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『モーリタニアン 黒塗りの記録』 [上映中飲食禁止]

[ぴかぴか(新しい)]本年「感激度ナンバーワン[ぴかぴか(新しい)]
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実話を基にした法廷ドラマの体裁だが、ここまで心打ち震える作品に出会ったのは久しぶりだ。よくある男女の悲恋や家族愛を訴えるお涙ちょーだいパターンではなく、根源的な「人間の尊厳」に迫った構成と演出、俳優陣の名演が揃った本年度の隠れた傑作である。あくまでも個人的な趣向ではあるが。

モーリタニア人のモハメドゥ(タハール・ラヒム)は、アメリカ同時多発テロの容疑者として、キューバにあるアメリカ軍のグアンタナモ基地に収容されていた。彼の弁護を引き受けた弁護士のナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)とテリー・ダンカン(シェイリーン・ウッドリー)は、真相解明のため調査を開始する。彼らに相対するのは、軍の弁護士であるステュアート中佐(ベネディクト・カンバーバッチ)だった。(シネマトゥデイより)

ジョディ・フォスター・・・出会ったのは私が中三の時、初めて一人で観た洋画「タクシードライバー」(1976年)での娼婦役だった。彼女は小生の一つ下だから14才か。小生が映画沼に引き込まれて45年、お互い爺婆の年代に突入したが、素敵な女性(ひと)は良い歳の取り方をする。プライベートでは世間を騒がせた時期もあったが、皺が増えても真っ赤な口紅が今でも似合う[揺れるハート]

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初オスカーを受賞した「告発の行方」(1988年)では被害者役だったが、本作ではモーリタニアの青年モハメドゥの9.11同時多発テロでの容疑を解くために奔走するホランダー弁護士役である。情に流されず真実を突き詰めていく冷静沈着な姿勢と、ベトナム戦争時から人権問題で国を相手取って戦ってきた年輪と貫禄までをも緻密かつ圧倒的な存在感で演じている。

一方、容疑者を正式に起訴し極刑に持ち込みたい国側は、海兵隊所属の辣腕検事・スチュワート中佐を指名する。9.11でハイジャックされた航空機の副操縦士は彼の親友であったのだ。切れ者だが敬虔なクリスチャンでもある彼も、証拠を積み上げ真実を立証する法律家であり、親友の弔いの意を込めて、真正面からホランダーとの法廷闘争に臨むのだった。ベネディクト・カンバーバッチが、この天才肌の検事役を熱演だ。小生はNHKで2010年から放映された「シャーロック」が大のお気に入りだったが、まさに名探偵再登場の感ありだ。

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立場の違う法律家が真実を求めて腐心し、地道に証拠集めに奔走する姿がスリリングに描き出されて行く。二人がキューバのグアンタナモ収容所近くのバーで偶然出会い、お互いの杯を傾けるシーンは静かな火花散る名優の競演だ。客観的な材料が少ない中、モハメドゥの供述調書が最重要視され、彼の自白が有罪の決め手とならざる得ない状況だった。国家をバックにしたスチュワートは圧倒的に有利なはずだが、彼は公式な調書以外に機密書類の存在を突き止め、その獲得に力を入れる。一方、ホランダーは心を閉ざしたまま核心を話さないモハメドゥに弁護を諦めかけるが、彼に何度も手記を書かせる事で少しづつ信頼を得て行く。そしてついに、最高機密書類を手にしたスチュワートと容疑者から真実を聞き出したホランダーが、雌雄を決する法廷に立つことになるのだが...

二人が一歩づつ真実に近づく様が、モハメドゥの回想の形で並行して描かれる。貧しい家庭に生まれながらも成績優秀で奨学金を得てドイツ留学した青年時代。アフガニスタンのタリバンに入隊し軍事訓練を受けるも脱退し、幸せな結婚生活を送る日々。友人の紹介で一晩泊めた見ず知らずの男が、その後のテロの実行犯であった事。モーリタニアの実家で逮捕され、このキューバの収容所に移送され、繰り返される尋問。タハール・ラヒムの熱演が今作のリアリティの根幹である。そして、執拗ながらも紳士的だった尋問が、或る日を境に非人間的な拷問に変わるのだが、その凄惨な描写に至っては、絵に言われぬ感情が沸き起こる。これほどの仕打ちができる人間の狂気とそれに耐えうる人間の精神力に、驚きと悲しみと怒りと尊敬の念が一緒くたになって胸に込み上げて来るのだ。

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テロ撲滅にアメリカ合衆国の威厳を賭けた当時のブッシュ政権が犯した罪を訴えただけの作品ではない。まして宗教や国家観の違いによる『正義』の不在を示したものでも無い。本作は、掲げる正義が違えど、互いの「人間の尊厳」を守らねば無為な争いは無くならぬと警告する。この壮大なテーマを、3人の俳優の研ぎ澄まされた演技を中心に周辺の人物まで深く掘り下げて描き切っている。スチュワート検事の最後の行動やそれを支えた悩めるニール(ザッカリー・リーヴァイ)の良心には胸のすく思いであったし、拷問するアメリカ軍兵士にまで人間的な優しさを垣間見せるシーンなどは、映画的とはいえ見事な作り込みだ。製作は英米共作としながら主体はBBCであり、ケヴィン・マクドナルド監督を筆頭に多くの英国人スタッフが関わっている。アメリカ偏重のハリウッド作品では成し得ないバランスと緻密さが包含され、心地よい限りだ。

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〜最後の法廷シーン〜
証言を認められたモハメドゥが語る言葉に胸がこみ上がり瞼が熱くなる[たらーっ(汗)][たらーっ(汗)]
罪もなく8年間も拘留され、果てなく続く凄惨な拷問と自白の強要を受けながら、彼が発する心の叫びとは・・・人間の尊厳を高らかに謳った社会派ドラマの大傑作である。
そう、イスラム人だってボブ・ディランが好きなんだ。




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