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魅惑の神田須田町を歩く① [寫眞歳時記]

千代田区神田の一角には、東京大空襲での被災から奇跡的に免れ、往時の風貌を残す建物が散在しているエリアがある。更にそんな建物に混ざって多くの老舗飲食店が昔ながらの商売を守っている。昔「連雀町」、現在の神田須田町は、戦前の東京の姿が今でも垣間見れる数少ない地域なのだ。大正時代に流行ったモダンボーイの気分になっての食べ歩きはなかなか乙なものである[わーい(嬉しい顔)]

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『アナンダ工房』は、昭和3年築のカステラ店をリノベしたブティク。インド生地を使った服を扱っており、オリエンタルな壁面の装飾と不思議と調和している。休日はシャッターを下ろすが、洒落たペイントが現オーナーのセンスの良さを物語る。

目と鼻の先に在るのが『山本歯科院』。明治39年創業の3代続く現役の歯医者さんで、現在の建物は昭和2年竣工だそうだ。白い窓枠と菱形のタイルが、当時はいかにモダンであったかが窺える。

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靖国通りに向かうと美味い蕎麦屋がある。『まつや』は明治17年創業の老舗だ。昔、秋葉原の電気街でのバイト帰りによく通った。喉越しの良い麺と辛めの汁が私好みかつ値段も良心的。地元の古い蕎麦屋という気楽な印象の店だったが、れっきとした老舗と知ったのは最近だ。大正14年の関東大震災直後に建てられた店舗は今も健在で、内装も当時の雰囲気を損なわない造りになっている。下町グルメブームで最近は混みすぎなのが少々玉に瑕。偶然に並ばずに入れた日には、「もり」と「かけ」の冷熱1杯づつ攻撃だ[exclamation&question](今日は「たぬきだそば」だけど...この麩がいいなぁ)

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気づかず通り過ぎてしまうのだが、此処も紛れもなく看板建築だ。欧風調に外壁が塗り替えられているが、左が美容院、右が洋風バルである。今も昔もセンスのある人は時代を越える[ぴかぴか(新しい)]

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アナンダ工房の通りに戻り南に進むと、そこはさしずめ戦前の食堂街となる。

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鳥すきやきの銘店『ぼたん』は明治30年創業。バブルの頃、人形町の「玉ひで」と共によく接待で使った覚えがあるが、今の歳になってこそプライベートで伺いたい。現在の建物は昭和4年に竣工されたもので、内装含めて戦前の香りが残る。

お隣には東京随一のあんこう料理専門店『いせ源』が在る。由来は江戸末期の天保元年のどじょう鍋店で、大正期にあんこう専門店に衣替えしたと云う。あんこう鍋のメッカである茨城県大洗では、味噌仕立てや「どぶ汁」と呼ばれる水を使わないコッテリ鍋が主流だが、いせ源は江戸前らしい醤油ベースのさっぱり味だ。凍える冬の夜に、昭和5年竣工の木肌感じる店舗で食す熱々鍋は絶品だ[exclamation×2]あん肝食い過ぎ痛風警報発令じゃ[あせあせ(飛び散る汗)]

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そして、いせ原の向かいには食事の締めに『竹むら』が待ち構えている。いつも昼間は長蛇の列なので平日の夕方がお勧めだ。昭和5年創業、こちらも雰囲気十分[ぴかぴか(新しい)]「あわぜんざい」「あんみつ」は上野・浅草の甘味処より繊細な甘みを感じる。お土産には「揚げまんじゅう」がお薦めだが、揚げたてを店内で食せば、貴方は餡子の虜[かわいい]

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戦前の粋な食通達が、鍋をつつき蕎麦を啜った仕上げにぜんざいを食う。なんとも粋な姿を今でも再現できる稀有な町だ。もう少し歩くとその思いは更に深まる。続きます...






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堀切菖蒲園 [寫眞歳時記]

車で10分も掛からない場所だが、最近通っていない事に気づいた。しかも菖蒲まつりの最終日も近い。今にもひと雨きそうな雲行きだが、カメラ抱えて「堀切菖蒲園」に向かった

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江戸時代の日本は世界に冠たる園芸大国だった。武士は武道や茶道と並ぶ精神修養や嗜として園芸を学び、植物を愛好する一方、庶民も路地裏で園芸を楽しみ、花の名所に出かけという。今でも近所のほとんどの家が華やかな植木鉢を玄関前に並べるのは、その名残なのだろうか。牡丹、菊、朝顔など、さまざまな古典園芸植物が生まれるが、日本の山野に自生するノハナショウブから改良され、独自に発展したのが花菖蒲である。江戸中期頃に初の花菖蒲園が葛飾堀切に開かれ、その後に旗本・松平定朝(菖翁)が60年間に亘り300近い品種を生み出し、梅雨の時期この地は千紫万紅の楽園になったと云う。

