が残した大量のレコードと音響装置はそのままのようなので、近いうちに女房を誘って来るつもりだ。俺の定位置だったカウンター左端の席に座ろう。

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井の頭線のホームからは店の裏側が見える。赤錆だらけのトタン板に書かれた店名が愛おしく感じた...








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渋谷区公衆トイレ巡り [寫眞歳時記]

映画『Perfct Days』のロケ地巡り続行中[exclamation&question]

2018年、東京の公共トイレを再デザインするプロジェクトが日本財団と渋谷区の連携により始まった。『THE TOKYO TOLET』は、世界で活躍する16人のクリエイターが参画し、既存の公衆便所のイメージを払拭すると共にメンテナンスにも力を入れ、公衆衛生の問題点に一石を投じた。確かに、冷え性のカミさんは運転中に用を足したくなっても、公園の公衆トイレは避けてコンビニかガソリンスタンドに急停車する。「立ち寄りたくない場所」から「一度は入ってみたい場所」へ、デザインの力と日本のおもてなしの精神により、東京の公共トイレは変貌中なのだ。ヴィム・ベンターズ監督は作品の中で、そんな最新の東京の姿も切り取っている。いくつものトイレを周り、ひょっこり役所広司が出てきそうな錯覚に何度も陥ってしまった。

今プロジェクトでは、16人の建築家・デザイナーの手により渋谷区内の17ヶ所のトイレがリニューアルされた。この全てを一日で回ろうというのだから相当無理がある。下町育ちの小生には縁遠いお洒落な渋谷エリアは土地勘も無いのだ。それでもチャレンジするのがカメラ爺いの習性、そういえば昔から七福神巡りとかスタンプラリーは絶対に完遂しないと気が済まなかった。まず、渋谷エリアの南から北上する作戦でGO[パンチ]

今回は一挙に掲載につき長尺です[ダッシュ(走り出すさま)]

◎JR恵比寿駅からスタートだ。

⑴恵比寿駅西口公衆トイレ/佐藤可士和・・・駅の顔、この清潔感大事[exclamation]
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⑵恵比寿公園トイレ/片山 正通 ワンダーウォール・・・緑とコンクリの共生
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⑶東三丁目公衆トイレ/田村奈穂・・・鮮やかな朱色[ぴかぴか(新しい)]
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王林ちゃんが見つめる普通のトイレ
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⑷恵比寿東公園トイレ/槇 文彦・・・タコに対抗した「イカトイレ」[exclamation&question]
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4つ目のトイレで早くもガス切れ[あせあせ(飛び散る汗)]と、「イカトイレ」公園の向かいのビルに10人程の行列が見える。まだ11時半前というのにランチ目的の人々らしい。中を覗くと20人のキャパがありそうな「うどん屋」さんだ。本来行列嫌いの小生だが、美味そうな予感と一気に入店できそうな確信を持って並んでみる...すぐに店員さんが行列の客にオーダーを取り始め、10分経たずにご入店だ[わーい(嬉しい顔)]

うどん山長
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絶品[exclamation×2]これは正統派の難波の饂だ。流行りの讃岐や稲庭のコシとは別格の優しい口当たり、美しい出汁。単身赴任時代の大阪を思い出す。前菜も天ぷらも極上の仕上がりだ。ガソリン注入につき再起動だ。神宮に向かって明治通りを走ると...おぉ、巨匠作「あまやどり」[exclamation×2]

⑸神宮通公園トイレ/安藤忠雄
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⑹神宮前公衆トイレ/NIGO[レジスタードトレードマーク]・・・この色合い好きだな
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代々木公園の向かいに小さな公園が並んで在る。その園内に坂茂の手による色違いの2種類のトイレが佇んでいる。スケルトン構造で透けて見えるが、中から施錠すると色が濃くなり気兼ねなく用を足せる不思議な仕組みになっている。公園自体も手作り感満載の緑と土を活かした子供達の自由広場だ。

⑺代々木深町小公園トイレ/坂茂
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⑻はるのおがわコミュニティパークトイレ/坂 茂
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⑼代々木八幡公衆トイレ/伊東豊雄・・・レジェンドによる3本の「きのこ」
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このトイレは「代々木八幡宮」の参道の脇に在る。代々木八幡駅は存じていたが、神社へ参拝した事が無い。せっかくなのでお参りして行く。

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帰りの参道脇に小さな立て看板「甘味と健康茶」を発見[目]
これ以上は寄り道できる余裕が無いのだが、嗚呼哀しい性、一軒家をリノベしたような喫茶店に引き込まれる。気さくなマダムのダイニングキッチンに招待されたような気分で、穏やかな時間を過ごさせてもらった。

だんで茶屋
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大幅な時間ロスだが、こういう出逢いと過ごし方は大事にしたい。但し、仕事と同じで取り返すためには自分を少しだけ追い込まねば。更にトイレダッシュ[exclamation&question]

⑽西原一丁目公園トイレ/坂倉竹之助・・・自然光に癒される[ぴかぴか(新しい)]
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(11)七号通り公園トイレ/佐藤カズー・・・突如出現する謎の球体[がく~(落胆した顔)]
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(12)笹塚緑道公衆トイレ/小林純子・・・メルヘン[黒ハート]
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(13)西参道公衆トイレ/藤本壮介・・・麗しい曲線が好きだなぁ
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(14)裏参道公衆トイレ/マーク・ニューソン・・・高架下を優しく照らす
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(15)広尾東公園トイレ/後 智仁・・・裏に照明パネルが[exclamation]
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そして昨夏、松濤美術館へ行った時に立ち寄った公園のトイレをつけ加えさせて頂いて...

