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銭湯でコヒーブレイク [寫眞歳時記]

祖父が創業した銭湯を父の代に廃業して40年以上が経過するが、私の風呂好きのDNAは完全に体内に刷り込まれている。街で銭湯を見かければ自然と足が止まり、まじまじと眺めてしまう。都内の銭湯の数は60年代後半のピーク時から2020年には9割が減り、典型的な斜陽産業の道を辿っているが、昨今は幾分状況が変わってきている。昭和レトロブームにあやかって激減した銭湯に若者が殺到していると云う。そして後継者不足で廃業した昔ながらのお風呂屋さんを事業継承する企業や独特の様式の店舗を引き継ぎ別の商売を行う若者も増えて来た。

江口のりこ主演の「ソロ活女子のすすめ」というドラマをNET配信で観ていた。独身OLが充実したオフタイムを堪能するコメディ調の作品で、既に4クール目突入の人気番組らしい。江口のりこが都内のレトロ銭湯を巡る回があり、その場所が割と近場だったのですぐさま訪問する事に...

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レポン快哉湯・・・台東区下谷の住宅地にひっそりと佇む銭湯をリノベーションしたカフェだ。宮造りの建築様式は東京の銭湯の特色だ。関東大震災以降、灰燼と化した東京では新築ラッシュが起こり、防火対策用に銅板履き建築の家屋が増える一方、銭湯や料理屋などは客集めの為に寺社に倣った唐破風の屋根を備えた宮造りが流行ったと云う。嗚呼、我が家の風呂屋もこんな感じだったと少々哀愁に浸る。下駄箱で当たり前のように靴を脱ぎ、曇りガラスの扉を開けて内に入ってみる。女湯の入り口だったが...

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脱衣場が喫茶スペースになっており、奥の浴場が共有のオフィスとしてイベントやテレワーク用に解放している。高い天井、木の温もり、ペンキ絵の富士山が往時の銭湯の雰囲気をそのまま残しながら、多くの本に囲まれたお洒落なオフィスとして成り立っている。時間が許せば、浴場内でずっと本を読んでいたい気にさせてくれる。

関東大震災で倒壊し1928年に再建された『快哉湯』は、戦争でも被災せず当時の姿のままを保っている。2016年に施設の老朽化を理由に廃業したが、オーナーのたっての希望で建物を残しままの条件で後継者に運営が任される事になった。

戦後70年が経過し、東京のビジネスエリア、繁華街では大規模な再開発が続く。老朽化した家屋やビルはまるで被災したように跡形も無く消え、機能的かつ独創的な高層ビルが立ち並び新しい街の顔へと変貌して行く。一方で、戦前からの建築物を保存しながら新しいビジネスにチャレンジする昭和を知らない世代が現れ、「町の記憶を繋ぐ」動きも健在だ。どちらも東京の魅力であり、この混沌さを私は愛してやまない。

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自家焙煎コーヒーと自家製アイスのマリアージュが評判のようだが、少々寒いのでガトー・ショコラとのセットを注文。銭湯でコーヒーの非日常を楽しみながら、在りし日の我が銭湯を思い出すのであった。



年内最後の投稿となります
稚拙ブログにお付き合い頂きありがとうございました
みなさま、良い年をお迎えください[かわいい]

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落葉の日比谷公園 [寫眞歳時記]

季節外れの暖気のお陰で関東の紅葉の寿命も延びたようだ。とはいえ暦の上では冬至を過ぎ、鈍足の冬将軍もそろそろ本気モードだ。週末の日比谷公園は今年最後の紅葉を楽しむ人々で賑わっていた。

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有名な「首かけイチョウ」は完全に葉が落ちていた。明治34年の日比谷通り拡張工事で伐採の予定だったが、当時の公園設計責任者が「首にかけても移植する」と上層部に主張し、現在地に無事に移されたと伝わる樹齢400年の古木だ。後ろの建物は『松本楼』、明治36年の公園開園と同時にオープンした洋食レストランの先駆けだ。

都内の紅葉はイチョウの独壇場で黄色のみが織りなすグラデェーションが魅力だが、たまにモミジの紅色が混ざる場所に遭遇すると京都の寺院にいる気分になって嬉しい。鶴の噴水を擁する雲形池の周りは、まさにそんな場所だった。

