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『サンクチュアリ -聖域-』 [上映中飲食禁止]

〜魂が咲く〜傑作

[パンチ]Webドラマ侮るべからず[パンチ]
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ネフリや密林プライムには、昔の怪獣映画や見逃したアニメを中心にお世話になっている。大スクリーン派の小生としては、滅多にOTTのオリジナル作品を観る事はないのだが、仕事仲間に勧められたこのドラマは凄まじかった[ぴかぴか(新しい)]「クィーン・ギャンビット」(米・2020年)以来の感動、純国産では初のことだ。全8話だが、作品の圧倒的なパワーに惹き込まれて二晩で鑑賞してしまった。

世界的な知名度を誇り、1,500年以上日本の伝統文化として、また神事として、神秘のベールに包まれている大相撲。その戦いが行われる土俵は、まさに“サンクチュアリ(聖域)”。主人公は、カネのためだけで大相撲に一切興味ナシな力士・猿桜(えんおう)こと小瀬清。やる気もなく稽古もサボり気味、先輩には盾突きまくり……と手が付けられないクズっぷりだったが、徐々に大相撲にのめり込んでいく。(シネマトゥデイより)

冷たい早朝の稽古場に柏手が凛と響き渡る。力士の四股が砂を噛む音が聴こえる。身体から溢れ上がる湯気が眩しい。果てしなく続くぶつかり稽古で、今しがたまで清められていた土俵は、彼らの汗と反吐に塗れて行く。その中に一人、周りとは異彩を放つ若者がいた。手抜きの練習態度、先輩に楯突く言動、ルール無用の汚い取口。最近入門し、序の口全勝中の新人力士だ...

高校生の小瀬清(一ノ瀬ワタル)は、身体を壊して寿司屋を廃業した父(きたろう)と二人で九州・門司で暮らしていた。母(余貴美子)は大分前に家を出て、別の男の元に転がり込んでいるらしい。父が工事現場の交通整理で働き糊口を凌ぐが、暮らし向きは楽にならず、連日借金取りが押しかけてくる。中学時代は柔道県大会で入賞経験もある清は、持ち前の腕力で地元のワルとして名を馳せ、今はカツアゲでの小遣い稼ぎに余念が無い。そんな時、街に訪れた相撲部屋の親方からスカウトを受ける。全く相撲に興味の無い清だが、一攫千金を夢見て上京することにする。だが入門した猿将部屋は、関取(十両以上)のいない廃業寸前の零細部屋で、厳しい稽古を日々課すもののどこか荒んだ雰囲気に包まれていた。

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関東新聞社・政治部のエリート記者の国嶋飛鳥(忽那汐里)は、社内不倫の挙句、政治家への強引な取材が祟り、スポーツ部へ左遷されていた。先輩記者の時津(田口トモロヲ)と猿将部屋に同行取材し初めて相撲の世界に触れるが、理不尽な稽古内容に嫌悪感を抱き、角界の慣習に真っ向から反対する。伝統もしきたりを無視するアウトローの清に連帯を持ちかけ一蹴されるが、次第に彼から目を離せなくなって行く。

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ひとりの不良青年が相撲人として成長する姿を描く...と聞けばスポ根モノのありがりなパターンに思えるが、今作は踏み込み方が半端ない。大相撲の起源、風習から相撲部屋の現況まで丁寧に描き、更に現在の角界の抱える問題点までも叩きつける。そんなベールに包まれた世界に関わる人間たちの生き様を克明に炙り出していく。特に立ち位置の違う清と飛鳥の二人が角界の習わしに真っ向から立ち向かいながら、徐々に大相撲の王道に引き込まれ心酔して行く様が本作の真髄だ。