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地元住民以外は、この時期しか下車しないであろう京成本線・堀切菖蒲園駅前の商店街は、休日昼間にも関わらずひっそりしていた。多くはシャッターを下ろし「菖蒲まつり」の旗が無言でたなびく。小生の住む街の「押上駅」も規格外のスカイツリーが建たなければ同じ状況だったはずで、何か一抹の寂しさを覚える。
久しぶりの菖蒲園には見違えてしまった。5年前にリニューアルされたらしく、公園自体が広くなり、通路も拡幅し、トイレ・休憩所含めて全てバリアフリー化していた。靴が泥まみれになるような自然の中で花を愛でる情緒が失われたのは残念なのだが、お年寄りや車椅子の方でも間近で花を鑑賞できるようになったのは素晴らしい。そう、私もいずれお年寄り[わーい(嬉しい顔)]

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「いずれ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)」・・・どちらも優れていて優劣がつけにくい例えで使われるが、実際に「アヤメ」「カキツバタ」「ハナショウブ」の違いは一般には知られていない。私も詳しくはないが、この3種は同じアヤメ科の植物ではあっても全く別種らしい。更に『菖蒲湯』で使われる葉もこの3種のものでは無いとの事だ。ますますわからん[ふらふら]のだが、こんな感じらしい[右斜め下]

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現在は5000種類もあるという花菖蒲は主に江戸系・伊勢系・肥後系・長井系の4系統に分けられる。堀切菖蒲園では江戸菖蒲の約200種6000株が栽培され、江戸時代の菖翁ゆかりの10種あまりの菖蒲も保存育成されているそうだ。

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入谷の朝顔市でも花の種類の多さに仰天するのだが、当時の江戸っ子は新しいもの好きで美しいものに目が無かったんだと江戸の粋を感じる。週末は植木市、来月には朝顔市、ほおずき市と続き、月末は隅田川花火大会だ。コロナ自粛も終わり、久しぶりに江戸の夏がやって来る[かわいい]




◎閑話休題・・・最近、このドラマにハマっているのです[ぴかぴか(新しい)]

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全10話のうち6話が終了したが、久しぶりに放映日が楽しみな番組に出会った。連ドラマニアではなく他の数多のドラマと比較は出来ないが、この作品は自分の嗜好にベストマッチだ。
弟がダウン症、父が早逝し、母が車椅子生活になった女性の話である。作家・岸田奈美の実体験を元にしたエッセーを下敷きに、練り込まれた脚本・演出が俳優陣の鮮烈な演技と渾然一体となって極上の仕上がりになっている。不孝を絵に描いたような人生を謳歌する主人公・岸本七実の姿を河合優実が独特の個性で熱演している。

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『サマーフィルムにのって』の眼鏡っ子の不気味な脇役が記憶に新しいが、今作の主役で彼女の個性が大爆発だ[むかっ(怒り)]素は魚顔の美形だが変顔得意で、シリアスもコメディもこなす表現力と周りの空気を変える存在感は並みではない。いずれブレイク間違いなし[exclamation]NHKを味方につければ朝ドラ主演から国民的女優も夢ではない[exclamation&question]
共演陣も個性的だ。母親に坂井真紀、弟にダウン症俳優の吉田葵、祖母に美保純、たまに幽霊で出てくる父に錦戸亮という家族の日常が、七実の成長と共に描かれていく。関西風のギャグとペーソスのバランスの上に菊池桃子・林遣都など変態キャラが時折カオスを撒き散らす。そして本質は決してもたれ合う事をしない強い家族の絆だ。紆余曲折を経て、七実が作家デビューする後半に更に期待が膨らむ[ぴかぴか(新しい)]

第一話2分ダイジェストhttps://youtu.be/9sD8ySPbreQ
第六話2分ダイジェストhttps://youtu.be/3ciWD54DUBU

NHKという組織は、作る部隊は申し分無いが、運営管理する部門がダメだね。既存の枠に捉われた親方日の丸体質を脱却せねば、国民の支持は得られない。今時、動画ひとつ直接貼り付けられない規制を見るにつけ、視聴者無視かつデバイスの進化も理解できない体質が窺えてしまう[ちっ(怒った顔)]国営放送が好きだから敢えて言うけど。


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『青いカフタンの仕立て屋』 [上映中飲食禁止]

普遍の愛のかたちとは...
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ほとんど馴染みの無いモロッコ映画が綴るひとつの愛の詩に胸揺さぶられ、絵に言われぬ余韻に暫く浸った。欧米文化に感化した東洋の島国に住む私達にとってイスラム文化圏は未知の世界だが、「人を愛する」定義は国境や宗教・文化の違いにも左右されず人類共通だと思いを強くした。

モロッコの海辺にあるサレの街。ハリム(サレ・バクリ)とミナ(ルブナ・アザバル)夫妻は、カフタンドレスの仕立て屋を営んでいる。伝統を守る仕事をしながらも、自身が伝統からかけ離れた存在だと苦悩するハリムを、病気で余命わずかのミナは支えてきたのだった。ある日、そんな二人の前に若い職人ユーセフ(アイユーブ・ミシウィ)が現れ、青いカフタンドレス作りを通して3人は絆を深めていく。(シネマトゥデイより)

