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本家ぽん多【御徒町・洋食】 [江戸グルメ応援歌]

まだ2回の訪問だが久しぶりにそそられる店に出会った。
浅草・上野は小生の食倒れエリアなので、ユニークな店名と老舗の洋食レストランとの情報から機会があれば伺いたい思っていた店だった。先日、映画鑑賞前の腹ごしらえをと上野のシネコン周りを彷徨いていたら偶然に通りかかった重厚な門構えの店舗〜『ぽん多』〜という古い木製看板が黒光りしていた。

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普通のレストランなら入り口に「本日のメニュー」などが掲げてあるか、何処かのガラス窓から店内を覗けて、雰囲気や店のグレードを外からでも察知できるのだが、この店にはそれが通用しない。接待用の高級割烹かフレンチのグランメゾンにありがちの値段を気にしない常連客専用の趣きで、「一見お断り」を暗に示しているような門構えだ。元祖とんかつの洋食店というイメージからは程遠く、一瞬逡巡する。パターンは違うが、若い頃は客引きに唆されてキャバクラで何度ボラれたことか[あせあせ(飛び散る汗)]騙されても一回きり、命までは取られないし、今後2度と行かねば良いだけなので、それよりも一期一会を大事にしたい歴戦の爺いは頑丈な扉に手を掛けるのだった[パンチ]

扉を開けると、いきなり調理場と正対した3席のみのカウンターが目に飛び込む。真ん中の一席のみが空席ですぐに案内される。着席すると正面でTVか雑誌で見覚えのある初老の男性が黙々と揚げ物に集中していた。店主自らが最前線で腕を振るう店に間違いなく、それを目の前で体感できる幸運に恵まれた訳だ。大将の後ろの二人の職人は材料の下拵えと盛り付け担当のようで、その奥が会計場になっている。私の後に来た予約客はみなテーブル席のある二階に案内されており、ピンの客は1階のカウンターでの食事になるようだ。

入店して30秒で気づいたのだが、とにかく静かな店なのである。1階は3名の個人客同士の会話が無いのは当然だが、厨房の雰囲気が張り詰めているのだ。調理場内では淡々とした仕事の指示の言葉しかなく、私語はもちろん聞こえて来ない。ネタを揚げて油が跳ねる音だけが店内に響くほどだ。入店客に対して、粋な店なら「へい、らっしゃい」と明るい声が響き渡るが、当店の「いらっしゃいませ」にはアクセントが無く語尾が下がる。それを大将以下全員が同じ抑揚で話す。厳かなフレンチレストラン並みの雰囲気なのだ。厨房の張り詰めたムードは自然と3人の客にも同調圧力を強いる。こんな経験は40年前の学生時代に出会った秋葉原のとんかつの銘店『丸五』https://tsumujikaze3.blog.ss-blog.jp/2020-04-24以来だ。こんな緊張した中では旨い飯も不味くなるという人もいるだろうが、私はかえって心地よさを感じてしまう。

『本家ぽん多』は明治38年創業の洋食店だ。宮内庁の料理人だった初代がミラノ風カツレツを天ぷら式に揚げ、その元祖とも呼ばれるようになった。今では、とんかつ専門店のように伝わるが正確には「カツレツ」をメインにした洋食の老舗なのだ。
お品書きを一瞥するが全てのメニューが街の洋食屋の2倍の価格と言って良い。しかもこの日はメインのカツレツが売り切れのようで消されていた。それではせめて珍しいものをと、「ハモのフライ」を注文した。

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関東人には縁遠い食材だが、関西勤務時に鱧の湯引きを京都の料理屋で食し感動したのは遥か昔、フライでは初めての経験だ。まず美し過ぎる衣に目を奪われ、口に運べば全く油の雑味を感じないパン粉のサクサク感に歯が喜ぶ。そして白身の淡白な味わいが口いっぱいに広がり、魚の仄かな香りが鼻腔をくすぐる。テーブルにはソース、塩、何故かケチャップが並ぶが、これは塩だ。暖簾を守り抜く4代目店主の素材に向き合う真剣勝負から生まれる珠玉の一品だった。赤出し味噌汁と特に漬物の旨さは、定食屋の原点を守る姿勢が感じられた。

二週間後に再訪。今度こそ「カツレツ」あったぁ[わーい(嬉しい顔)]
カウンター満席だったが、5分ほど待って前回と同じ真ん中の席に案内され、また大将と正対する。

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前回のハモフライから予想はしていたが、「カツレツ」と「とんかつ」は違うモノという意味が良く判った。見た目はロースとんかつなのだが、ロース肉の脂身部分をあえて外し、豚肉本来の赤みの旨味が例の丁寧な揚げ方により凝縮されている。普通のとんかつ専門店では、ソースをかけて食べ進めると衣と肉が剥がれる事が多いが、ここはまずあり得ない。ヒレ肉よりも程よい脂の甘味と肉本来の赤身の味わい、究極的に軽く仕上げられた衣の食感が堪能できる。加齢により、最近は大好物のロースかつも残り3切れ位から胃にもたれるようになってきたが、このカツレツは軽く完食できた。

好き嫌いが分かれる店だ。値段と味のコスパと店内の雰囲気に納得しない客も多いかもしれない。小生も週一で通いたい店とは思わない。だが、暖簾の重みを知る職人の妥協しない仕事ぶりを間近に垣間見れる稀有な洋食屋なのである。自分の仕事がグダグダの時に活力と気合を入れてくれる小生の銘店リストに加えたい。絶対に1階のカウンターで食うべし。

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入り口の壁に色紙が掲げられていた。「汚文字だな、読めん」と思いつつ後で調べると、『これはいくさに負けなかった国の味である』と小説家の佐藤春夫が戦後に綴ったものだった。焦土と化した東京で出会った洋食屋の一皿に、文豪は何を想う。戦争に負けても外国に引けを取らない味の伝承に、誇るべき日本人のアイデンティティを見たのかもしれない。

帰り際、大将が愛想笑い無しで「ありがとうございました」と低い声で礼を言う。うん、貴方はそれでいいよ。今度はタンシチューだね[ぴかぴか(新しい)]




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JUNKO

お気に入リのリストに入りそうですね。
by JUNKO (2023-12-05 16:53) 

しゅん

行ってみたい ぽん多 本家  

by しゅん (2023-12-06 06:00) 

つむじかぜ

> JUNKO 様
急遽ランクインです!
by つむじかぜ (2023-12-08 01:30) 

つむじかぜ

> しゅん 様
魅惑のカツレツを是非ともご賞味ください^^
by つむじかぜ (2023-12-08 01:31)