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『糸』 [上映中飲食禁止]

日経新聞金曜の夕刊映画コラムは、隠れたマイナー作品にも光を当てる小生の映画鑑賞の羅針盤のような存在だ。御涙頂戴が売りの恋愛邦画に高評価が与えられる事は滅多にないが、意外にもこの作品は絶賛であった。
好みのジャンルではないが、ここは思い切って鑑賞[目]



北海道で暮らす13歳の高橋漣(菅田将暉)と園田葵(小松菜奈)は、互いに初めての恋に落ちるが、ある日突然葵の行方がわからなくなる。彼女が養父の虐待から逃れるために町を出たことを知った漣は、夢中で葵を捜し出し駆け落ちしようとする。だがすぐに警察に保護され、葵は母親と一緒に北海道から出て行ってしまう。それから8年、漣は地元のチーズ工房に勤務していた。(シネマトゥデイ)

いきなり北海道美瑛の美しい丘の風景が映し出される。平成元年生まれの二人の中学生が出会った舞台だ。

平成元年、小生は新婚3ヶ月目に札幌転勤となり、道内中を営業で何泊も駆け回っていた。新妻を独り家に残しまま。その年の初夏、妻を連れて富良野から知床に旅行に行った。TVドラマ「北の国から」がヒットしていたが、まだこの一帯が観光俗人化する前だ。ラベンダー咲き乱れる富良野町から美幌町に向かって車を走らせると、夕陽に輝く広大な丘に言葉を無くした。前田真三の「丘の写真」で有名になる以前の『美瑛町』だった。小生の北海道勤務時代の一番記憶に残る風景。転勤中に生まれた娘の名前は、この町からつけた。

そんな個人的な思い出により、冒頭から胸が熱くなり、スクリーンに引き込まれた。まず、高橋漣(菅田将暉)の少年時代を演じる南出凌嘉が実に清々しい。序盤の彼のピュアな演技により、後半の展開が一層熱く際立つものとなった。

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中学1年生の淡い恋は、不遇な園田葵の家庭環境を知った漣の一途な気持ちにより、向こう見ずな逃避行に発展する。だが、試みはもろくも失敗に終わり、二人は引き離され、小さな恋は終わった。そして8年が過ぎ、二人は、刻まれた深い想いを抱いたまま、各々の生活を送っていた。偶然に再開した漣と葵だったが、二人は”今、愛する人との道”を歩くことをあくまでも選ぶのだった。

菅田将暉の芸達者ぶりは当然として、葵役の小松菜奈も表現力の豊かな女優だ。先日、『来る』でのケバい霊能者役を観たばかりなので、なおさらその感が強いのだが。モデル上がりの女優にありがちの、スタイルは良いが高飛車で目付きの悪いオンナ(失礼[あせあせ(飛び散る汗)])に見えるのだが、素の顔が魅力的な上に、意外に幅広い役柄をこなしている。

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一重の三白眼〜これはタイプじゃないなぁ、前髪切れぇ[どんっ(衝撃)]
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『沈黙-サイレンス』(2016)[ひらめき]
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『来る』(2018年)[ひらめき][ひらめき]
今作(2020年)〜着飾った時とスッピンのギャップがいいね[黒ハート]
小生の持論=美人は前髪垂らすな[exclamation×2]
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別々の道を歩んでいた二人だったが、早々とお互いに最愛のパートナーを失うも、自らの力で這い上がっていく。漣は、地元・美瑛で娘を育てながら世界一のチーズ作りを目指す職人に、葵はシンガポールでネイルサロン経営する実業家になっていた。だが、葵は親友の共同経営者に裏切られ、無一文となり、失意の中、帰国する。

お気に入りのシーン
屋台で泣きながらカツ丼を食べる葵〜ラジオから中島みゆき「糸」が流れる〜
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葵は傷心のまま故郷に帰り、偶然に娘を連れた漣の後ろ姿を見る。一瞬、声を掛けようとするが、躊躇ってそのまま美瑛を立ち去る。娘から、見知らぬ女性が泣いていた話を聞いた漣は、「葵」だと直感し、今度こそ彼女を追うことに...

場所は函館港。中学生の時の逃避行、二人で乗るはずだった青函フェリー乗場。葵を探す漣。今、まさに平成最期の日のカウントダウンが始まっていた。葵の乗った船の汽笛が鳴る。果たして、二人は「赤い糸」を手繰り寄せることが出来るだろうか...
月並みな「運命の赤い糸」の物語なのだが、平成という時代の移ろいと共に、ここまで純度高く若い男女の運命を描かれれば脱帽である。完全に「この手の映画」にやられてしまった。主人公二人が、札幌転勤中に生まれた自分の子供たちと同世代であり、思い入れが深まったのも確かで、令和の今だからこそ、ノスタルジックな感慨もひとしおな作品である。

主役を支える脇役陣も素晴らしく、二人のパートナーだった斎藤工・榮倉奈々の手法は違えど愛溢れる演技は特筆モノだったし、蓮の親友役の成田凌の熱い演技〜中島みゆき「ファイト」のカラオケには涙腺が緩んでしまった。チョイ役でも存在感抜群の二階堂ふみは流石だ。

演出も巧みだ。蓮に投げつけられるドングリ。妻役の榮倉が、その父役の永島敏行が、娘役の馬場ふみかが蓮に投げるそれは、蓮と葵が横の糸で結ばれているなら、家族の縦の糸なのだ。単に、男女の「運命の人」との赤い糸のみをクローズアップさせずに、人間が生きていく上での「数多の縁」と家族の血の力まで描き切った。唯一、気になったのは、美瑛〜函館間が余りにも近いことかな。普通、車をぶっ飛ばして6時間はかかるのだけど。

老若男女問わず楽しめる秀作である。いや、小生のように、大人として平成期を生きた「老」の方が、より気持ちを揺さぶられるかも知れない。まして本当の『糸』の存在に気づくには、それなりの年月の経過が必要だから...と、隣で鼾を掻いて寝ている古女房を見て思うのでした[あせあせ(飛び散る汗)]

P.S.
中島みゆきの名曲といえば枚挙にいとまがない。この作品のタイトルである「糸」もさることながら、劇中でカラオケで歌われた「ファイト!」が、個人的にはお気に入りだ。多くのミュージシャンがカバーしたが、サビである「ファイト」の掛け声が肝だ。中島みゆきのゆるい言葉が、逆に言葉の重みを感じさせるのだが、オリジナル曲はネット公開厳禁。今作には、葵の叔父役で竹原ピストルが出演している。彼のカバーは、オリジナルとは違った歌の力がある。


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