カフタンとは中央アジアのイスラム圏で着用される伝統衣装で、袖が長い直線裁ちの襟のない服であり、日本の着物と同じく母から娘へ代々引き継がれるという。
ハリムは昔ながらの手縫いに拘るカフタン作りの店を営んでいた。とはいえ超絶な技術を持ち合わせている訳ではなく、単に丁寧な仕事で時間のかかる店として地元では有名らしい。そんな頑固な亭主を妻のミナは献身的に支え、店の切り盛りをしている。結婚20年近くになり子供は無いが常に仲睦まじい夫婦は避けられない問題を抱えていた。ミナは不治の病に冒され、余命いくばくも無かったのだ。そして、ハリムにはずっと妻に隠し通していた秘密があった。そんな時、腕利きの若い職人ユーセフが見習いとして二人の店で働き始めた。

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物語は3人の感情の機微をきめ細やかに表現しながら進む。日毎に体力を落としながらも店番に立つミナを常に気遣いながら仕事に励むハリム。だが彼は生まれながらのゲイだった。ミナに妻としてとめどない愛を注ぎながらも、性愛の対象は同性にしか向けられない。モロッコでは同性愛はタブーである以上に刑事犯罪とみなされる。体面を保つため彼らの多くは異性と結婚するのが同国の隠された慣習らしい。ハリムは病弱の妻を想いながらも、最近メキメキと腕を上げ自分に忠実な美形のユーセフに惹かれていく自分に気づき始める。そんな気持ちを振り払うように、公衆浴場に出掛けてはゆきずりの相手を探し、個室でひとときの快楽に身を委ねていた。(昔、歌舞伎町の某サウナが同性愛者の溜まり場だったのを思い出す。知らないで入って怖かったぁ[あせあせ(飛び散る汗)]

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夫婦のベッドシーンに特異な空気が流れる。病弱ながら性欲に燃えるミナに必死に応えるハリムの哀しそうな瞳。男女逆の描写は数多の作品で見かけるが、今作では自分の背負った性へのやるせない男の思いを繊細に表現していた。二人で過ごせる時間が少ない事を知る夫婦は、「普段通りの生活」の何気ない時間を温め合う。市場に出掛け妻の好物のタンジェリンを山盛り買う、腕によりをかけて夫の好きな料理を作る、喫茶店でタバコを吸い合う、そして毎日、二人で店で働く。

舞台となるサレの街の情景を効果的に切り取り、見知らぬ国の人々の生活の匂いが咽せ返るように伝わって来る。二人が住む旧市街には大量の洗濯物がたなびき、イスラムの伝統音楽が鳴り響く。市場の雑踏、公衆浴場もスポーツバーも日本のそれとは全く異なる雰囲気を醸し出し、夜間外出者に執拗に行われる警察の職務質問では同国の政治状況まで垣間見せる。背景描写が見事であり、登場人物の生活感をリアルに引き上げている。

だがミナの病状は悪化を辿り、店に通えないほど衰弱して行く。仕事場で二人きりとなったハリムとユーセフはミナという監視役を失い、いつ一線を超えてもおかしく無い状況だ。そしてついに、ユーセフの方からハリムに思いの丈をぶつけてくるのだった...

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ハリムは自分の溢れ出る想いを押し留め、ユーセフを拒絶する。彼はその場で仕事を放棄し、店を去ってしまう。ハリムは有能な部下であり恋焦がれた人を失ったのだ。ハリムは店を一旦閉め、寝たきりになったミナの看病に専念する決意をする。ミナを演じるルブナ・アザバルはハリウッド作品でも見かけるスリムなベルギー出身のベテラン女優だ。元々スリムな体躯だが、日に日に痩せ細る姿はまさに死に取り憑かれた病人そのものだった。ハリムの男色の傾向を感じつつも、命尽きる瞬間まで夫を愛し続けた女性を切々と演じた。

仕事場にも行かず、妻に付きっきりの憔悴したハリムの家に突然、ユーセフが訪ねて来る。ずっと店が閉められている事に気づいた彼は、辛い気持ちを振り払って駆けつけてきたのだ。ハリムは素直に妻の容体を教え、店番を頼む。翌日、ユーセフは自宅でも仕事が出来るよう仕上げ途中のカフタンを抱えてきた。目の覚めるようなブルーのサテンに金糸の刺繍を施した、最高傑作にしたいと二人で編んできた一枚だ。それからユーセフは毎日顔を出すようになり、仕事を再開したハリムは正気を取り戻して行く。そんな二人を見つめていたミナは、枕元にユーセフを呼び寄せるのだった...その日を境に、3人の奇妙な共同生活が始まる。ミナが天に召される日が近づいて来る中で、穏やかな幸せな時間が流れて行くのであった。そして青のカフタンが完成した時に...

