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『さらば、わが愛/覇王別姫 4K』 [上映中飲食禁止]

[ぴかぴか(新しい)]傑作とはかくあるべし[ぴかぴか(新しい)]
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1993年の中国映画の名作として名高い。当時は、我が子が生まれて間もない上に、仕事がノリに乗ったヤングパパ時代で、好きな映画や音楽から少し離れ、写真の被写体は子供だけという時期だった。当然、この作品も観る事は無かった。製作から30年、主演のレスリー・チャンの没後20年を機に4k化され劇場公開されているのを知り、気づけば夜の有楽町へ足が向かうのだった。

遊女である母によって京劇の養成所に入れられた小豆子は、そこで出会った石頭と共に京劇俳優となるため厳しい稽古を乗り越えてきた。時が経ち、女形の程蝶衣と俳優の段小樓として頭角を現した2人は京劇のスターへと上り詰めていく。そんななか蝶衣は密かに小樓への恋心を募らせていたが、それを知らない小樓は娼婦の菊仙と結婚してしまう。(MOVIE WLKER より)

レスリー・チャン出演という予備知識のみでの鑑賞だったが、170分の長尺を全く意識せぬままエンドクレジットを放心して見つめる自分がいた[ぴかぴか(新しい)]

物語は、中国激動の20世紀の歩みとそれに翻弄される人々の半生が描かれる。1920年台の中華民国は、国内の政治的対立と欧米及び日本の外圧により混乱の最中だったが、休日の街中では市場が立ち並び、至る所で京劇が演じられるような古き良き中国の一面を残していた。貧しい家庭の子供は奉公に出されるか見世物小屋に売られるそんな時代に、豆子と石頭は京劇の養成所で出会うのだった。

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幼少期の二人の子役が素晴らしい。やがて当代随一の女形となる妖しく中性的な小豆子と漢気の熱い青年に成長する兄貴分・石頭が固い絆で結ばれて行く少年時代の厳しい修行が濃密に描かれる。完璧と言って良いキャスティングで選ばれた子役達の迫真の演技が、その後の二人の運命を更に劇場型に見せることに繋がる重要な前半部だ。石頭に淡い恋心を抱いていた小豆子が、一座の男色のパトロンに抱かれるシーンはなんとも切ない。

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成長した二人は才能を開花させ、程蝶衣と段小樓の名で京劇のスターへの階段を駆け登っていた。日中戦争が勃発し北京が日本軍の占領下となった時代でも、京劇は市民の数少ない娯楽としてもてはやされていたのだ。京劇独特の鮮やかな衣装を纏い派手な化粧を施したレスリー・チャンチャン・フォンイーによる舞は、中国の古楽器による賑やかな音楽に見事に乗って、見る者の目を離さない。京劇自体には詳しくないが、女形の存在や派手な立ち回りなどに日本の歌舞伎との共通点を感じる。兎に角、レスリー・チャンの美貌と繊細な演技が圧倒的だ。

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「男たちの挽歌(1986年)」「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー(1987年)」での演技はリアルタイムで観ていたが、ここまで女性的な演技が似合うとは...まさにハマり役だ。この時期には歌手・俳優としてトップ・スターの地位を確立していたようだが、本作で完全に天賦の才が覚醒した感あり。ブロンド嬢好きの小生でさえ胸がときめくのだから[がく~(落胆した顔)]
 
蝶衣の小楼への愛は醒めることなく更に確固たるものになって行くが、小楼は女郎の菊仙と結婚してしまう。宿命の二人に割って入る菊仙役のコン・リーの存在感がまた本作の抒情性を際立たせる。最近の中国系女優は完璧なモデル体型美女が多いが、程よい豊満さで色香と母性を滲ませる彼女はまさに古き良き中国美人なのだ[揺れるハート] 蝶衣に敵愾心を燃やしながらも、アヘン中毒に苦しむ彼を介抱する菊仙の姿は菩薩様に見えた[ぴかぴか(新しい)]

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日本軍に取り入った京劇界重鎮の袁四爺をパトロンにした蝶衣が一世を風靡する中、小楼は役者を辞めて菊仙と静かに暮らす道を選ぶ。袂を分つ二人だったが、その虚しさから蝶衣はアヘンに身を委ね、小楼は博打に逃避する。養成所時代の師匠に呼び出された二人は、死期迫る長老にしこたま尻を叩かれ、少年の心をお互いに取り戻して行く。

