麻布十番の裏道を歩く [寫眞歳時記]
最近お気に入りの麻布界隈を歩く。とは言っても今話題のスポットではなく麻布十番商店街から脇道に外れて旧きものを訪ねてみる。
この商店街は華やかな港区のイメージとは少々違い、私の住む下町に似た香りがする居心地の良い処だ。だが、有名な老舗飲食店は今日のところは置いといて、向かうのは善福寺という古刹だ。此処に東京最大のイチョウの大樹があるのだ。商店街のメインストリートから5分も歩けば都内では浅草寺に次ぐ古寺である「麻布山・善福寺」に着く。本堂左側の墓地の中から樹齢750年のイチョウが今まさに黄金色に光輝いて周囲を照らしていた。高さ20メートル、幹回り10メートルの堂々たる佇まいに圧倒される。
気根が乳のように垂れ下がり、枝が逆さまに生えているように見えたことから「逆さイチョウ」といつしか呼ばれるようになった。戦時中の空襲で上部が焼け落ち枯死寸前となったが、住職や地元民の力で奇跡的に蘇った、まさに母なる大樹だ。都内の紅葉は既に終わりに近づいているが、親鸞手植えと伝わる古木は今日が一番の見頃のようだった。この幸運に感謝する。
善福寺の脇を抜け、だらだら坂を登って行くと忽然と石造りの建物に出会える。「安藤記念教会」である。大正6年に竣工したプロテスタント教会だ。大谷石による重厚な組積造りの外観と内部の礼拝堂の質素な様相が好対照だ。当時の工芸界の巨匠・小川三知の手によるステンドグラスの和のテイストを含んだ瀟洒なデザインに目を奪われる。
一般的に教会は入場自由だが、日本人だと何となく神社仏閣よりも敷居が高く感じられてしまう。昔は小生も礼拝堂の扉を開けるのに逡巡した時期もあったが、神道や仏教とは違う厳かな礼拝堂の雰囲気を味わいたくて最近は図々しい程気楽に入場してしまう。この日も「アーメン」を唱えた後に写真を撮りまくっていたら、突然現れた神父様にパンフレットを手渡されて恐縮する不信心な仏教徒の私なのだった嗚呼、もうすぐクリスマスだ。
この辺りを彷徨くと麻布の起伏に富んだ得意な地形がよく判る。江戸時代に大名の下屋敷が在った高台には今、高級住宅や大使館・超高層マンションが立ち並ぶ一方で、台地に挟まれた崖下の窪地は開発されぬまま昔の路地が残る。
再び高みに戻れば、摩天楼・元麻布ヒルズの広大なエントランス前に焼き芋カーが佇んでいた。
ここからすぐに『暗闇坂』という夜間には絶対に歩きたくない名前の坂道があり、下れば商店街に戻れる。ふと脇道に目をやると古い洋館らしき建物が在った。
大正13年竣工の建築家・阿部美樹志の自邸だった。安藤記念教会と同時期の建物ながら、外壁の意匠やステンドグラスが個人邸らしい手作り感に溢れている。有名なレトロ建築は事前に情報を得て伺う事が多いが、このように偶然に出会うと余計に胸が高まる。
麻布十番商店街に戻りそのまま帰るつもりだったが、結局は遅い昼食を摂る事に...何時も長蛇の列の蕎麦屋の前を通りかかると、なんと一人待ちではないか。反射的に並んでしまった。
創業1789年の『更級堀井』で啜るは当然「さらしな蕎麦」、お供に「卵焼き」だ。