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性的志向が一致しない夫婦は世界中にごまんといるだろう。今作のように、世間にもパートナーにもLGBTを隠し通す例もあれば、離婚の遠因とまことしやかに言われる「性の不一致」のカップルもそうだろう。それでも夫婦という形態を維持し続ける理由も千差万別のはずだ。本作は、その課題を端的な例で指し示し、ひとつの明快な答えで締めくくる。自分の死後に、夫の幸せを同性の男に託すミナの決意には、あまりにも映画的で訝しさを感じる部分もあるが、ここまでストレートに描かれると天邪鬼の小生も完敗だ。さらにハリムのミナに向ける感情には偽りや贖罪の要素は全く無く、純粋に「妻」を包み込む愛が貫かれているのだ。性を越えたお互いを愛しむ姿を神々しいまでに描いた秀作である。
生地を丁寧に織り込み、精細な刺繍を施す場面が頻繁に現れるが、カフタンの厳粛な佇まいと優しい手触りは、まさにこの夫婦の普遍の絆を物語っているようだった。
性的指向というより、加齢により性的機能が消滅しつつある小生[たらーっ(汗)]にとって、ハリムとミナが紡ぐこの物語は、憧憬であるとともに安堵と勇気も与えてくれるものでもあった[ぴかぴか(新しい)]




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王子をそぞろ歩き [寫眞歳時記]

梅雨真っ盛りを楽しむには紫陽花しかない...という事で、お気に入りの王子・飛鳥山公園に向かった。通称『飛鳥の小径』は、10年ほど前なら都内の紫陽花の隠れた名所でのんびり花を愛でられる穴場だったが、昨今の混雑ぶりは原宿・竹下通り並みだ。人が捌けそうな夕方まで王子駅近辺を散策してから移動することとした。

江戸時代の王子地区は有数の行楽地として知られ、年間を通じて多くの人々っで賑わったと云う。小生の好きな歌川広重の浮世絵には、当時の北区の情景が多く画題に取り上げられている。現在と昔の面影を重ねるには相当な想像力を要するが、江戸期の町人気分でちょっとそぞろ歩いてみる。

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王子装束ゑの木大晦日の狐火

王子装束稲荷
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王子稲荷神社
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大晦日の晩になると関東中から集まった狐たちが、近くのある大きな榎の木の下で装束を整えて、関東総司の王子稲荷神社に詣でたという言い伝えがある。30年前に地元商店街の手によりイベントとして再現され、大晦日に子ども達が狐に変装し提灯行列を行っているそうだ。今日は狐ではなくてカラスが賽銭箱で遊んでいたけど。

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   王子不動之瀧

名主の滝公園
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はい、水は枯れていました[あせあせ(飛び散る汗)]
観光用に時間帯によって池の水を循環させて流しているらしいのだが...

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王子音無川堰タイ世俗大瀧ト唱

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はい、埋め立てられて親水公園になっておりました[あせあせ(飛び散る汗)]
昭和33年の台風被害で河川改修が進められ、王子大堰は姿を消したとの事。

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    飛鳥山花見

八代将軍吉宗が千本の桜を植え庶民に開放したのが飛鳥山公園の始まりだ。当時は享保の改革中で花見での飲酒は禁止であったが、此処だけは「無礼講」が許され、江戸っ子達の人気スポットとなった。現在でも桜の名所として北区民の憩いの場所だが、最近は梅雨時に春以上の人々が訪れる。公園のJR線路沿いの斜面に1,300株もの紫陽花が咲き乱れ、平時は坂が厳しい飛鳥山公園を通らず王子駅に抜ける狭い歩道が、観光客でごった返すのだ。

夕方4時過ぎに「飛鳥の小径」に着いたが、未だ人の流れが途切れない状態だ。例年以上に外国からの観光客の方が多い。流石、コロナ明けインバウンド効果[がく~(落胆した顔)] 紫陽花はほぼ満開状態[exclamation×2] そしてカップル中心に大半の見物客が立ちどまってスマホ撮影をするものだから即渋滞する。多分、昼間はもっと激しかったに違いない。私自身も撮影が目的なので、他人の行動を揶揄する気も無く、花だけの写真も面白味に欠けるので、人物をいかに取り込むかを考える。とはいえ、個人情報厳格なご時世なので、人物が特定できる撮り方は出来ない。遊び心を持って人混みと紫陽花の撮影を楽しんでみた。

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自然と女性にカメラが向いてしまうスケベ爺いなのである。他人の彼女を盗み撮るつもり無いのだが、気楽に街角スナップが可能だった時代が少々懐かしい。美しいモノをやはり自然のまま撮りたいと思ってしまう、それが花でも女性でも。

夕闇迫り、夕食のおかずに『扇屋』の卵焼きと『平澤かまぼこ』のおでんを買って帰った。どちらも江戸の風情を残す美味であった[ぴかぴか(新しい)]

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『サンクチュアリ -聖域-』 [上映中飲食禁止]

