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『EO イーオー』 [上映中飲食禁止]

[ぴかぴか(新しい)]至高・魅惑の映像詩[ぴかぴか(新しい)]
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好奇心あふれる灰色のロバ・EOは、サーカス団で暮らしていたが、ある日そこから連れ出される。以来放浪の旅を続ける中で、善良な人間だけでなく、悪意を持った人間とも出会うが、何があろうともEOが持ち前の無邪気さを失うことはなかった。(シネマトゥデイより)

最近、レビューしたくなる作品に出会えてなかったのだが...本作は凄い[ぴかぴか(新しい)]
ロバのロードムービーに心癒され、笑い、そして暗澹たる思いに陥る。一枚一枚の美しい写真が連なったような斬新な映像が、一頭の家畜の生涯と人間社会との関わりを炙り出すポーランドの傑作映画である。

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主役はサーカス団に飼われるEOと呼ばれるロバである。相棒のうら若き女性・カサンドラと共に出し物の幕間をパフォーマンスで盛り上げる役回り兼運搬係として穏やかに暮らしていた。
冒頭、EOとカサンドラの絡みが獣姦を連想させ観客の感情を無闇に煽る。美女と家畜の盲目的な情愛を強烈なワンシーンで描く見事なスタートだ。その田舎町の小さなサーカス団にも時代の波が押し寄せ、動物愛護団体の運動により、虐待に繋がる動物の見せ物が禁止となる事態へ。表面だけの時代の風潮に流される愚かな地域社会により、EOはカサンドラから引き離され、競走馬用の厩舎に移される。

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同じウマ科の仲間とはいえ、走る芸術と呼ばれるサラブレッドと比べ、自分がいかにひ弱で不恰好な姿をしているかを自覚するEOは劣等感に苛む。客観的なカメラアイとロバの視線からの描写を交互に映し出し、動物の心理までも巧みに表現する演出が光り、この手法が全編を通じて使用される。サラブレッド達の名誉あるトロフィーをことごとく壊してしまったEOは厄介払いとなり、今度は障害児専用のポニー牧場に連れて来られる。新天地に馴染めず孤独な日々を送るEOの元へ、ついにカサンドラが訪ねてくる。EOの誕生日祝いの為に、遠くの町から駆けつけてきたのだ。二人の濃密な再会も束の間、彼女は『人間の彼』の元へと去って行く。彼女を追って牧場を脱走したEOだったが、深い森に迷い込む。初めて触れる大自然と野生動物達に感動すると共に惧れを抱く。ハンターに射殺される狼の姿を目の当たりにしたEOは、人間のいる町を再度目指す。

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巧みな映像と音楽に心奪われ、秀逸なドキュメンタリーを淡々と見るようだが、EOが訪れる先々で出会う人間と動物達の『生き様』も濃密に描かれており、まさに重厚なロードムービーとして成立している。

田舎町のサッカーの試合に紛れ込んだEOは、勝利の女神に奉られるが、敵サポーター達の報復に巻き込まれて撲殺寸前まで痛め付けられ、動物病院送りとなる。それでも生きながられた彼は、下請けの毛皮工場
に運搬係として売られる。毛皮にする為に生捕りしたキツネを流れ作業のように殺す場面に遭遇した彼は、突発的に男を蹴り殺してしまう。そして遂に馬肉専用の運搬車に多くの走れなくなったサラブレッド達と共に乗せられてしまう。万事休すとなるが、運搬車のドライバーが休憩中に殺害される事件が起き、混乱の最中に一人の男に拾われる。男は町外れに大邸宅の実家を持つ司祭であり、里帰りの途中だったのだ。漸く安穏の地を得たEOだったが、広大な敷地の扉が僅かに開いている事に気づく。そして彼は...

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美しい情景も残虐なシーンも動物の目線で淡々と描きながら、人間の罪を問う。多くの伏線や暗喩が用いられ、一見では解読不可能であり、観る者により解釈も分かれるだろう。家畜とは人間の欲望により野生動物から品種改良されたものだ。人間の労働を代替する為に使役を目的としたもの、人間の愛玩の対象になるもの、そして人間の食糧だ。人間の欲望を満たす為に作られた命に軽重は無く、生産と消費が機械的に繰り返されていく。だが、勝手に産み落とされた動物達は、極めて短い「消費期限」でも一瞬の生を謳歌しているのだ。そんな小さな命の大冒険を通して、人間の強欲が成す醜くも麗しき世界を捉えた格別の作品だった。

6頭のロバを使ったと云うEOの擬人化したような名演技と背景を見事に切り取った斬新なカメラアイ。それと見事に溶け込む重厚な音楽。チャプターごとに登場する個性的な俳優陣。(最後のイザベル・ユペールの登場にはビックリ[exclamation&question])最近では珍しい3:2の画面がアナログのフィルムカメラを彷彿させ、写真好きには心地よい。久しぶりに胸に強く焼き付いた作品となった。




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