中盤から「猿桜(えんおう)」という四股名をもらった清の苦悩が始まる。父が仕事中の事故に巻き込まれ、意識不明のまま寝たきりになってしまう。早く出世して稼ぎたい猿桜だが、持ち前の運動神経だけで勝てるのは序二段までだ。部屋頭の猿谷には全く歯が立たない。怪我により幕下まで番付を落としている元小結は、「四股を踏め!」としか言わない。相撲の基本を体感し自力がつき始めた猿桜は、三段目も全勝優勝し幕下に昇進、IT起業家のタニマチも出来て、また傲慢な清に逆戻りだ。実は猿桜には心に決めたライバルが居た。出自不明の「静内」という巨漢力士で、デビュー以来負けなしの怪物だ。猿桜は幕下昇進後の本場所初日、無事に白星を挙げるが、唯一彼に目をかけていた猿谷は古傷を抱えたまま静内と対戦、無惨な敗戦により引退に追い込まれる。そして3日目で遂に彼はその最大のライバルであり兄弟子の仇と戦うこととなるのだった。

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血反吐に塗れ耳を削がれた猿桜は病院送りとなる。人生初の惨敗の屈辱以上に相撲の恐ろしさが骨身に沁み、土俵に立てなくなってしまう。おまけに相思相愛と思い込んでいた女性をタニマチに寝取られ、傷心の猿桜は相撲を諦め故郷に帰る決意をするのであった。

物語は静内の過去にも触れる。彼は北海道の貧しい母子家庭で弟と共に育った。生活苦と子育てで次第に精神が破綻していく母だったが、彼が子供相撲大会で活躍する時だけは優しく嬉しそうな姿を見せた。彼がまだ小学生の春の日、発作的に母は弟を道連れに無理心中をしてしまう。他人に心を開かず警察の聴取にも応えず、母弟殺しの罪で彼はそのまま特別施設に収容されたのだった。猿桜との取組の翌日、静内は勝手に休場し、故郷に向かうバスの中にいた。過去の自分と対峙する為に...

後半は、猿桜が再起に向けて相撲の真髄に迫る姿がドラマチックに展開する。
部屋を引き払う支度をしていた猿桜の元に、突然、上京してきた母が立ちはだかる。罵り、嘲り、馬乗りになって腑抜けの息子の顔面に平手打ちを何発も食らわすのだった。嗚咽と共に沸々と湧き上がる猿桜の怒りは、母に向けたものではなく情けない自分に対してだった。彼は初めて猿将親方(ピエール瀧)に「教えてください」と頭を下げる。そして身体を基本から極限まで鍛え直していく。現代スポーツの科学的トレーニングとは真逆の相撲の稽古によって。猿桜の変貌を当初は軽蔑していた先輩力士だったが、次第に彼の闘志が部屋全体を熱くして行く。彼の早朝ランニングの同行者が一人増え、二人増え、いつしか全員が両国の街を走る。そして、最後尾には自転車に乗ってみんなを鼓舞する飛鳥の姿があった。

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この作品の魅力はリアリティである。相撲取りを演じる俳優陣の多くは、元力士・元格闘家・デブ芸人[あせあせ(飛び散る汗)]など多彩だが、全員が1年間に及ぶ肉体改造を施し撮影に臨んだという。この輝く肉体のぶつかり合いを引きとアップの組み合わせで取り込むカメラアイの秀逸さ、時折織り交ぜるVFXとスロー再生が更に効果を引き立てる。
その中で一際輝くのが主役の一ノ瀬ワタルだ。どうしようもないワルで、楽して稼ぐことしか眼中に無い。才能に恵まれているのは自覚しているが努力が嫌い。だが実は家族想いの優しい一面を持ち、女性には極めてウブな可愛い性格なのだ。ダンスと歌も得意な多才ぶりと巨乳好きを見せる異端児の前半から、相撲の真髄に触れ心を燃やし尽くす力人に成長する後半の変貌ぶりをあくまでも自然かつ迫力満点に演じた。力士達を取り巻く共演陣も素晴らしい。猿桜と同期で入門するも、稽古に耐えきれず夜逃げする清水に染谷将太だ。相撲の道を諦めきれず、「呼出」見習いとして部屋に戻り、猿桜の唯一の理解者となり、彼を応援し続ける友人役を好演した。特筆すべきは母親役を演じた余貴美子だ。父を棄て、若い男を渡り歩くアバズレ中年女を、それこそパンツ丸出しの体当たりの演技で魅せてくれた。夫を無能呼ばわりしながらも、愛人同伴で連日見舞いに行き、失意の息子を罵倒し力づくで奮起させる。息子の異端者ぶりはこの母譲りであるのを納得させる熱演ぶりだった。どう見ても元力士には見えない親方衆の松尾スズキ、岸谷五朗はかえって新鮮かつ笑いのネタになり、小雪・仙道敦子がそれぞれ演じる女将さんが対極の母親像を見せてくれた。