〜魂が咲く〜傑作

[パンチ]Webドラマ侮るべからず[パンチ]
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ネフリや密林プライムには、昔の怪獣映画や見逃したアニメを中心にお世話になっている。大スクリーン派の小生としては、滅多にOTTのオリジナル作品を観る事はないのだが、仕事仲間に勧められたこのドラマは凄まじかった[ぴかぴか(新しい)]「クィーン・ギャンビット」(米・2020年)以来の感動、純国産では初のことだ。全8話だが、作品の圧倒的なパワーに惹き込まれて二晩で鑑賞してしまった。

世界的な知名度を誇り、1,500年以上日本の伝統文化として、また神事として、神秘のベールに包まれている大相撲。その戦いが行われる土俵は、まさに“サンクチュアリ(聖域)”。主人公は、カネのためだけで大相撲に一切興味ナシな力士・猿桜(えんおう)こと小瀬清。やる気もなく稽古もサボり気味、先輩には盾突きまくり……と手が付けられないクズっぷりだったが、徐々に大相撲にのめり込んでいく。(シネマトゥデイより)

冷たい早朝の稽古場に柏手が凛と響き渡る。力士の四股が砂を噛む音が聴こえる。身体から溢れ上がる湯気が眩しい。果てしなく続くぶつかり稽古で、今しがたまで清められていた土俵は、彼らの汗と反吐に塗れて行く。その中に一人、周りとは異彩を放つ若者がいた。手抜きの練習態度、先輩に楯突く言動、ルール無用の汚い取口。最近入門し、序の口全勝中の新人力士だ...

高校生の小瀬清(一ノ瀬ワタル)は、身体を壊して寿司屋を廃業した父(きたろう)と二人で九州・門司で暮らしていた。母(余貴美子)は大分前に家を出て、別の男の元に転がり込んでいるらしい。父が工事現場の交通整理で働き糊口を凌ぐが、暮らし向きは楽にならず、連日借金取りが押しかけてくる。中学時代は柔道県大会で入賞経験もある清は、持ち前の腕力で地元のワルとして名を馳せ、今はカツアゲでの小遣い稼ぎに余念が無い。そんな時、街に訪れた相撲部屋の親方からスカウトを受ける。全く相撲に興味の無い清だが、一攫千金を夢見て上京することにする。だが入門した猿将部屋は、関取(十両以上)のいない廃業寸前の零細部屋で、厳しい稽古を日々課すもののどこか荒んだ雰囲気に包まれていた。

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関東新聞社・政治部のエリート記者の国嶋飛鳥(忽那汐里)は、社内不倫の挙句、政治家への強引な取材が祟り、スポーツ部へ左遷されていた。先輩記者の時津(田口トモロヲ)と猿将部屋に同行取材し初めて相撲の世界に触れるが、理不尽な稽古内容に嫌悪感を抱き、角界の慣習に真っ向から反対する。伝統もしきたりを無視するアウトローの清に連帯を持ちかけ一蹴されるが、次第に彼から目を離せなくなって行く。

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ひとりの不良青年が相撲人として成長する姿を描く...と聞けばスポ根モノのありがりなパターンに思えるが、今作は踏み込み方が半端ない。大相撲の起源、風習から相撲部屋の現況まで丁寧に描き、更に現在の角界の抱える問題点までも叩きつける。そんなベールに包まれた世界に関わる人間たちの生き様を克明に炙り出していく。特に立ち位置の違う清と飛鳥の二人が角界の習わしに真っ向から立ち向かいながら、徐々に大相撲の王道に引き込まれ心酔して行く様が本作の真髄だ。

中盤から「猿桜(えんおう)」という四股名をもらった清の苦悩が始まる。父が仕事中の事故に巻き込まれ、意識不明のまま寝たきりになってしまう。早く出世して稼ぎたい猿桜だが、持ち前の運動神経だけで勝てるのは序二段までだ。部屋頭の猿谷には全く歯が立たない。怪我により幕下まで番付を落としている元小結は、「四股を踏め!」としか言わない。相撲の基本を体感し自力がつき始めた猿桜は、三段目も全勝優勝し幕下に昇進、IT起業家のタニマチも出来て、また傲慢な清に逆戻りだ。実は猿桜には心に決めたライバルが居た。出自不明の「静内」という巨漢力士で、デビュー以来負けなしの怪物だ。猿桜は幕下昇進後の本場所初日、無事に白星を挙げるが、唯一彼に目をかけていた猿谷は古傷を抱えたまま静内と対戦、無惨な敗戦により引退に追い込まれる。そして3日目で遂に彼はその最大のライバルであり兄弟子の仇と戦うこととなるのだった。

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血反吐に塗れ耳を削がれた猿桜は病院送りとなる。人生初の惨敗の屈辱以上に相撲の恐ろしさが骨身に沁み、土俵に立てなくなってしまう。おまけに相思相愛と思い込んでいた女性をタニマチに寝取られ、傷心の猿桜は相撲を諦め故郷に帰る決意をするのであった。

物語は静内の過去にも触れる。彼は北海道の貧しい母子家庭で弟と共に育った。生活苦と子育てで次第に精神が破綻していく母だったが、彼が子供相撲大会で活躍する時だけは優しく嬉しそうな姿を見せた。彼がまだ小学生の春の日、発作的に母は弟を道連れに無理心中をしてしまう。他人に心を開かず警察の聴取にも応えず、母弟殺しの罪で彼はそのまま特別施設に収容されたのだった。猿桜との取組の翌日、静内は勝手に休場し、故郷に向かうバスの中にいた。過去の自分と対峙する為に...