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コンビ復活となり京劇の表舞台に立つ二人だったが、やがて日本敗戦により国民党軍が北京に入城してくる。その混乱で菊仙は流産、その後に売国奴の疑いで蝶衣は裁判にかけられる。日中戦争の悲惨さを淡々と描きつつも、日本軍将校が中国文化に敬意を表するシーンや暗愚な国民党軍の実態が挿入され、反日感情を一辺倒に煽る当時の中国映画とも一線を画す。

終戦による中国独立も束の間、国民党の台湾逃亡により中国本土は共産党による一党独裁体制に向かう。京劇も再認知され、蝶衣も舞台に復帰するが、徐々に周辺に黒い影が忍び寄る。文化大革命である。中国共産党内の政治闘争から波及し、中国の旧思想・文化までもが標的となり多くの文化人が処刑・粛清された中国暗黒の10年間の到来だ。中国伝統芸術である京劇も例外ではなかった。蝶衣が天塩にかけて育てた愛弟子・小四は共産党思想に傾倒し、恩師を旧文化の手先として近衛兵に告発するのであった。蝶衣と小楼は大衆の面前で「自己批判」をさせられる。二人が京劇を否定しお互いを罵り合う場面には、「文革」を中国の忌まわしき政治の誤りとして歴史に刻まれねばならぬとするチェン・カイコー監督の強い意志が秘められている。解放され憔悴しきって小楼の自宅に戻った二人が見たのは、菊仙の悲しき姿だった。妻の出自や離婚するとまで「自己批判」した夫を見た彼女は自ら死を選んだのだった...

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その後、四人組の粛清により文化大革命は終結した。有罪とされた多くの文化人は名誉回復し、古典劇を上演禁止されていた京劇も復活し「国劇」と呼ばれるようになる。

舞台には蝶衣と小楼の姿が在った。最後の共演以来22年ぶり、「自己批判」後にお互い音信不通になって11年が経過していた。十八番だった「覇王別姫」の練習に励むが、すでに初老の風体の小楼はなかなか息が続かない。そんな最愛の人を気遣う蝶衣の表情は昔と変わらぬ美しさと妖しさを湛えていた。そして「覇王別姫」の項羽の刀を奪って果てた虞美人の如く、小楼の刀を自らの首に押しあて優しく微笑む蝶衣の姿が映し出され物語は終わる。

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まさに美しき傑作[ぴかぴか(新しい)]
現代中国の激動の歴史を背景に、愛と芸に生きた男の半生を描いた大河ドラマである。史実は忠実に人間劇はドラマチックに仕上げたバランスが見事だ。香港映画にありがちな辻褄の合わない展開が全く無く、緻密な脚本・演出により登場人物の生き様がより鮮やかに映し出されている。伏線を随所に張り巡らせ、蝶衣と小楼を古典の悲劇の虞美人と項羽の運命になぞらせる件は、胸が張り裂けんばかりだ。美術・衣装も古き良き中国を彷彿させる秀逸な出来栄えである。そして傑作に不可欠な確固たるスターの登場である。最近でこそLGBTを題材にした映画が玉石混交の状況だが、30年前にしかも言論統制化の中国で、この作品が制作されたのは奇跡と言って良い。それも同性愛者の主人公を極めて自然に、かつ誰ひとりからも嫌悪感を持たれないほどの「美しさ」を持って演じたレスリー・チャンの存在あってこそであろう。時代に翻弄されても純愛に殉じた小豆子の姿に胸が掻きむしられると同時に、作品への敬愛と感謝の気持ちが押し寄せてくる不思議な感覚に陥り、呆然とエンドクレジットを眺めていた。

当初、厳しい検閲の為に中国本土では非公開となり香港のみでの劇場公開だった。カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞したことにより、中国国内での上映期待が高まったが、当局の認可がなかなか降りない。チェン・カイコー監督の夫人が、鄧小平に「一度観てから判断して下さい」と直談判し、実際に鑑賞した自由化路線の国家主席から「これならいんじゃない」の一言で陽の目を見たと言う逸話が残る。(今の中国では尚更無理だろうが...)日中両国の若者にも、客観的に歴史を見る意味でも、今でこそ観て欲しい作品だ。

やっぱり良い映画は大スクリーンで観るに限る、と久々に思わせてくれた作品だった。30年前のフィルム調の味わい深い色彩はそのままに精細な画質となって蘇った4k版は、デジタル映像に慣れてしまった世代にも新鮮であろう。現代の最新技術で「名作は楽々と時を越え、人の心を打つ」のだ[わーい(嬉しい顔)]


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