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『小説家の映画』 [上映中飲食禁止]

ミニシアター系から沁みた作品を[黒ハート]


『小説家の映画』
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ホン・サンス監督作は初見なのだが、ベルリン国際映画祭3年連続受賞も頷ける示唆に富んだ佳作であった。序盤から取り留めのない会話が延々と続くモノクロ作品に戸惑うが、時間の経過と共に引き込まれ登場人物に同化している自分に気付く。

執筆から遠ざかっている著名な小説家ジュニ(イ・ヘヨン)が、ソウル郊外の後輩を訪ねた帰路に偶然出会う人々との交歓を描く。何気無い会話の応酬から各人物の人柄や哲学が垣間見える。演技と思わせない俳優陣の自然な演技と緻密に計算された台詞廻しは、ホン監督の真骨頂と思われるが、この空気感は独特であり非常に心地よい。

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以前から苦手意識のあった映画監督とその妻に偶然出会い、気乗りしないまま公園の散歩に付き合うジェニ。会話も微妙に噛み合わず我慢も限界の時に、独りで歩く大女優のギルス(キム・ミニ)と擦れ違う。第一線を退いたと言われる彼女を監督から紹介され、ジェニは初対面ながら好感を持つ。ギリスにしつこく出演を請う監督に対し、ジェニは遂に得意の口撃で一蹴し、意気投合した二人は食事をすることになるのだった。初めて出会っても何となく本音で話せてしまう人間の相性の不可思議さが滲み出て来る。料理を楽しみながら、ジェニは小説が書けなくなった心情を吐露し、唐突に「貴方を主演に映画が撮りたい」とギリスに提案する。即答を避ける彼女だが、連絡の入った近所の友人宅にジェニを誘うのだった。

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向かった先は、なんと午前中にジェニが伺った後輩が営む本屋だった。後輩の恩師である詩人も招かれており、彼とジェニは若き頃に一度だけ男女の関係を結んでいた。偶然の巡り合わせに驚きながらも、酒盛りが始まりマッコリ瓶が6、7本と空いていく。禁酒中と言っていたギリスも杯を煽り、饒舌になって行く。差し障りの無い世間話から芸術論まで、どこの宴席でも見かける景色だが、その中に人間関係の相性と強弱が透けて見える...緻密な演出[exclamation×2]

場面は街の小さな映画館。ジェニの映画が完成し、主演ギリスを招いての試写会だ。ジェニは、一緒に観るのは恥ずかしいと、会場にジェニ独りを残してビルの屋上へと姿を消す。スクリーンには、野の花を摘んで満面の笑みを浮かべる往年のスターの素顔が映し出されていた。そして屋上の隅で満足げに煙草を吸う小説家の姿が見え隠れするのであった。

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執筆から遠ざかった小説家と引退同然の大女優が偶然に出会う。お互いの葛藤を語り合うのに長い時間は必要なかったのは、二人の魂が一瞬で触れ合ったからだ。過去の名声に縛られたままの芸術家が、予期せぬ組み合わせによりお互いを触媒の如く刺激し合い、次の高みに踏み出す様を描く。偶然の出会いが織りなす人生の素晴らしきこと、そんな邂逅が生み出す新しき世界を、ホン監督は我が事のように表現したのかも知れない。
歳を重ねるごとに親友が出来にくいという。一つの理由は、他人への興味が次第と薄れているからだろう。還暦過ぎても未だ見ぬ自分がいるはずだと信じる万年青年の小生は、食い物よりも人間にアンテナをもっと伸ばさねばと反省するのであった[あせあせ(飛び散る汗)]




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