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東京のど真ん中でも秋の終わりを体感できる幸せに感謝する。都会のオアシスとは使い古された言葉だが、此処は明治から令和まで激動の首都で生き抜いた人々を癒やし続けた楽園なのかもしれない。公園内には市政会館、日比谷公会堂、野外音楽堂、日比谷図書文化館など歴史的建造物も多く、不肖カメラ爺いにとって常に憩いとトキメキを与えてくれる場所でもあるのだ。

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最近は建物や静物ばかり撮っていたけど、たまに人混に出て人物を取り込んでシャッターを切るのも楽しい。プライバシーを侵害しない範囲でスナップ写真も頑張りたいな。

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[かわいい]来秋に取り壊しの野外音楽堂のチケットゲット[かわいい]

20年ぶりに再結成のAJICO〜2024.3.30 日比谷野音〜
熟成された静かに燃えるロック[exclamation×2]
楽しみだぁ[黒ハート]

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『ナポレオン』 [上映中飲食禁止]

老将リドリー・スコット健在[exclamation×2]
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1789年、自由と平等を求めた市民らによってフランス革命が起こり、絶対王政が崩壊する。フランス国内が大きく揺れ動く中、軍人ナポレオン(ホアキン・フェニックス)は目覚ましい活躍を見せ、皇帝へと上り詰めていくが、妻のジョゼフィーヌ(ヴァネッサ・カービー)との関係はもつれたままだった。その一方でナポレオンは軍を率いて次々と戦争を繰り返し、ヨーロッパ大陸を手中に収めていく。(シネマトゥデイより)

巨匠リドリー・スコット。2年前に「最後の決闘裁判」「ハウス・オブ・グッチ」を連発で製作し漲る創作意欲に拍手を送ったが、今回は欧州の歴史的偉人の大作を世に放ってきた。すでに86歳、脱帽というより驚愕である。C・イーストウッド監督は年を重ねるごとに心のひだに沁み入る老将らしい作品を送り出しているが、スコットは不変だ。グラディエーターの如き迫力でブレードランナーばりの精密な映像を作り上げている。40年前の作品の熱量と遜色ないのだ。敢えていうなら、紅き炎が蒼白き炎になったかもしれないが。

ナポオレオン・ボナパルトの激動の半生を160分間に押し込んだ。大河ドラマで1年かけても良い題材を、歴史上の英雄としか認識の無い東洋の島国の我々にも短時間で理解させる剛腕さが光る。断頭台に向かうマリー・アントワネットと熱狂に酔いしれる市民を捉える冷徹なカメラアイが、フランス革命の成就とその後の混乱を示唆するオープニングに一気に引き込まれる。そしてその後の王党派の反乱に乗じて頭角を現したのが、コルシカ島出身の青年大尉ナポレオンだ。この天下無比のカリスマに命を吹き込んだのがホアキン・フェニックスだ。

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勇敢な戦士と智略に富む政治家の両面を持ち合わせた英雄に纏う空気感共々に成り切った。グラディエーター(2000年)で野心家のローマ皇帝を演じた彼が、生みの親のスコット監督の元で20年後に伝説のフランス皇帝をオスカー俳優として演じる事に、二人にしか判らない絆がある気がしてならない。本作では皇帝ナポレオンの歴戦の勇姿を豪快に讃えつつ、人間ボナパルトの異常な偏愛ぶりを冷嘲する。その対象となるのが奔放多情な妻ジョセフィーヌだ。

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男を渡り歩きついに皇帝の妻の座を掴む彼女だが、それでもなお男を欲してしまう。亭主に愛され名声も得ながらも、満足しきれない不貞の妻をヴァネッサ・カービーが熱演だ。「ミッション・インポッシブル」シリーズでのホワイト・ウィドウが個人的にはハマり役で、史実とは違ってもブロンドでお願いしたかったのだが...[揺れるハート]