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ドラマチックな展開の合間に下品ネタと残虐シーンとパロディを織り込んだ抑揚ある脚本・演出が観る者の心情の振幅も激しくさせる。ひとりの新人力士の成長と闘いが本流だが、登場人物すべてのもがく人生も浮かび上がらせた緻密な構成が作品の完成度を引き上げた。本作は日本相撲協会の協賛・推薦が一才無い。大相撲の神技としての根源を美しく描きつつも、現在の角界の抱える問題点も公然と指摘しているためであろう。協会内部の歪んだ人間関係、権力争いから八百長、タニマチとの癒着、イジメ問題まで過去に週刊誌を賑わせた問題たっぷりだ。だが、古い体質と批判される稽古方法については真正面から肯定的だ。『極限まで肉体を追い詰める。心を前へ!前へ!稽古の中でしか自分の型は見い出せない。土俵という聖域の中で探し続ける』相撲の真髄を垣間見た飛鳥のコラムが物語る。オーバーワークだイジメだパワハラだと揶揄される時代遅れの稽古だが、最新の科学的トレーニングでは『聖域』に辿り着けないのだ。大相撲はスポーツではないのだからと。現役の相撲関係者からの協力を得ず、夢破れた引退力士などの熱意を「大相撲の真の姿」に形作れたのは大いなる皮肉であるが、製作陣の相撲への愛は全く揺るいでいないのは体感できる。この熱量は本物だ。映画館のスクリーンでこそ観たい作品だが、全8話では仕方ない。また連続ドラマこその緻密な描写の積み重ねが奏功した典型的な作品ではなかろうか。ネット配信の可能性と共に最近のOTTオリジナル作のレベルの高さを痛感した。既存の映画制作会社も安閑としていられない、戦国時代の到来だ。

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先輩・猿谷の断髪式には、ザンバラ髪から髷を結った精悍な猿桜の姿があった。稽古後に土俵上の神棚に深く一礼する彼に過去のチャラい面影は微塵も無く、まさに闘う力人だった。心技体ともに充実の猿桜は休場明けの本場所を迎える。初日の対戦相手は、同じく長期休場明けの静内だ。二人の鍛え上げられた肉体と深い想いを背負った魂が今まさに激突する〜聖域の頂点を目指して魂を輝かせる〜




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コメント 4

青山実花

「日本相撲協会の協賛・推薦が一才無い。」

これですよね。
推薦など要らないので、
リアルなものを観たいのです。
推薦があれば、
思い切ったものが作れなくなるし、
協会からのクレームがあれば、
重要な場面をカットせざるを得なくも
なりますものね。
面白そうですね^^
by 青山実花 (2023-06-12 06:15) 

バク・ハリー

これは実際、超面白かったです。
連続して一気に見ました。
続編を期待してます。٩( 'ω' )و
by バク・ハリー (2023-06-12 16:21) 

つむじかぜ

> 青山実花 様
「忖度無し」の作品は小気味良いですね!
by つむじかぜ (2023-06-12 23:19) 

つむじかぜ

> バク・ハリー 様
まさに絶品でした^^
by つむじかぜ (2023-06-12 23:20)