(16)鍋島松濤公園トイレ/隈 研吾
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これにてコンプリート[exclamation×2]と帰宅したが...1ヵ所足りない事に気づく[がく~(落胆した顔)]完璧なプランのはずだったが、何処かで最後のピースを見逃したらしい。ここまで引っ張って申し訳ございません。コンプリート報告は改めて後日にさせて頂きます[もうやだ~(悲しい顔)]

それにしても、デザインの持つあらゆる可能性に堪能した一日だった。用を足すだけの誰も見向きもしなかった公衆便所が、気持ちが洗われるスポットに変貌する様を体感した。事実、多くの通行人、タクシー運転手、公園で遊ぶ子供達が入れ替わり利用しており、「公共」の意味を改めて知る。あらゆる地域の行政が努力をしているはずだが、東京の最先端の都市を自負する渋谷区ならではのプロジェクトに握手を贈りたい[ぴかぴか(新しい)]

さて、貴方はどのトイレに入りますか?




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『PERFECT DAYS』を辿る(下町編) [寫眞歳時記]

先日鑑賞した映画『PERFECT DAYS』に触発されて、そのロケ地を巡ってみる。作品の設定では、主人公が住んでいる街というのが、ほぼ小生の生活圏と一致しており、休日の昼下がり、カミさんと自転車に乗って近所を走り回ってみた。

役所広司が演じる主人公・平山はスカイツリーが間近に見える下町の木造アパートに暮らしている。多くのシーンで見覚えのある場所が現れ、ロケ地が我が下町の東京墨田区だと確信したのであった。

亀戸香取神社の門前に行くと、看板建築を平成期に再現した店舗が並ぶ『勝運商店街』に出会える。

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ここを抜けて北十間川に沿って歩くと...「天祖神社」に着く。早朝、此の神社の掃除の音で平山は目を覚ます。

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神社の向かいには作品の通りに平山が暮らしたアパートが在った。毎朝、彼は軽自動車に乗って仕事場の渋谷の公衆トイレに向かうのだ。私が子供の頃は木造風呂無しアパートが標準だったが、今やこのタイプの部屋を探すのも困難な時代だ。それでも下町の裏通りを歩けば、運よくこんな建物に出会えるのだ。

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十間橋通りから「キラキラ橘商店街」を抜ける。昔の賑わいがすっかり無くなって少々寂しい気分になる。

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キラキラ橘の脇道に入ると、平山が仕事帰りに毎日浸かる銭湯が見つかる。創業100年を迎えた『電気湯」だ。電気風呂が無いのにこの屋号は、創業当時はガスではなく電気で湯を沸かしていたことから由来する。4代目主人は国連勤務経験のある20代の青年らしい。昭和の町の香りが、今、多くの若者の手により至る所で守られている。

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ここから一気に隅田川沿いに向かう。作品内でも平山は毎日、自転車を駆使して浅草と亀戸を往復していた。小生も負けてられないが、袋はぎが既に重い[ふらふら]

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1985年に完成した『桜橋』は、大川(隅田川)に最後に架かった小さな歩行者専用の橋だ。同時に河川敷の遊歩道も整備され、後年の下町ブームに一役買ったエリアでもある。ドラマなどのロケ地によく使用され、今作でも平山とニコが楽しそうに自転車並走していた。我が家から徒歩5分の至近距離だ。橋を渡りきり台東区側に到着したら、目指すは銀座線浅草駅だ。それにしても橋の傾斜が爺いにはキツい。

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以前のブログでこの地下街にある立ち食い蕎麦屋を投稿したが、まさに「THE昭和」の時が止まった空間なのである。

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雨漏りで廊下はびしょ濡れ、換気が悪いため焼き鳥の煙が充満している。格安床屋、謎の治療院、金券ショップ、中古DVD販売、占い屋etc.の合間に洒落た居酒屋が昼から営業するカオスandレトロな場所として最近は若者に人気らしいが、私にとっては懐かしさが募る秘密のエリアなのだ。平山が一日の最後に『福ちゃん』に訪れ、酎ハイ1杯を飲み干して家路に着く。

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やはり映画効果なのだろう。カミさんと焼きそばでも食べるつもりだったが、この店だけは大繁盛の満席の為に諦める。

ヴィム・ベンダース監督がこのような下町の穴場にまで詳しいとは思えず、監督の持つ古きニッポンのイメージに合わせて日本側製作陣が東京中から探し出したに違いない。本作の情景描写の素晴らしさは、地道かつ入念なスタッフの下調べも大きく寄与しているのだ。個人的には近所が多く登場し、単純に嬉しかったのだが...

近場のサイクリングでも意外と疲れる。帰り道は長〜い言問橋を利用した。緩い傾斜を登りきれず悪戦苦闘する亭主の脇を、カミさんが颯爽と追い抜いていった。持久力では完全に勝負ありの夫婦関係を素直に受け入れる爺いなのでした。次回は「渋谷区公衆トイレ巡り」を計画中。今度はLUUPを使おうかな[あせあせ(飛び散る汗)]

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド『Pale Blue Eye』


ヴェルヴェット・アンダーグラウンドIII

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドIII

  • アーティスト: ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
  • 出版社/メーカー: USMジャパン
  • 発売日: 2010/11/24
  • メディア: CD

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