後半は、猿桜が再起に向けて相撲の真髄に迫る姿がドラマチックに展開する。
部屋を引き払う支度をしていた猿桜の元に、突然、上京してきた母が立ちはだかる。罵り、嘲り、馬乗りになって腑抜けの息子の顔面に平手打ちを何発も食らわすのだった。嗚咽と共に沸々と湧き上がる猿桜の怒りは、母に向けたものではなく情けない自分に対してだった。彼は初めて猿将親方(ピエール瀧)に「教えてください」と頭を下げる。そして身体を基本から極限まで鍛え直していく。現代スポーツの科学的トレーニングとは真逆の相撲の稽古によって。猿桜の変貌を当初は軽蔑していた先輩力士だったが、次第に彼の闘志が部屋全体を熱くして行く。彼の早朝ランニングの同行者が一人増え、二人増え、いつしか全員が両国の街を走る。そして、最後尾には自転車に乗ってみんなを鼓舞する飛鳥の姿があった。

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この作品の魅力はリアリティである。相撲取りを演じる俳優陣の多くは、元力士・元格闘家・デブ芸人[あせあせ(飛び散る汗)]など多彩だが、全員が1年間に及ぶ肉体改造を施し撮影に臨んだという。この輝く肉体のぶつかり合いを引きとアップの組み合わせで取り込むカメラアイの秀逸さ、時折織り交ぜるVFXとスロー再生が更に効果を引き立てる。
その中で一際輝くのが主役の一ノ瀬ワタルだ。どうしようもないワルで、楽して稼ぐことしか眼中に無い。才能に恵まれているのは自覚しているが努力が嫌い。だが実は家族想いの優しい一面を持ち、女性には極めてウブな可愛い性格なのだ。ダンスと歌も得意な多才ぶりと巨乳好きを見せる異端児の前半から、相撲の真髄に触れ心を燃やし尽くす力人に成長する後半の変貌ぶりをあくまでも自然かつ迫力満点に演じた。力士達を取り巻く共演陣も素晴らしい。猿桜と同期で入門するも、稽古に耐えきれず夜逃げする清水に染谷将太だ。相撲の道を諦めきれず、「呼出」見習いとして部屋に戻り、猿桜の唯一の理解者となり、彼を応援し続ける友人役を好演した。特筆すべきは母親役を演じた余貴美子だ。父を棄て、若い男を渡り歩くアバズレ中年女を、それこそパンツ丸出しの体当たりの演技で魅せてくれた。夫を無能呼ばわりしながらも、愛人同伴で連日見舞いに行き、失意の息子を罵倒し力づくで奮起させる。息子の異端者ぶりはこの母譲りであるのを納得させる熱演ぶりだった。どう見ても元力士には見えない親方衆の松尾スズキ、岸谷五朗はかえって新鮮かつ笑いのネタになり、小雪・仙道敦子がそれぞれ演じる女将さんが対極の母親像を見せてくれた。

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ドラマチックな展開の合間に下品ネタと残虐シーンとパロディを織り込んだ抑揚ある脚本・演出が観る者の心情の振幅も激しくさせる。ひとりの新人力士の成長と闘いが本流だが、登場人物すべてのもがく人生も浮かび上がらせた緻密な構成が作品の完成度を引き上げた。本作は日本相撲協会の協賛・推薦が一才無い。大相撲の神技としての根源を美しく描きつつも、現在の角界の抱える問題点も公然と指摘しているためであろう。協会内部の歪んだ人間関係、権力争いから八百長、タニマチとの癒着、イジメ問題まで過去に週刊誌を賑わせた問題たっぷりだ。だが、古い体質と批判される稽古方法については真正面から肯定的だ。『極限まで肉体を追い詰める。心を前へ!前へ!稽古の中でしか自分の型は見い出せない。土俵という聖域の中で探し続ける』相撲の真髄を垣間見た飛鳥のコラムが物語る。オーバーワークだイジメだパワハラだと揶揄される時代遅れの稽古だが、最新の科学的トレーニングでは『聖域』に辿り着けないのだ。大相撲はスポーツではないのだからと。現役の相撲関係者からの協力を得ず、夢破れた引退力士などの熱意を「大相撲の真の姿」に形作れたのは大いなる皮肉であるが、製作陣の相撲への愛は全く揺るいでいないのは体感できる。この熱量は本物だ。映画館のスクリーンでこそ観たい作品だが、全8話では仕方ない。また連続ドラマこその緻密な描写の積み重ねが奏功した典型的な作品ではなかろうか。ネット配信の可能性と共に最近のOTTオリジナル作のレベルの高さを痛感した。既存の映画制作会社も安閑としていられない、戦国時代の到来だ。