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男女の細やかな機微を描くのが得意な監督では無いので、長きに亘る二人の捻れた情愛に共感を呼ぶには至らない。だが、それを補って余りある戦闘シーンが本作の白眉なのだ。ナポレオンは生涯に61もの戦いの指揮をしたと伝わるが、その中でも彼のターニングポイントになった主な戦闘をダイナミックに再現する。出世の契機となったトゥーロン包囲戦での見事な夜襲やロシア遠征での焼け落ちるモスクワ、エジプト遠征のピラミッドへの砲撃など目に焼き付くシーンが続出だ。特にアウステルリッツの戦いでの氷上の敵を一掃するシーンは、ナポレオンの智略と残虐さが際立つ圧倒的な映像だった。

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当然VFXも多用しているが、人海戦術によるリアルティへの飽くなき追求が基本姿勢だ。8000人のエキストラと11台のカメラによる同時撮影は、近代期の戦争の壮絶さをものの見事に表現していた。多くの兵士の命が瞬時に消え去る近代兵器の恐ろしさと共に。

絶頂の期間は長くなく、ロシア遠征の失敗を契機に敗戦が続いたナポレオンは失脚しエルバ島に追放される。だが、秘密裡に島を脱出しパリに凱旋、帝位を復活させる。そして既にフランスには往時の国力は無い事を承知の上で、彼はイギリス・オランドを始めとした連合国側に再度の闘いを挑む。1815年、ベルギー領内のワーテルローに兵を進め、生涯最後の戦いの幕が遂に上がる[exclamation×2]

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「百日天下」の後に、セントヘレナ島に幽閉されたナポレオンは二度と故国の土を踏む事なく51歳の生涯を終える。彼の最期の言葉は「フランス、陸軍、陸軍総統、ジョセフィーヌ」と伝わる。果てることのない戦いに一生を捧げながら、求めるものは一人の女性との愛の形だった。

今作でリドリー・スコットは人間ナポレオンの実像までは掘り下げきれていない。ただ、ラストに一連のナポレオン戦争での犠牲者総数が300万人に及んだ事実を静かに伝える。一人の天才的軍人の出現が、一国を揺るがし近隣の国家を蹂躙した血の歴史を生んだことを訴える。そして歴史は繰り返され、100年後にヒトラーが現れ、現在においてはロシアの独裁者が隣国に牙を剥く。それは民衆の中に眠る残虐性や生存本能が狂った『英雄』を産んでしまう危険をどんな国家も孕んでいることまで示唆しているようだった。

既に「グラディエーター2」を製作中らしい。この無骨で鋭気盛んな老将が作り上げる次作にも期待が膨らむ。




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麻布十番の裏道を歩く [寫眞歳時記]

最近お気に入りの麻布界隈を歩く。とは言っても今話題のスポットではなく麻布十番商店街から脇道に外れて旧きものを訪ねてみる。

この商店街は華やかな港区のイメージとは少々違い、私の住む下町に似た香りがする居心地の良い処だ。だが、有名な老舗飲食店は今日のところは置いといて、向かうのは善福寺という古刹だ。此処に東京最大のイチョウの大樹があるのだ。商店街のメインストリートから5分も歩けば都内では浅草寺に次ぐ古寺である「麻布山・善福寺」に着く。本堂左側の墓地の中から樹齢750年のイチョウが今まさに黄金色に光輝いて周囲を照らしていた。高さ20メートル、幹回り10メートルの堂々たる佇まいに圧倒される。

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気根が乳のように垂れ下がり、枝が逆さまに生えているように見えたことから「逆さイチョウ」といつしか呼ばれるようになった。戦時中の空襲で上部が焼け落ち枯死寸前となったが、住職や地元民の力で奇跡的に蘇った、まさに母なる大樹だ。都内の紅葉は既に終わりに近づいているが、親鸞手植えと伝わる古木は今日が一番の見頃のようだった。この幸運に感謝する。
 
善福寺の脇を抜け、だらだら坂を登って行くと忽然と石造りの建物に出会える。「安藤記念教会」である。大正6年に竣工したプロテスタント教会だ。大谷石による重厚な組積造りの外観と内部の礼拝堂の質素な様相が好対照だ。当時の工芸界の巨匠・小川三知の手によるステンドグラスの和のテイストを含んだ瀟洒なデザインに目を奪われる。

