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『マイスモールランド』 [上映中飲食禁止]

[ぴかぴか(新しい)]押し寄せる感動[ぴかぴか(新しい)]〜奇跡の小品
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クルド人の家族とともに故郷を逃れ、幼い頃から日本で育った17歳のサーリャ。現在は埼玉県の高校に通い、同世代の日本人と変わらない生活を送っている。大学進学資金を貯めるためアルバイトを始めた彼女は、東京の高校に通う聡太と出会い、親交を深めていく。そんなある日、難民申請が不認定となり、一家が在留資格を失ったことでサーリャの日常は一変する。(映画.comより)


クルド難民を題材にした硬派な社会派ドラマであると同時に、一人の女子高生が熾烈な環境の中で逞しく生き抜く姿に胸が熱くなる人間ドラマの秀作でもある。


サーリャは母国を追われた父と共に5年前に日本に難民として移住してきた。今は埼玉県川口市のアパートに家族4人で暮らしている。父マズルムは産廃業者の下請けとして経済的な基盤を少しづつ築きつつある。妹アーリン、小学生の弟ロビンは幼くして来日した為、母国語を忘れるほど日本に馴染んできた。長女サーリャは日本人同様に高校生活を謳歌しながら、成績も優秀で大学推薦も目の前。コンビニでアルバイトしながら進学資金を貯めて、小学校教師になる夢を追いかけている。そして地元のクルド人コミュニティでは、日本語が出来ない人々の雑用まで引き受ける世話役的存在に成長していた。


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一家4人のラーメン店での会食シーン。アーリンが勢いよく「ズルズルッ」と麺を啜る。食事中に音を出さないのがクルド人の風習らしく、マズルムがそれを嗜めると「こうした方が美味しいよ」と妹が切り返す。「どっちかなぁ」と両方の食べ方を全員で試してみる微笑ましい演出だ。ストーリー前半で、家族の置かれた状況と4人の個性まで無駄な説明無しに垣間見せるコンパクトな構成が印象的だ。

或る日唐突に、マズルムの難民更新申請が却下され一家全員のビザが破棄される。クルド人難民達を支援する弁護士・山中(平泉成)によると、再申請に向けて努力するが、その期間は就労も県外への移動も厳禁だという。一家の運命が大きく変わる。サーリャの大学推薦は却下され、アルバイト先の都内のコンビニも辞めざるを得なくなる。そして、生活の為に隠れて働いていたマズルムが、警官の職質から入国管理局に収監されてしまうのであった。父不在の中、妹弟たちの面倒を見るサーリャだが、貯金も底をつき、アパートからの退去も迫られる。パパ活にまで手を染めそうになるまで追い詰められる彼女だったが、唯一心の支えになってくれたのが、バイト先で知り合った聡太(奥平大兼)だった。

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「裁判をせずに母国に帰る」と言い始めた収監中の父にサーニャは謁見する。母国では政治犯扱いの父が帰国すれば結果は明白なのだ。必死に翻意を促すが、「妻の眠る地に戻りたい」と繰り返すだけだった。後日、弁護士・山中から父の真意を聞いた彼女は愕然とする。不法滞在者の判例的な扱いとして、親が自ら帰国を望んだ場合に子供にビザが認められるケースが多いと言うのだ。父親の強い想いに涙しながら、サーリャの生きる力に満ち溢れた眼差しがスクリーンに大きく映し出されて物語は幕を閉じる。

異国の地で健気に生きる難民家族を襲う悲劇。我が国の難民制度と不法入国者の実態を周到に取材した後が窺え、ドキュメンタリー番組としても成り立つメッセージ性の強さがある。今作で初の長編映画のメガホンを取った川和田恵真監督は、是枝裕和に師事しており、社会の片隅でもがく人間を描いた「誰も知らない」「万引き家族」に共通する「人に優しく社会に厳しい視線」を彼女にも感じる。それを単なる告発作品に押し止めず、一人の外国人女子高生の成長と家族愛を緻密に絡め、一層深みのある作品に仕上げた演出力はおよそ新人とは思えない。「ドライブ・マイ・カー」と同じ美術・撮影監督の組み合わせは偶然のようだが、リアルティー溢れる描写は作品の説得力を何段も引き上げている。そして本作の最大の魅力であり、作品に命を吹き込んだのは主人公サーリャ役の嵐莉菜だ。

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ViViの専属モデルとして活躍している五カ国のルーツを持つマルチリンガルだ。俳優経験無しの18歳だが、父方に流れるクルドの血が騒ぐのか、境遇が重なる役柄に対し完璧に感情移入したような深い演技に目が離せない。誰から見ても美形外国人の顔立ちから流暢な日本語が放たれ、立ち居振る舞いには一昔前の大和撫子を彷彿させる奥ゆかしさを忍ばせる。更に体型から大人のオンナになる手前の青い果実の匂いまで漂う雰囲気に、オッチャンはイチコロなのだ[揺れるハート]多分に緻密な演出・演技指導あっての名演だろうが、それも彼女の素の魅力と存在感抜きには成り立たないであろう。まさにダイヤの原石を探し当てた製作陣に脱帽である。

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共演陣の作品の温度感に合わせた自然な演技に好感度だ。奥平大兼は、無力な自分に憤りながらも必死にサーリャの力になろうと奮闘する高校生役を熱演。彼の母親役の池脇千鶴の変貌ぶりには少々驚いたが、演技力の高さは相変わらずだ。だが今作の最大の注目点は、サーリャの家族を演じた嵐莉奈の実の家族達だ。役者名を知ったのは鑑賞後のことだったが、作品に現実の家族ドキュメンタリー的な色合いを強く感じたのはそれが理由だったのだ。特に父親のアラシ・カーフィザデーの演技は紛れもなく悩める不法滞在者そのものに見えた。莉奈を含めた素人家族をここまで自然に作品に溶け込ませた川和田監督の魔法と言って良いのかも知れない。

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名古屋入管スリランカ女性死亡事件や昨今のウクライナ難民受入のNEWSに触れれば、我が国が未だに外国人移住に対し後ろ向きであるのを再認識できる。作中、マズルムが『お・も・て・な・し』をなじるシーンがある。グローバル化が進みインバウンドが日本経済を左右する時代、ビジネス客には広く門戸を開放するが、生活圏に踏み込まれるのは嫌悪する日本人の習性は変わっていないのだ。ニッポン人にとって外国人はまだまだ「普通の人じゃない」のだ。

TVのバラエティ番組などでは日本語を流暢に話す外国人やハーフのタレントが今も持てはやされている。彼らが日本人として特別扱いされているうちは、我々の潜在的な外国人不適応症は無くならないだろう。有史以来、単一民族国家を維持する我々に刷り込まれたDNAも、孫の代位には変わって欲しいと願う。まず、今の国民ひとりひとりが、それに気づく事が回り道であっても重要な事であることをこの映画は伝えている。でもやっぱり、嵐莉奈ちゃんは可愛いなぁ、別格だぁ、ニッポンのジャリタレとは違うなぁ、と思ってしまう小生はまだまだ筋金入りの日本人のなのでした[あせあせ(飛び散る汗)]

社会問題へのメッセージを胸焦がれる人間ドラマに凝縮した傑作である。緻密な演出と抑揚のある装飾美術・カメラアイ、効果的な挿入音楽、そして俳優陣の清廉な演技。誰もがサーリャのこれからの人生にエールを送りながら、彼女からも生きる力をもらってしまうような、ちょっと奇跡的な小品だった。




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