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先輩・猿谷の断髪式には、ザンバラ髪から髷を結った精悍な猿桜の姿があった。稽古後に土俵上の神棚に深く一礼する彼に過去のチャラい面影は微塵も無く、まさに闘う力人だった。心技体ともに充実の猿桜は休場明けの本場所を迎える。初日の対戦相手は、同じく長期休場明けの静内だ。二人の鍛え上げられた肉体と深い想いを背負った魂が今まさに激突する〜聖域の頂点を目指して魂を輝かせる〜




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ボナール【喫茶・御徒町】 [江戸グルメ応援歌]

ニコチン&カフェイン中毒である還暦親父にとって最近のコーヒーショップは敷居が高い。20世紀末にスタバが黒船襲来の如く現れ、禁煙を謳う喫茶店の走りとなった。「煙草を吸えない茶店とはなんたることじゃ!」と憤った愛煙家達も2020年の受動喫煙防止条例によりトドメを刺され、屋内外で喫煙場所を探す迷える子羊と化したのであった。既に「喫茶店」は死語となり、「コーヒーショップ」の店内の片隅の喫煙ルームで肩を寄せ合い、立ち飲みならぬ立ち吸いをする我々は、時代に取り残された自分を恨みつつ何時か政府転覆を目論む少数民族の同志なのである[たらーっ(汗)]

紫煙を纏い苦味走った自称ナイスガイも、今の世の中ではヤニ臭い人迷惑な爺いに成り下がったが、それでも真の「喫茶店」も求めて今日も街を彷徨う[かわいい]


感動的茶店に出会う[exclamation×2]

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仙台日帰り出張の帰りに上野で独り飯を食べた後に立ち寄った「喫茶店」だ。以前紹介した、どら焼きの銘店「うさぎや」の並びにあり、馬鹿でかい看板から存在は知っていたが、食後の一服を求めて初の入店だ。(当然、喫煙OKシールは確認済み)

店先には手入れの行き届いた季節の花々が並び、ウインドー越しには洒落たカップアンドソーサーが飾られている。店内は、吹き抜けのカウンター奥に着席スペースがあり、半地下が禁煙、中2階が喫煙エリアと分煙方式だ。19時過ぎで先客無し、迷う事なく中2階に進み、マンデリンとモンブランのセットを注文した。中2階からマスターと思しき男性がカウンター内で豆を挽いているのが見える。天井の梁は重厚な古木を使用しているようで、壁に飾られた色とりどりのカップとの対比が美しくなんとも嬉しい。客席は贅を尽くしたというよりは、アイボリー色にシックにまとめられており、鏡と絵画がアクセントになっている。このオーナーのセンスは私好みだ[わーい(嬉しい顔)]

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丁寧に淹れらたコーヒーは絶品だった。今流行りの浅煎りコーヒーには全く興味の無い私にとって、苦味がしっかり乗りつつ酸味少なめの中煎り以上の豆が好物なのだが、ここのマンデリンほど全く雑味が感じられない珈琲は驚きだった。苦味も甘味も香りもしっかりしているのに重くなく、優しいまろやかさが口いっぱいに広がる。珈琲に初めて『新鮮さ』を感じた瞬間だった。ケーキは自家製か専門店からの仕入れかは不明だが、アクセントにソースを添え、花を飾る手間を加え、美しい皿の上で一際輝いて見える。

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和栗の甘味とマンデリンの苦味を噛み締めた後にマルボロで一服[喫煙][喫煙][喫煙]
〜嗚呼、至福のひととき〜
マスターの珈琲への直向きな姿勢が感じられ、器や内装への拘りが大変心地よい。帰り際に店先の花のお裾分けにとひと鉢まで頂いてしまった。花壇の花を常に入れ替えており、盛りが近い花からお客に無料でプレゼントしているらしい。創業1950年の老舗だ。上野の一等地で、この商売パターンでは経営が楽とは思えず、もしかすると自社ビルオーナーの趣味の域の店なのかと勝手に思いを巡らせてしまう。とはいえ、最高の「喫茶店」との出会いに感謝の1日だった。常に通いたいサテンがようやくできた[ぴかぴか(新しい)]

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翌週に戴いたブレンドと「林檎と桃のケーキ」も絶品だった[exclamation×2]

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『波紋』 [上映中飲食禁止]

[ぴかぴか(新しい)]愛おしき邦画の怪作[ぴかぴか(新しい)]
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須藤依子(筒井真理子)は、緑命会という水を信仰する新興宗教にのめり込み、祈りをささげては勉強会に勤しんでいた。庭に作った枯山水の庭の手入れとして、1ミリも違わず砂に波紋を描くことが彼女の毎朝の習慣となっており、それを終えては静かで穏やかな日々の尊さをかみしめる。しかし長いこと失踪したままだった夫の修(光石研)が突然帰ってきたことを機に、彼女を取り巻く環境に変化が訪れる。(シネマトゥデイより)