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一般的に教会は入場自由だが、日本人だと何となく神社仏閣よりも敷居が高く感じられてしまう。昔は小生も礼拝堂の扉を開けるのに逡巡した時期もあったが、神道や仏教とは違う厳かな礼拝堂の雰囲気を味わいたくて最近は図々しい程気楽に入場してしまう。この日も「アーメン」を唱えた後に写真を撮りまくっていたら、突然現れた神父様にパンフレットを手渡されて恐縮する不信心な仏教徒の私なのだった[あせあせ(飛び散る汗)]嗚呼、もうすぐクリスマスだ。

この辺りを彷徨くと麻布の起伏に富んだ得意な地形がよく判る。江戸時代に大名の下屋敷が在った高台には今、高級住宅や大使館・超高層マンションが立ち並ぶ一方で、台地に挟まれた崖下の窪地は開発されぬまま昔の路地が残る。

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再び高みに戻れば、摩天楼・元麻布ヒルズの広大なエントランス前に焼き芋カーが佇んでいた。

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ここからすぐに『暗闇坂』という夜間には絶対に歩きたくない名前の坂道があり、下れば商店街に戻れる。ふと脇道に目をやると古い洋館らしき建物が在った。

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大正13年竣工の建築家・阿部美樹志の自邸だった。安藤記念教会と同時期の建物ながら、外壁の意匠やステンドグラスが個人邸らしい手作り感に溢れている。有名なレトロ建築は事前に情報を得て伺う事が多いが、このように偶然に出会うと余計に胸が高まる。

麻布十番商店街に戻りそのまま帰るつもりだったが、結局は遅い昼食を摂る事に...何時も長蛇の列の蕎麦屋の前を通りかかると、なんと一人待ちではないか。反射的に並んでしまった。

創業1789年の『更級堀井』で啜るは当然「さらしな蕎麦」、お供に「卵焼き」だ。

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蕎麦の香りが立つ十割そばも悪くないが、私は断然、喉越しの良い更級そばが好きなのだ。蕎麦は舌で味わうというより、飲み込んだ時の喉越しを愉しむものだから。その足らない味覚に、甘ったるい卵焼きにたっぷり辛い大根おろしを乗せて食えば、これ蕎麦好きの極みなり。あくまでも個人的趣向だが...

そして、『サンモリッツ名花堂』でこれを見つけて衝動的に3個購入してしまうのだった。小生の「街のパン屋さん」の基準は今や絶滅危惧種『シベリア』を置いているかどうかなのである[exclamation&question]

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いやはや結局、食レポになってしまった[ふらふら]








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『私がやりました』 [上映中飲食禁止]

[ぴかぴか(新しい)]フランソワ・オゾンの洒落た小品[ぴかぴか(新しい)]

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著名な映画プロデューサーが自宅で殺害され、新人女優・マドレーヌ(ナディア・テレスキウィッツ)が容疑者として連行される。彼女はプロデューサーに襲われて自分の身を守るために殺害したと自供し、親友の新米弁護士・ポーリーヌ(レベッカ・マルデール)と共に法廷に立つ。正当防衛を訴えるマドレーヌは人々の心を揺さぶる陳述を披露し、無罪を勝ち取ったばかりか、悲劇のヒロインとして一躍スターになる。そんな彼女たちの前にかつての大女優・オデット(イザベル・ユペール)が現れ、プロデューサー殺しの真犯人は自分だと主張する。(シネマトゥデイより)

売れない女優のマドレーヌと新米弁護士ポーリーヌはパリのアパートで二人で暮らす。収入が不安定な彼女たちは家賃も払えず汲々とした生活だ。だが、映画での大役を射止めというマドレーヌが帰って来れば、貧乏暮らしとも今日でおさらばだ。と、ポーリーヌがほくそ笑むのも束の間、マドレーヌが興奮した様子で帰宅する。強引に肉体関係を迫ってきた映画プロデューサーを咄嗟に殺してしまったと彼女は打ち明ける...

