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『ナポレオン』 [上映中飲食禁止]

老将リドリー・スコット健在[exclamation×2]
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1789年、自由と平等を求めた市民らによってフランス革命が起こり、絶対王政が崩壊する。フランス国内が大きく揺れ動く中、軍人ナポレオン(ホアキン・フェニックス)は目覚ましい活躍を見せ、皇帝へと上り詰めていくが、妻のジョゼフィーヌ(ヴァネッサ・カービー)との関係はもつれたままだった。その一方でナポレオンは軍を率いて次々と戦争を繰り返し、ヨーロッパ大陸を手中に収めていく。(シネマトゥデイより)

巨匠リドリー・スコット。2年前に「最後の決闘裁判」「ハウス・オブ・グッチ」を連発で製作し漲る創作意欲に拍手を送ったが、今回は欧州の歴史的偉人の大作を世に放ってきた。すでに86歳、脱帽というより驚愕である。C・イーストウッド監督は年を重ねるごとに心のひだに沁み入る老将らしい作品を送り出しているが、スコットは不変だ。グラディエーターの如き迫力でブレードランナーばりの精密な映像を作り上げている。40年前の作品の熱量と遜色ないのだ。敢えていうなら、紅き炎が蒼白き炎になったかもしれないが。

ナポオレオン・ボナパルトの激動の半生を160分間に押し込んだ。大河ドラマで1年かけても良い題材を、歴史上の英雄としか認識の無い東洋の島国の我々にも短時間で理解させる剛腕さが光る。断頭台に向かうマリー・アントワネットと熱狂に酔いしれる市民を捉える冷徹なカメラアイが、フランス革命の成就とその後の混乱を示唆するオープニングに一気に引き込まれる。そしてその後の王党派の反乱に乗じて頭角を現したのが、コルシカ島出身の青年大尉ナポレオンだ。この天下無比のカリスマに命を吹き込んだのがホアキン・フェニックスだ。

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勇敢な戦士と智略に富む政治家の両面を持ち合わせた英雄に纏う空気感共々に成り切った。グラディエーター(2000年)で野心家のローマ皇帝を演じた彼が、生みの親のスコット監督の元で20年後に伝説のフランス皇帝をオスカー俳優として演じる事に、二人にしか判らない絆がある気がしてならない。本作では皇帝ナポレオンの歴戦の勇姿を豪快に讃えつつ、人間ボナパルトの異常な偏愛ぶりを冷嘲する。その対象となるのが奔放多情な妻ジョセフィーヌだ。

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男を渡り歩きついに皇帝の妻の座を掴む彼女だが、それでもなお男を欲してしまう。亭主に愛され名声も得ながらも、満足しきれない不貞の妻をヴァネッサ・カービーが熱演だ。「ミッション・インポッシブル」シリーズでのホワイト・ウィドウが個人的にはハマり役で、史実とは違ってもブロンドでお願いしたかったのだが...[揺れるハート]

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男女の細やかな機微を描くのが得意な監督では無いので、長きに亘る二人の捻れた情愛に共感を呼ぶには至らない。だが、それを補って余りある戦闘シーンが本作の白眉なのだ。ナポレオンは生涯に61もの戦いの指揮をしたと伝わるが、その中でも彼のターニングポイントになった主な戦闘をダイナミックに再現する。出世の契機となったトゥーロン包囲戦での見事な夜襲やロシア遠征での焼け落ちるモスクワ、エジプト遠征のピラミッドへの砲撃など目に焼き付くシーンが続出だ。特にアウステルリッツの戦いでの氷上の敵を一掃するシーンは、ナポレオンの智略と残虐さが際立つ圧倒的な映像だった。

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当然VFXも多用しているが、人海戦術によるリアルティへの飽くなき追求が基本姿勢だ。8000人のエキストラと11台のカメラによる同時撮影は、近代期の戦争の壮絶さをものの見事に表現していた。多くの兵士の命が瞬時に消え去る近代兵器の恐ろしさと共に。

絶頂の期間は長くなく、ロシア遠征の失敗を契機に敗戦が続いたナポレオンは失脚しエルバ島に追放される。だが、秘密裡に島を脱出しパリに凱旋、帝位を復活させる。そして既にフランスには往時の国力は無い事を承知の上で、彼はイギリス・オランドを始めとした連合国側に再度の闘いを挑む。1815年、ベルギー領内のワーテルローに兵を進め、生涯最後の戦いの幕が遂に上がる[exclamation×2]

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「百日天下」の後に、セントヘレナ島に幽閉されたナポレオンは二度と故国の土を踏む事なく51歳の生涯を終える。彼の最期の言葉は「フランス、陸軍、陸軍総統、ジョセフィーヌ」と伝わる。果てることのない戦いに一生を捧げながら、求めるものは一人の女性との愛の形だった。

今作でリドリー・スコットは人間ナポレオンの実像までは掘り下げきれていない。ただ、ラストに一連のナポレオン戦争での犠牲者総数が300万人に及んだ事実を静かに伝える。一人の天才的軍人の出現が、一国を揺るがし近隣の国家を蹂躙した血の歴史を生んだことを訴える。そして歴史は繰り返され、100年後にヒトラーが現れ、現在においてはロシアの独裁者が隣国に牙を剥く。それは民衆の中に眠る残虐性や生存本能が狂った『英雄』を産んでしまう危険をどんな国家も孕んでいることまで示唆しているようだった。

既に「グラディエーター2」を製作中らしい。この無骨で鋭気盛んな老将が作り上げる次作にも期待が膨らむ。




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