『いとみち』 [上映中飲食禁止]
昨今では一際光り輝くニッポン映画の傑作
青森県弘前市の高校に通う16歳の相馬いと(駒井蓮)は、強烈な津軽弁と人見知りが悩みの種で、大好きなはずの津軽三味線からも遠ざかっていた。そんな状況をどうにかしたいと考えた彼女は、思い切って青森市のメイドカフェ「津軽メイド珈琲店」でアルバイトを始める。当初はまごつくものの、祖母のハツヱ(西川洋子)や父の耕一(豊川悦司)、アルバイト先の仲間たちに支えられ、いとは少しずつ前を向いていく。そんな中、津軽メイド珈琲店が廃業の危機に見舞われる。(シネマトゥデイより)
いきなり、主人公・相馬いとの強烈な津軽弁が聞き取れない衝撃(笑)のオープニングである。字幕が欲しいと本気で思った。内向きの性格からの脱皮を目指した田舎の女子高生が、一念発起してメイドカフェでアルバイトを始めるというハートフルコメディにはありがちな設定だが、緻密な構成・脚本と俳優陣の熱演により、極めて純度の高い作品に仕上がっている。同型の邦画としては『フラガール(2006年)』以来の深い感動を与えてくれた。
監督は『俳優 亀岡拓次(2016年)』の横浜聡子。安田顕を主役に抜擢したこの作品のノリが私の感性とピッタリであり、彼女の次回作を期待していたが結局5年も待たされた。彼女のオヤジ心も判る女性目線がユニークで、絡み合う「人の想い」を深くかつより自然に描く術に卓越した女流監督が、本作で本領を発揮した感ありだ。
今作を圧倒的なレベルまで引き上げた張本人は、もちろん、主役の駒井蓮の魅力が大きい。慶應大学の現役生だが、すでに俳優業は5年近い。地元が青森県平川市であり、津軽弁使いの女優を探していた横浜監督の目に止まり、今回の主役を射止めたらしい。思春期の悩める女子高生を透明感溢れる演技で表現した。現在の素顔は美形の女子大生だが、見事に訛りの激しいさえないJKに成り切っている。
先輩メイド役の黒川芽以(写真右)がいい味を出している。三十路のシングルマザーながらJK顔負けの接客ぶりと時折見せる母親の素顔に、いとは憧れと親しみを次第に覚えていく。
父親役に豊川悦司。民俗学の大学教授で亡き妻の実家で、娘と義母の3人で暮らしている。唯一の標準語を話す(津軽弁を話せない)大人として、ある意味異彩を放つ存在として登場する。いとをとめどもなくを愛しているが、妻を亡くして以来、娘との距離感を掴みきれず、あえて放任主義を貫いている。
祖母役・西川洋子はプロの三味線弾きであり、あの伝説の高橋竹山の一番弟子とのこと。(彼をモデルにした新藤兼人監督『竹山ひとり旅(1977年)』での演奏と生き様は今でも記憶に刻み込まれている。)彼女の三味線の調べと優しい笑顔が、孫の成長を優しく包み込む。
一人の女子高生が、未知のアルバイトの世界に飛び込んで、他人との関わり方が少しづつ変わっていく過程が丁寧に描かれていく。何となく気が合いそうなクラスメイトにも話しができなかった彼女は一歩踏み込む事を覚え、親友を得る。「ひたむきに働く大人達」と関わり「仕事の本質」と「理不尽な社会」を垣間見、そして父親の愛を知る。俯瞰してみれば、大人の誰でもが少なからず経験した事柄を、主人公いとを通して「自分」を思い返す構図になっている。歳を経るごとに、人の想いに鈍感になってしまう寂しさを振い落とし、改めて「ひたむきさ」を呼び起こしたいと感じるのであった。
ラストシーンでの、いとの吹き替えなし津軽三味線の独演が白眉であり、鳥肌ものである。駒井蓮は当然ながら三味線未経験者であったが、半年間の猛特訓でこのレベルまで到達した役者魂に拍手喝采だ。「フラガール」での新人・蒼井優のラストのフラダンスの衝撃再びだ小生は、演奏前の黒川芽以が彼女の髪を梳かす無言のシーンから涙腺緩みっ放しだったが
青森県津軽地方の地産地消映画の体裁で、上映館も限られた小品だが、紛れもなく日本映画の傑作に挙げられて然るべき作品だと思う。本当に鑑賞できて幸せだった 激しい津軽三味線の撥の音の余韻が、人の優しさを際立たせてくれる。
◉おまけ
作品内で一瞬流れるロックは、津軽出身の『人間椅子』の手によるものだ。私がこのバンドを初めて聴いたのは、平成元年からTVオンエアされていたロックバンド勝ち抜き番組「イカ天」だ。当時、アマチュアながらも独特の容姿でおどろしいグラムロックを演奏し、記憶に強烈に残っていた。まさか、今でも現役続行しているとは衝撃を超越して感動だやり続ける凄い奴らが此処にも居た