1930年代の華やかな巴里の情景と二人の魅力的な女優に心ときめく。美形パリジェンヌのネイティブなフランス語での会話は理解不明でも心にスッと寄り添ってくるようで、やっぱりフランス映画っていいなぁ、と冒頭からほっこりしてしまう。物語は殺人事件を発端にシリアスな法廷ドラマの様相なのだが、ファショナブルな装飾とブラックユーモアを随所に散りばめた脚本により緊張感は緩みまくり、エレガントなミステリーと言うべき展開に変容する。まさにオゾン監督の面目躍如たる処か。

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ブロンドのナディア・テレスキウィッツと黒髪のレベッカ・マルデール共に初見の女優だが出色の出来だ。性格は違うも将来を夢見る野心溢れる女性を、まさにエレガントかつ情熱的に演じた。マドレーヌの弁護を引き受けたポーリーヌは被告の正当防衛を訴えるのも、時代は男尊女卑の戦前のフランスだ。圧倒的不利な状況に追い込まれるが、最終の被告陳述で女優魂に火が付いたポーリーヌの一世一代の名演説により形勢逆転となり無罪を勝ち取る。

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時の人となったマドレーヌは人気女優の道を突き進み、ポーリーヌは辣腕弁護士として仕事の依頼が殺到だ。だが、二人がようやく掴んだ成功に暗雲が立ち込める。映画プロデューサーを殺した真犯人を名乗る初老の女性・オデットが現れる。彼女は知る人ぞ知る無声映画時代の大女優だった。

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役柄そのものの如くフランス映画界の至宝であるイザベル・ユペールではないか[がく~(落胆した顔)]フレンチ・ムービーには疎い小生でも「ピアニスト(2001)」での妖艶な演技は強烈に覚えている。この本物の大女優のキャスティングもオゾン監督の手腕によるものだろうが、彼女の登場により作品の純度がグッと上がると共に、展開そのものも予想不能な状況となり期待が膨らむ。

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オデットは二人が手にした富と名声は本来は私のものだと主張する。第一線への復帰を目論むかつての大女優と若き才能が弾ける名コンビとの熾烈な駆け引きの幕が開く[exclamation&question]果たして殺人者の名誉?を勝ち取るのは一体、誰...それとも...

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愉しみに溢れた映画だ。
作り手によっては低俗なドタバタ劇になる内容を、ものの見事にエレガントなサスペンスに昇華させたオゾン・マジックに脱帽だ。鮮やかな起承転結の展開の中に3人の女優の魅力を解き放ち、味付けとばかりにシリアスとユーモアとエロチシズムを絶妙に配合している。重いコース料理みたいなハリウッドの大作ばかり見ていると、こんなフレンチの魅惑の一皿が美味しく感じてしまう。まさに素敵な小品である。




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本家ぽん多【御徒町・洋食】 [江戸グルメ応援歌]

まだ2回の訪問だが久しぶりにそそられる店に出会った。
浅草・上野は小生の食倒れエリアなので、ユニークな店名と老舗の洋食レストランとの情報から機会があれば伺いたい思っていた店だった。先日、映画鑑賞前の腹ごしらえをと上野のシネコン周りを彷徨いていたら偶然に通りかかった重厚な門構えの店舗〜『ぽん多』〜という古い木製看板が黒光りしていた。

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普通のレストランなら入り口に「本日のメニュー」などが掲げてあるか、何処かのガラス窓から店内を覗けて、雰囲気や店のグレードを外からでも察知できるのだが、この店にはそれが通用しない。接待用の高級割烹かフレンチのグランメゾンにありがちの値段を気にしない常連客専用の趣きで、「一見お断り」を暗に示しているような門構えだ。元祖とんかつの洋食店というイメージからは程遠く、一瞬逡巡する。パターンは違うが、若い頃は客引きに唆されてキャバクラで何度ボラれたことか[あせあせ(飛び散る汗)]騙されても一回きり、命までは取られないし、今後2度と行かねば良いだけなので、それよりも一期一会を大事にしたい歴戦の爺いは頑丈な扉に手を掛けるのだった[パンチ]

扉を開けると、いきなり調理場と正対した3席のみのカウンターが目に飛び込む。真ん中の一席のみが空席ですぐに案内される。着席すると正面でTVか雑誌で見覚えのある初老の男性が黙々と揚げ物に集中していた。店主自らが最前線で腕を振るう店に間違いなく、それを目の前で体感できる幸運に恵まれた訳だ。大将の後ろの二人の職人は材料の下拵えと盛り付け担当のようで、その奥が会計場になっている。私の後に来た予約客はみなテーブル席のある二階に案内されており、ピンの客は1階のカウンターでの食事になるようだ。