鑑賞後に『ニタリ』と頬を緩ませて席を立った。こういう映画が大好きだ[かわいい]
曲者揃いを脇役陣に従えた筒井真理子の実力は、『淵に立つ(2016年)』の鮮烈な演技で体験済みだったが、改めて彼女が邦画界の至宝であるのが証明された。多くのTVドラマ・映画の脇役に出演し、一般には顔は知られていても名前を覚えてもらえない女優の筆頭株かもしれない。敢えて個性を消して脇役に徹する彼女の能力の高さゆえだろうが、いざスポットライトが当たればとてつも無い光を発して観る者の脳裏に焼き付く。

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どこの熟年夫婦でも起きている「あるあるネタ」を表情ひとつで演じ、観客の心を鷲掴みにする。いびき、咀嚼音など若い頃は愛おしくもあった夫の発する音がいつしか雑音・騒音になり、頬擦りもした夫の下着が穢らわしくなり別に洗濯する。亭主の一挙手一投足が癇に障る依子だが、家族の平穏を乱さぬ為に「出来る」嫁を演じ続ける。心当たりのある男性陣にとっては背筋が凍るシーンが連発される。

そんな夫とグータラな息子、要介護の義父を支えて依子は「主婦」しているのだった。郊外の庭付き一軒家に暮らし、経済的には問題は無い。親の介護は大変だが、近いうちに遺産が入ると思えば辛くもない。不満は数えきれないが、今の生活を棄てるほどでは無く、依子は無為な日々を過ごしていた。不意に事件が起こる。庭の花壇に水をやっていたはずの夫の修がそのまま蒸発してしまう。在る休日の小雨が降る昼下がり、東日本大震災での放射能漏れ騒ぎの最中だった。

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時が経ち、依子は颯爽とパートに出掛ける。修はあの日以降、音信不通だ。施設に入った義父も亡くなった。長男・拓哉は九州の大学に進学しそのまま現地で就職した。彼女は、修が大事にしていた庭の花壇を潰し枯山水の石庭に変え、広い一軒家で悠々自適な生活を送っていた。そしてリビングには、異様な神棚が鎮座している。依子は緑風会という新興宗教の熱心な信者なのだ。そんな彼女なりの穏やかな日々を過ごしていた時、夫・修が唐突に帰って来るのであった。

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夫の蒸発後、様々な苦難を乗り越えた依子の年月を、僅かなシーンで想像させる演出が見事だ。「俺、ガンなんだ」という夫を追い返せなく、結局、家に招き入れてしまう依子。当初は従順だったが、次第に傍若無人に戻っていく修。筒井真理子と光石研の応酬は、ブラックユーモアを織り込みながらもあくまでも自然な演技であり、まさに熟練のプロの極みだ。

脅かされる日常の平穏に更年期障害も重なり、依子の精神は荒み、緑風会への傾倒を更に深めていく。一本150万円の抗がん剤治療を修に無心される中、久しぶりに拓哉(磯村勇斗)が帰郷する。愛する息子との再会に喜ぶ依子だったが、卓也は聴覚障害者の婚約者を同伴していた...

ネタバレが憚れる極上の人生喜劇[exclamation&question]悲劇[exclamation&question]
筒井を取り巻く玄人好みの脇役陣は、キムラ緑子・柄本明・江口のりこ・平岩紙・安藤玉恵など錚々たる曲者達だ。一番印象深かったのが木野花だ〜主人公が勤めるスーパーの清掃員役で、依子の唯一の相談相手になっていく。依子が入院中の彼女のアパートを訪れるシーンに、私は胸が張り裂けそうになった。

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東日本大地震以降の日本が抱える社会問題を目一杯詰め込んで、ひとりの主婦の数々の苦難に惑う姿と並行して炙り出して行く。高齢者介護、新興宗教、独居老人、高額医療、モンスタークレーマー、障害者差別などなど、社会生活を送る上で避けて通れない問題ばかりだ。平穏に独りで暮らすつもりでも、社会との関わりと家族の呪縛からは逃げる事はできない。自分の作り出す波紋だけならどこまでも美しいが、他者の波紋と重なれば、それは違う波となって自分に返って来る。一見重苦しいテーマを掲げながら、俯瞰したカメラアイが喘ぐ人間たちを滑稽に捉える。愚かな人間たちの行動を優しい視線で笑い飛ばすスタンスが一貫しており、非常に心地よいのだ。ブラックコメディ風の重厚な社会派ドラマという稀有なタイプの秀作であった。

浮浪者役のムロツヨシが修に語った台詞に思わず戦慄が走る[あせあせ(飛び散る汗)]
「アンタ、カマキリのオスに似ているね。産卵前のメスに食われちゃうやつだよ」
ラストシーンの筒井の喪服ダンスに女性の生命力の逞しさを見る[がく~(落胆した顔)]


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