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『椿の庭』 [上映中飲食禁止]


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神奈川県の葉山にある海が見渡せる家。庭には四季に合わせて美しい花が咲いている。その家には絹子(富司純子)が孫の渚(シム・ウンギョン)と暮らしており、絹子の娘で渚の叔母の陶子(鈴木京香)は年老いた母親に東京のマンションで一緒に暮らそうと提案する。あるとき、税理士の黄(チャン・チェン)から連絡が入る。絹子は相続税の関係で、家を手放さなければならない状況になっていた。(シネマトゥデイより)

老婆が、庭の池で死んだ金魚を椿の花弁に優しく包んで土に埋める。
物語の最期を暗示するような冒頭のシーンは、決して嫌悪感や寂寥感を伴うものではなく、慈愛に満ちた温かみを感じさせ、珠玉の映像詩が静かに幕を開ける。

【写真家・上田義彦を知ったのは、実は彼の奥様経由で30年前だ。1989年に伝説のサディスティク・ミカ・バンドが再結成されたのだが、そのヴォーカリストに指名されたのが、モデル上がりの桐島かれんだった。名うてのプロ集団とど素人歌手の取り合わせのアンバランスが逆に妙に新鮮で、よく聴いたものだった。バンドは1枚のアルバムで解散したが、その桐島かれんと結婚したのが上田義彦という写真家だった訳だ。既に広告写真の第一人者として名を馳せていた彼だが、営利活動と並行して発表する私的に近い写真集に、私は非常に共感を持った。特に妻・かれんと子供達を撮った家族写真は、優しい眼差しと厳しい審美眼が渾然一体となっており、いつまでたっても独りよがりの絵しか撮れないカメラ爺にとっては憧れであった。】

その上田義彦が初めてメガホンを取った作品である。セリフは極めて少ない。BGMはピアノとチェロのシンプルな調べが中心で、楽曲としては老夫婦の想い出の曲・ブラザーズ4の「Try To Remember」のみだ。ほとんどは自然が生み出す音が流れっ放しだ。湘南の邸宅から眺める四季それぞれの姿を、写真家・上田義彦が映像と音で切り出して行く。写真に興味がある人なら感じるだろうが、被写体に対しての絞りと構図が秀逸であり、しかもあざとさが無い。日本人の琴線に触れる映像がさり気なく映し出され、並行して主人公一家の姿を淡々と綴って行く。

夫の四十九日を気丈に仕切る老婆・絹子に富士純子、その次女・陶子に鈴木京香。海外に駆け落ちした亡き長女の一人娘・渚(シム・ウンギョン)が、絹子と二人で暮らしている。葉山の小高い丘に建つ邸宅は、明治時代の豪農の館を移築した典型的な日本家屋で、庭には常に四季折々の花が咲きみだれる。莫大な相続税により、この屋敷を手放して行く一家の姿を、庭の藤棚が藍色に染まる初夏から1年間を通じて描かれて行く。

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富士純子の存在感が凄い。歳を重ねた女性の強さとしなやかさを湛え、ほんのりと色気まで纏った『おんな』を自然体で演じた。「藤純子」時代の「緋牡丹お竜」は健在であった。喪服を着替える所作のシーンは、上田のカメラアイも相成って、美し過ぎる。

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そしてシム・ウンギョン。『新聞記者』でのたどたどしい日本語と想いをしたためたピュアな演技が印象的だったが、まさか日本アカデミー賞まで取るとは...今作でも海外生まれの設定で、日本語勉強中の孫娘役である。セリフは当然少ないが、暮らした時間は僅かでも、祖母とこの家をこよなく愛す娘を「表情」のみで深々と魅せてくれた。素朴だが生命感溢れる美しさは、昨今の日本の売れっ子女優とは一線を画すものだ。

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鈴木京香の名演は言わずもながだが、この二人の存在感に挟まれると少々影が薄くなる。この昭和・平成・令和を代表する女優の競演が、そのまま今の3世代の女性の生き様を表現している。そこには、女性同士の家族でなければ通じ得ないモノがある事を、還暦じじいは感じるのだが...

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初夏の藤から百日紅へ、桃から西瓜に旬の果物も移ろう頃に、絹子は屋敷を手放すことを決心する。「ずっと過ごしていた場所が無くなったら、私が私で無くなるのかしら...」秋が深まるにつれ衰えて行く絹子を支え続ける渚。紅葉が落ち切る頃には、冒頭のシーンの暗示の如く、絹子の命運は尽きるのだが、渚がうろたえもせず優しく見届けるシーンに胸が熱くなった。

人の想いが詰まった古い家を取り壊すノスタルジーを前面に押し出し過ぎたきらいはある。百戦錬磨の映画監督の制作ならば、拙作かもしれないが、一つの完結した映像詩として捉えれば傑作である。日本の四季と日本家屋の美しさを3世代の個性溢れる女優と共に描きった、まさに我が国ならではの珠玉の「邦画」である。マンションに引っ越した渚が、庭の池の生き残った金魚を自宅の水槽に移すラストシーンに、何故か清らかな心持ちになっている自分に気づく。「形あるものはいつかは無くなる。命あるものはいつかは終わる。されど人の気持ちは永遠である」と。



[ぴかぴか(新しい)]観る人を選ぶ作品だと思うが、写真好きの方には是非お勧めしたい素敵な小品だ[ぴかぴか(新しい)]

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