入店して30秒で気づいたのだが、とにかく静かな店なのである。1階は3名の個人客同士の会話が無いのは当然だが、厨房の雰囲気が張り詰めているのだ。調理場内では淡々とした仕事の指示の言葉しかなく、私語はもちろん聞こえて来ない。ネタを揚げて油が跳ねる音だけが店内に響くほどだ。入店客に対して、粋な店なら「へい、らっしゃい」と明るい声が響き渡るが、当店の「いらっしゃいませ」にはアクセントが無く語尾が下がる。それを大将以下全員が同じ抑揚で話す。厳かなフレンチレストラン並みの雰囲気なのだ。厨房の張り詰めたムードは自然と3人の客にも同調圧力を強いる。こんな経験は40年前の学生時代に出会った秋葉原のとんかつの銘店『丸五』https://tsumujikaze3.blog.ss-blog.jp/2020-04-24以来だ。こんな緊張した中では旨い飯も不味くなるという人もいるだろうが、私はかえって心地よさを感じてしまう。

『本家ぽん多』は明治38年創業の洋食店だ。宮内庁の料理人だった初代がミラノ風カツレツを天ぷら式に揚げ、その元祖とも呼ばれるようになった。今では、とんかつ専門店のように伝わるが正確には「カツレツ」をメインにした洋食の老舗なのだ。
お品書きを一瞥するが全てのメニューが街の洋食屋の2倍の価格と言って良い。しかもこの日はメインのカツレツが売り切れのようで消されていた。それではせめて珍しいものをと、「ハモのフライ」を注文した。

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関東人には縁遠い食材だが、関西勤務時に鱧の湯引きを京都の料理屋で食し感動したのは遥か昔、フライでは初めての経験だ。まず美し過ぎる衣に目を奪われ、口に運べば全く油の雑味を感じないパン粉のサクサク感に歯が喜ぶ。そして白身の淡白な味わいが口いっぱいに広がり、魚の仄かな香りが鼻腔をくすぐる。テーブルにはソース、塩、何故かケチャップが並ぶが、これは塩だ。暖簾を守り抜く4代目店主の素材に向き合う真剣勝負から生まれる珠玉の一品だった。赤出し味噌汁と特に漬物の旨さは、定食屋の原点を守る姿勢が感じられた。

二週間後に再訪。今度こそ「カツレツ」あったぁ[わーい(嬉しい顔)]
カウンター満席だったが、5分ほど待って前回と同じ真ん中の席に案内され、また大将と正対する。

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前回のハモフライから予想はしていたが、「カツレツ」と「とんかつ」は違うモノという意味が良く判った。見た目はロースとんかつなのだが、ロース肉の脂身部分をあえて外し、豚肉本来の赤みの旨味が例の丁寧な揚げ方により凝縮されている。普通のとんかつ専門店では、ソースをかけて食べ進めると衣と肉が剥がれる事が多いが、ここはまずあり得ない。ヒレ肉よりも程よい脂の甘味と肉本来の赤身の味わい、究極的に軽く仕上げられた衣の食感が堪能できる。加齢により、最近は大好物のロースかつも残り3切れ位から胃にもたれるようになってきたが、このカツレツは軽く完食できた。

好き嫌いが分かれる店だ。値段と味のコスパと店内の雰囲気に納得しない客も多いかもしれない。小生も週一で通いたい店とは思わない。だが、暖簾の重みを知る職人の妥協しない仕事ぶりを間近に垣間見れる稀有な洋食屋なのである。自分の仕事がグダグダの時に活力と気合を入れてくれる小生の銘店リストに加えたい。絶対に1階のカウンターで食うべし。

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入り口の壁に色紙が掲げられていた。「汚文字だな、読めん」と思いつつ後で調べると、『これはいくさに負けなかった国の味である』と小説家の佐藤春夫が戦後に綴ったものだった。焦土と化した東京で出会った洋食屋の一皿に、文豪は何を想う。戦争に負けても外国に引けを取らない味の伝承に、誇るべき日本人のアイデンティティを見たのかもしれない。

帰り際、大将が愛想笑い無しで「ありがとうございました」と低い声で礼を言う。うん、貴方はそれでいいよ。今度はタンシチューだね[ぴかぴか(新しい)]




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